第209話 封印解除

 最奥へと向かう道中、巨大な吸血蝙蝠、人食いモグラとされる肉食獣など、計三度ほどの戦闘があった。いずれもやる気に満ちた美味達が対処し、無傷のまま勝利を収めるに至る。


「いやはや、高難度のダンジョンはモンスターの図体が大きくて良いですね。主に肉が多いのが良いです」

「蝙蝠は兎も角として、モグラはあんまり食べる機会がないよね! 今日は運が良いな~」

「皆さ~ん! でけぇミミズがそこに一杯居やがりますの! これ、調理方法次第では肉みてぇになりません!?」

「おお、よく発見したぞ、デリシャ殿! ミミズは良いぞぉ! 味は兎も角として、栄養価満点だ!」

「……それ、食べるのかい?」

「「「「もちろん(ですわ)!」」」」

「……(ガクブル)」


 暫く振りに口を開いたドルモであったが、出て来た言葉は念の為の確認であった。北大陸出身、そしてこの地で活動をし、この地の食材で育った彼にとっても、美味達の食に対する飽くなき探求心には、正直引くレベルで頭が下がっている。悪魔の中には好んでそういったものを食す者も居はするが、あくまでもごく少数での話だ。悪魔と言えども、一般的にそれは悪食の類なのである。


「うへー…… 食べるにしても、ヴィヴィアンさんの見ていないところでしてくださいよー? っと、そうこうしているうちに、到着ですねー」


 廃坑の最奥、『竜王の墓場』と繋がってしまった場所へと辿り着く一同。その場所は広く、天井も高い。恐らく、ヴァン達が攻略する以前は、この場所にダンジョンのボスが居たのだろう。一体どんなボスがここを守っていたのか――― それを想像するだけで美味達の唾液腺が刺激され、口から食欲の証が溢れ出るのであった。


「ドルモさん、ここってボスモンスターの広間ですよね!? 一体どんなモンスターが居たんですか!? お姉ちゃん、肉質それが気になって夜も眠れそうにないです!」

「あ、ああ、確かにこの場所にはボスモンスターが居た訳だけど…… こう、巨大な岩と言うか、鉱石の集合体のような奴だったかな? そいつ自体はその場から動く事がないんだけど、色んな種類の鉱石をばら撒いては、そこから新たにゴーレム系のモンスターを生み出してくるんだ。そのペースと量が尋常でなくてね。ジーマにとっては無限に素材を生み出してくれる、最高の相手だったかもだけど、正直僕には面倒な印象しか残っていないよ。ジーマができるだけ戦闘を長引かせようとして、結局一日がかり戦いが続いて―――」

「―――あ、いえ、聞きたいのはそういう事ではなく、美味しそうだったかどうかのところでして」

「……うん、予想はしていたさ。今更過度に驚いたりはしないよ。まあ、アレだ。竜の中には石や鉱石を食べる種族も居るみたいだし、君達なら食べられるんじゃないかな? 食い応え満点だと思うよ?」

「おお、ドルモさんをそこまで唸らせる一品だったんですか……!」

「クッ、惜しいボスを亡くしましたわ……!」

「ああ、一口味見――― いや、一目見ておきたかったな……」


 美味達はかつてこの場所に居たであろう、見知らぬボスモンスターに哀悼の誠を捧げた。


「あ、さっき無限に素材が何とやらって、そう言っていましたよね!? ジーマさん、その時に剥ぎ剥ぎした素材、まだ残っていたりは!?」

「……(ギュギュイン……)」

「ジーマ殿が言うには、もう鍛冶の素材に使ってしまったし、残りのものもエスタ殿に売り渡してしまったらしい。彼女の事だから、そちらの方も全部使ってしまっただろうと、そう言っているぞ」

「そ、そうですか。残念です……」


 僅かに残っていた望みは絶たれた。が、どう考えても鉱石の一種でしかないので、仮に在庫が残っていたとしても、美味達が望むような結果にはならなかっただろう。 ……尤も、いつぞやのメニュー画面破損事件のように、思わぬ奇跡が起こる可能性もごくごく僅かに、ひょっとしたらあるのかもしれないが。


「済んだ事を悔やんでも仕方ありません。こうなったら、先代竜王が持つとされる鉱石に期待しましょう」


 何と言う事だろうか。標的が先代竜王の鉱石に移ってしまった。


「あっ、その手があったか! 流石は甘露ちゃん、目の付け所が違――― ん、あれ? 黒鵜の五戒的に、先代さんの鉱石を食べるのは良いのかな? 人型から剥ぎ取った体の一部って判定にならない?」

「……鉱石は体の一部でもないような気がするので、ギリオーケーという事にしておきましょう」


 妥協した。たった今、甘露は妥協した。


「あのー、食う食わないの話以前に、サラダさんに依頼された分は残さないと駄目ですからねー? それと、もう一点気になっていたんですがー…… 竜王の墓場に続く道、どこです?」

「「「「え?」」」」


 辺りを見回すヴィヴィアンに続いて、美味達も周囲を見回してみる。事前情報によれば、ここには竜王の墓場へと繋がる道がある筈――― なのだが、彼女達がいくら周辺を探しても、その道らしきものは発見できなかった。どこもかしこも行き止まりである。


「ドルモさーん、ここが目的地で合ってますかー? 見事なまでの行き止まりなんですけどもー?」

「フッ、とんだ節穴だね、ヴィヴィアン? そら、よーく見ていろよ?」


 そう言ったドルモが、不意に壁の一部を舐め始める。それはもう、ペロペロであった。


「ド、ドルモさん!? 流石に未調理の壁は美味しくないですし、食べられませんよ!?」

「いや、調理すれば食べられる感じで言われても、反応に困ってしまうんだが…… これは壁を味わっているんじゃないよ。封印を解いているんだ」

「「「「封印を?」」」」


 その直後、ドルモが舐めていた壁の一帯がバシャンと弾け、液体となっていった。突然のこの出来事に、事情を知らない美味達は目を白黒させてしまう。


「驚いたかい? 今のは『阻みの唾液サライバイバイ』、僕のオリジナルA級青魔法さ。僕の唾液を触媒にして発生させた大量の水を硬化させて、道を埋めたり、脆くなった箇所を補強したりする事ができるんだ。解除したい時は、今みたいにペロリと舐めてやれば良い」

「……液体を補強材にして、変幻自在な障壁変わりにしている訳ですかー。ドルモさんにしては、便利な魔法を考えましたねー」

「フフッ、僕はこう見えて魔導士だからね。このくらいの事は朝飯前――― なんだけど、ヴィヴィアンが素直に褒めた、だと……!? いや、ちょっと鳥肌ものなんですけど……」

「ええ、リップサービスとは言え、正直私もどうかと思いましたー。流石にここらで士気を上げてほしかったのですが、ああ、私も鳥肌がー」


 未知の領域に足を不見れる直前になって、どうやら二人は和解(?)したらしい。心なしか、ドルモも多少は元気になった様子だ。


「ともあれ、道が開けましたね。ここから先が竜王の墓場ですか。美味ねえ、察知スキルで何か感じ取れませんか?」

「えっとねー…… むむっ! お姉ちゃんセンサーが警報を鳴らしているよ! この奥に一杯食材があるっぽい!」

「おお、それは朗報ですわね!」

「いや、食材じゃなくて、先代様の居場所が知りたいんだが……」


 一先ず、一番大きな食材の気配を捜す事にした一同。それが先代なのかは定かではないが、手掛かりなしで闇雲に進むよりかは、幾分かマシである。

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