第208話 不安要素

 依頼の真の目的、その最終確認を終えた美味達は、いよいよ目的地である『竜王の墓場』へと向かう事にした。仲間の一部、具体的に言えばヴァンとドルモが相変わらず不安そうだが、ここでの離脱はしない様子だ。まあ、同じパーティの一員であるジーマが、やたらとやる気なのも理由の一つなのかもしれないが。


「この辺りは食材らしい食材が殆どありませんからね。僅かな量ではありますが、いくつか融通致しましょう。人間には珍しい食材もあるでしょうから、下処理の方法を記したメモも同封しておきますね、クフフ」

「本当に気をつけろよー? 疲れたらいつでも戻って来て良いからなー?」

「ベッドとか、沢山余ってるからねー? ビクトールが毎日整えてるから、とっても綺麗で清潔よー?」


 ロベルト、ジル、ビクトールに揃っての見送りをされ、食材と言う名の餞別も受け取り、準備は万端だ。


「何と言うか、途轍もなく良くしてくれたな。私の中での悪魔像が完全に崩壊したぞ。正に大自然ショックだ」

「下手な人間よりも、よっぽど善人でしたよね、ビクトールさん達。頂いたメモも頗る丁寧に書かれていますし」

「料理もとっても美味しかった~。ねえねえ、甘露ちゃん! ビクトールさんのあの料理、再現できたりしない!?」

「レシピも一緒に頂いたので、可能だと思いますよ。ただ、あの肉じゃがだけは、先ほどの味を出せるかどうか、正直怪しいところですが……」

「肉じゃが? あの料理の名前、“かれー”ではねぇですの?」

「いや、それは……」

「まあまあ、そんな細かい事は投げ捨ててしまいましょうよー。依頼達成に向けて士気が向上した、それで良いじゃないですかー。これに勝る事はないんですからー」

「ですね! 肉じゃがもカレーも、お姉ちゃんは大好物です!」

「……!(ギュインギュイン!)」


 目的地へと向かう道中、美味ら(+ジーマ)のやる気は相当に漲っていた。思わぬところでの間食を、それも北大陸の未知の料理を、それもそれも、ビクトールと言う凄腕の料理人が調理したものを、食べる事ができたのだ。となれば、彼女らのモチベーションが最高潮に達するのは、最早必然である。おまけに食材とレシピまで貰ったのだから、文句のつけようがない。先代土竜王がなんぼのもんじゃい! その肉食わせろ! ……なんて、そんな叫びが聞こえて来そうなくらいだ。


「いえ、食べませんけどね?」

「甘露ちゃん、急にどうしたの? 唐突に何もないところに話しかけて?」

「深い意味はないですよ。それよりも、ヴァンさんとドルモさんは大丈夫でしょうか? 出発してから、ずっと無言のようですが……」


 甘露の言う通り、ヴァンとドルモは出発してからと言うもの、終始無言を貫いていた。項垂れるようにトボトボと、美味達の後ろに付いて来てはいるが、よろしくない空気がやたらと纏わりついている。


「お二人さーん、まーだ決心が付かないんですかー? 少しはミミさん達を見習ったらどうですー? あ、お宅のジーマさんでも良いですよー? いつもの二割増しでギュインギュイン言ってますし。っと、そんな風にヴィヴィアンさんが慰めている間に、廃坑の入り口に到着しちゃいましたねー」


 トボトボ歩きでも、S級冒険者ともなれば常人の全力疾走に匹敵する。道中、モンスターと出会う事がなく、常にその速度を維持して来る事ができた為、目的地へは問題なく、むしろ予定時間よりも早くに到着できたようだ。


「おお、枯れかけてはいるが、未だに力強い大地の鼓動が感じられる……! これが廃坑だなんて、とんでもない! まだまだこの鉱脈は現役だぞ!」

「……!(ギュインギュイン!)」

「ハハハ、ジーマ殿もそう思うか? 全く、これほど気分が高まる事もそうあるまいて! しかし、やはりヴァン殿とドルモ殿が心配だな。こんな素晴らしい場所に来たと言うのに、未だにショックを受けている様子だ」

「……!(ギュインギュイン!)」

「むっ、そうなのか? ならば問題なさそうだな」

「……ええと、ジーマさん、何と仰っているんですか?」


 一人納得しているイータに対し、甘露がタイミングを見計らって聞いてみた。


「ああ、それがジーマ殿が言うにはだな、今はこんな錆び付いたドリルのような状態のヴァン殿とドルモ殿だが、いざその時になったら覚醒するから大丈夫、なんだそうだ。伊達にS級冒険者をやっていない、と言う事だな!」

「そうなんですか? それなら安心――― ん、あれ? 冒険者名鑑にも、似たような記述があったような…… 確か、戦闘時になったら狂暴になるとか、そんなニュアンスで……」

「……!(ギュインギュイン!)」

「狂暴とは言い得て妙! 戦闘時のヴァン殿は、鎧の中身が変わったのかと勘違いされるレベルで、アグレッシブ&バイオレンスな状態に変貌する! 殆ど理性が働いていないから、近づかないように注意するべし! ……だそうだぞ?」

「………」

「……(オロオロ)」


 それはそれで大丈夫だろうか? 甘露は訝しんだ。


「……まあ、今回は食材のゲットが目的じゃありませんし、許容範囲ですかね」

「あっ、食材そっちの心配をしていたんですかー。まあ、私も前衛で頑張るタイプじゃないので、特に問題はないですー」

「……!?(ギュインギュイン!?)」

「場合によっては後ろの方も危なくなるが!? と、言っているようだが?」

「あははー、ヴィヴィアンさんには聞こえなーい」


 不安要素が違う方面にも波及し始めたところで、一同は廃坑の中へと足を踏み入れる。トロッコの線路が続く坑道は、全体的に薄暗く、どことなく土臭い。それでもヴァン達が完全攻略した場所と言うだけあって、最低限の視界が確保できるだけのランプが設置され、モンスターの気配も殆ど感じられなかった。一般的なS級ダンジョンの危険さを思えば、あり得ぬほどの快適空間である。


「スゥ、ハァ、クンクン……! フフッ、土の匂いで一杯じゃないか……! こんなに濃い香りを吸うのは、里を出て以来だぁ……!」


 ……と言うより、ダンジョンよりもイータの方が危ない感じがする。図らずもここに来て、新たな不安要素が爆誕してしまったのかもしれない。


 先代土竜王という強敵が相手である事、未だにヴィヴィアンが何かを隠していそうな事、ヴァンとドルモの士気が底の底である事、戦闘時にやる気になったとしても、ヴァンが暴走する危険性がある事、ハイテンションが極まる息の荒いイータが実にイータである事、今日の夕飯何かなと、献立の妄想に勤しむ者が何人か居る事――― 数多くのS級冒険者が集う最強の合同パーティと言えども、不安要素を挙げればキリがなかった。


「あっ、壁に大きな亀裂の走ってる場所がありますよ! パリッパリのパイ包み焼きを破ったが如く、美味しそうな亀裂が走っています!」

「ミミさーん、遂に壁からも食欲を掻き立てられるようになりましたかー。脱帽ものですー」


 しかし、そんな状況下でも逃げ出す者は皆無。各々の信念を貫く為(?)、一同は廃坑の最奥へと突き進む。

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