第211話 ヴァンの正体

「ハァァァッ!」

「グゥギャァァァッ……!」


 大きく飛翔したデリシャが、魔槌イワカムを霊竜(古竜)の脳天に叩き込む。霊竜(古竜)は空気を切り裂くような悲鳴を上げ、空中から大地へ叩き落とされていった。


「わー、本当にデリシャさん一人で何とかしてしまいそうですねー。見た感じ、あのドラゴンも結構強そうですのにー」

「天使、悪魔と並んで種族としての強者に立つ竜肉ドラゴンは、ただそれだけで圧倒的な存在ですからね。おまけに、あの竜肉ドラゴンは古竜、竜肉ドラゴン達の中でも竜王に次いで力を持つ者でしょう」

「甘露ちゃん、古竜ってそんなに強いの?」

「聞きかじりの知識ですが、竜肉ドラゴンは卵から孵って赤ん坊に、それから幼竜、成竜を経て古竜に進化していくんです。成竜の時点で最低でもA級モンスターに指定され、古竜ともなればS級モンスターの中でも凶悪な部類に入るんですよ」

「はへー、そんなに凄いモンスターだったんだね。でも、何だか動きが鈍くない? デリシャさんがずっと圧倒しているよ?」

「霊体が実体化した事で、重量感ゼロだった筈の巨体に、それに相応しい重さが付加されたんだ。そりゃあ、思い通りに体も動かなくなる筈さ」


 そう、物理攻撃を無効化する霊体が反転して実体化、そこに本来あった筈の肉体の重量までもが現実化して、霊竜(古竜)は本来の力を全く発揮できずにいたのだ。先ほどまでの華麗な飛行術もすっかり退転し、現在は空中に浮くのもやっとな様子である。鈍足なデリシャが終始優位性を保てるのだから、その効果は絶大の一言だ。


「この魔法でしばき倒す事ができれば、実体化した幽霊肉は現実のまま保存できるのですわ! さあ、私様の一撃で昇天しやがれですの! ほわたぁぁぁ!」


 また、これまでの不安要素であった幽霊肉の確保も、デリシャの『真剣勝負フェアゲーム』は手厚く保護しているようだ。そこに肉質を柔らかくするが如く、叩き込まれ続ける魔槌の連撃。最早、霊竜(古竜)に成す術はない。


「……タイマン系の魔法のようですし、余計な手出しは止めておきましょう。最悪、魔法が解除されてしまう可能性があります」

「だね! それじゃ、幽霊なドラゴンミートはデリシャさんに任せるとして、熟成肉なドラゴンミートはお姉ちゃんが―――」

「―――いやいや、だから熟成肉なんかじゃないって。あんなものを食材にされちゃあ、こっちが堪らないよ。って事で、ここはヴァンとジーマに任せてよ」


 そう言うドルモの視線の先には、迫る腐食竜(古竜)の進路上に立つヴァンとジーマの姿があった。相変わらずヴァンはプルプルと震え、ジーマは鉱石は加工している様子である。


「……えっと、本当に大丈夫です?」

「と言いますかー、ドルモさんは行かないのでー? 一人だけサボりですかー?」

「サボりな訳ないだろ! 僕には僕の役目があるの!」

「役目ですかー?」

「あるの! ったく、ヴァンにもしもの事があったら一大事だろ? だから、僕は支援役に徹するのさ。まあ、まずはヴァンの変貌振りを見てみなよ。特に初見の皆はさ」


 そう言われては、見ない訳にもいかないだろう。デリシャを除いた皆の注目が、ヴァン達に集まる。


「ゲゲゲゲッロッポォォォ!」


 そうこうしている間にも、腐食竜(古竜)は猛スピードでこちらへと向かって来ていた。肉体が腐り落ち、翼や余分な肉を削ぎ落しているからなのか、その動きは見た目に反して非常に機敏だ。とても腐っているとは思えない。 ……が、それ以上に気になるのは、まず他で聞く事はないであろう、その個性的な叫びであった。その叫びが墓場に轟く度、何とも言えない空気が流れ始める。ドラゴンがゾンビになったら、皆こんな鳴き声になってしまうのだろうか? うわ、不憫…… と、そんなどうでもいい思考に嵌ってしまいそうになる。


「……(ガクガク)」

「……(ギュインギュイン)」


 が、ヴァンとジーマはそんな事に動じない。ガクガクと大袈裟なくらいに震え、休む事なくドリル音を奏でている。


「あの―――」

「―――手出し無用。それよりも、よーく見て」

「……あっ」


 一同は漸く理解する事ができた。違う。ヴァンは恐怖で震えているんじゃない。ジーマは鉱石弄りに没頭しているんじゃない。迎撃の用意をしているんだ、と。


 ヴァンが全身を揺さぶる度、彼(?)の纏う全身鎧が変形している。より大きく、より禍々しく、より戦闘に相応しい姿へと変化し続けているのだ。また、ジーマはそんなヴァンの全身鎧をドリルで磨き、恐るべき速度で細かな調整を行っていた。変形する鎧の完成度をより高める為に、より機能的な作品に昇華させる為に、全身全霊で加工に傾倒し尽しているのだ。


「変貌って、全身鎧そっちの方の話だったんですか……」

「いやまあ、鎧の姿形が変わると性格の方も変わるから、結局は心身共に変貌するんだけどね」

「何とも面妖な力だな。しかし、少し気になったんだが…… あれだけ全身の鎧が変形してしまっても、中に居るヴァン殿は平気なのか? 一歩間違えれば、肉体も鎧の変化に巻き込まれてしまいそうなものだが」

「ん? ああ、そうか。君達はヴァンの正体をまだ知らないんだったね。 ……まあ、ヴァンと同じS級冒険者である君達になら、教えておいても良いか。何よりも一時的にとは言え、これから共に死地に向かおうとしている仲間なんだ。その資格は十分にある」

「ヴァンさんの正体? ええと、鎧の中身、つまるところヴァンさんが何の種族なのか、という意味ですか?」


 未だに変化を続けるヴァンの全身鎧を目にしながら、甘露がそんな質問をする。


「んー、半分正解かな? まあ言ってしまうとね、ヴァンの全身鎧に中身なんてものはないんだよ。あの全身鎧自体が、ヴァン自身なんだ」

「「「……はい?」」」


 予想もしていなかった回答に、美味達は揃って首を傾げる。


「中身がなくて、あの鎧自体がヴァンさん? ん、んんっ?」

「……ですが、ヴァンさんの背中には翼がありますよね? 天使のような有翼人種だと、私はそう予想していたのですが?」

「天使? いやいや違う違う、あの翼は飾りだよ。アタッチメント式の偽物さ。ほら、その証拠に」


 直後、鎧の形状変化に伴い、ヴァンの背中にあった翼がパタリと落ちた。


「に、偽物の翼、ですか? なぜそんな事を……」

「想像を掻き立てるエッセンスと一つとでも言うべきかな? ほら、僕達ってミステリアスな雰囲気を売りにしているだろ? 自動で可動する翼を背中に付ければ、ちまたでは勝手に千の噂が流れるってもんでね。噂は次第に尾ひれがついて、僕達に対する想像も更に膨らんでいく。そうなってくれば、僕達に興味を持つ依頼人も増えていくんだ。より良い依頼を集める為の処世術の一つだよ」

「そんな事をしなくても、S級冒険者ともなれば、普通に依頼は舞い込んで来るもんですけどねー」

「うっさいな、ヴィヴィアン! 北大陸はまだ冒険者ギルドが設立されて間もないんだよ! 他よりも競争率が激しいから、やれる事は何でもやらないと駄目なの!」


 ドルモ曰く、今でこそ北大陸の筆頭冒険者となったヴァン達だが、そこに至るまでは色々と苦労をしてきたんだそうだ。先に甘露が述べた通り、悪魔という種族は天使や竜と並び、ただそれだけで圧倒的強者である。そんな悪魔が跋扈するこの地で、冒険者のトップに立つ――― それを成す為には実力だけでなく、依頼人の目を引くプラスアルファがなければならなかった。ドルモはパーティの交渉役として、その多方面に亘る土台作りを陰ながらプロデュースして来たのだと言う。


「っと、僕の苦労話の続きはまたの機会に話そう。それよりも、ヴァンの準備が整ったようだよ」

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