第205話 おもてなし

 デリシャ達の前に現れたのは、新たなる悪魔――― らしき何者かだった。らしき、と推察が入るのは、その者がロベルトやジルのような人間に近い容姿をしていなかった為だ。黒光りした装甲を持つ昆虫と人間を足して割ったような身体を持ち、頭には目が見当たらない。その代わりに発達したかと思わされるほど大きな口を備えている。それに見合うサイズの鋭い歯をこちらに見せながら、ニヤニヤと口の端を上げている――― ように、デリシャの目には映った。


「「で、でもー……」」

「でもじゃありません。訓練時に扱えなかったものを、実戦で使おうとする者がどこに居ます? それが許されるのは、ある程度の実績を持った者だけですよ?」


 王族である筈のロベルトとジルに対し、謎の悪魔は敬語ではあるものの、かなり親しい様子で話していた。


「よ、良かった、ビクトールさんが来てくれた…… これで誤解も解ける……」

「あの悪魔の方、ドルモさんのお知り合いなんですか?」

「まあ、顔見知りではあるよ。少なくとも、ロベルト様やジル様のように、僕達を知らないなんて事はない。ああ、良かった良かった、本当に良かった……」


 ビクトールと言うらしいその悪魔の登場により、ドルモはすっかり安堵している様子だ。しかし、彼の事を知らない甘露からすれば、それでも今はまだ、警戒を解くには至っていない。 ……と言うか、ヴィヴィアンがまた何かしでかさないかと、そっちの方を心配していた。


「はぁ、ねむー……」


 が、そんな心配など知らんとばかりに、当人は眠そうに欠伸をかましていた。腹痛が迷子のようである。


「おっと、初めてお会いする方々もいらっしゃるようですね。クフフ、申し遅れました。私、ロベルト様とジル様の教育係を任されております、ビクトールと申す者です。以後、お見知りおきを」


 その凶悪な外見とは裏腹に、優雅に挨拶をしてみせるビクトール。その所作は実に紳士的だ。


「えー、この人達、ビクトールの知り合いだったのー?」

「聞いてない聞いてなーい! それなら早く言ってよー!」

「クフフフフ、そう言われましても、私はしっかりお伝えしたつもりだったんですがねぇ。分かった、と返答まで頂いた次第でして」

「「……そうだっけ?」」

「ええ、悲しい事にそうなのです。記憶力は良い筈なのに、興味のない事に対しては、とことん無関心ですよね、お二人は」

「えへへー」

「それほどでもー」

「褒めてませんが?」

「「えーッ!?」」


 あれだけの殺気で充満していたこの広間であるが、最早ここにそんな雰囲気は微塵も残っていなかった。見てくれはどうであれ、三人がほのぼのとした主従関係を結んでいる事が見て取れる。


 ―――ギュルルルルルゥ!


 不意に聞こえて来たその音は、果たしてどから鳴り出したのか。デリシャの腹からのような、美味の腹からのような、イータの腹からのような、はたまた甘露の腹からかもしれない。まあどこからであれ、結構な音だったので、この場に居る全員に丸聞こえであった。


「……立ち話も何ですし、奥へどうぞ。何か軽くつまむものでもお出し致しましょう」

「えっ、良いんですかッ!? お邪魔しますッ!」


 美味の返答は秒であった。



    ◇    ◇    ◇    



 ビクトールを先頭に屋敷の奥へと進んで行くと、やがて食堂らしき部屋へと辿り着いた。建物自体はボロボロな状態のこの屋敷であるが、食堂にあるテーブルや椅子などの備品は真新しく、しかも見るからに高価そうな代物ばかりが見受けられる。また、いつの間に用意していたのか、テーブルの上には数多くの料理が並んでいた。


「わあ、わあ!」

「……ゴクリ!」


 北大陸に入って初めて目にする沢山の御馳走、そんなものを目の前に並べられては、美味達の視線と興味はもうそこにしか行かなくなる。凝視も凝視、視線で料理を食い殺す勢いだ。


「さあさあ、お好きな席へどうぞ。料理は温かいうちに食すもの、どうぞご堪能ください」

「「「「いただきますッ!」」」」


 恐らく、ビクトールがその台詞を言い終えるよりも早くに、美味達は着席を終えていた。デリシャにおいては、先ほどの戦闘時よりも俊敏なまである。


「私も運動してお腹すいたー」

「俺も俺もー」

「ほほー、悪魔四天王にして王族の調理係を任させる、あのビクトールさんの料理ですかー。私もちょいと興味がありますねー。ではでは、失礼してー」

「王族の方々と一緒のテーブル、何と恐れ多い事だろうか……!」

「……(チョコンと)」

「……(ギュインギュイン)」

「いやジーマ、流石にこの場で鉱石を弄るのは止めろって」


 美味達に続いて、他の者達も席に着き始める。


「こ、これが北大陸の料理ッ! うむ、うむ……! 美味いぞぉぉぉ!」

「はぐはぐはぐはぐはぐはぐッ!」

「見た事のねぇ料理ばかりですが、どれも一級品の美味さですわ! ビクトールさん、これらは貴方が調理しやがったので!?」

「クフフ、お恥ずかしながら」

「何も恥ずかしい事なんてないですよ! 全部誇らしい仕事振りだと、お姉ちゃんはそう思います! あ、ひょっとしてビクトールさん、世界三大料理人の一人だったりします!? その黒光りした装甲、実は全身タイツだったり!?」

「いえいえ、とんでもありません。料理人として世界三大料理人を目指してはいますが、まだまだ私は道半ばの存在です。あと、この装甲は歴とした体の一部ですので」

「はへー。でもでも、そう思っちゃうくらい、とっても美味しいです! ハグモグファッ!」


 珍しい料理の数々に舌鼓を打ち、美味達はとても満足そうであった。北大陸の環境と同様に、それら料理も妙な色合いをしてはいたが、味については確かなようである。


(……これ、どう見ても“肉じゃが”のような?)


 一方でビクトールの料理の中には、物凄く見覚えのある(?)料理がなぜか入っていた。他の料理が青いスイカ状態なのに対し、この料理だけは見た目も完璧に肉じゃが、食してみても味が完璧に肉じゃがなのである。しかも美味い。とっても美味い。美味いからまあ良いか。と、甘露は思考停止した。


「おっと、その料理がお気に召しましたでしょうか? そちら私の自信作でして、“かれー”と言う料理なんですよ」

「……???」


 思考停止した後、再び思考停止した。


「なあなあ、さっきはすまんかったなー。俺ら、興味のない奴の顔とか名前、覚えるのが苦手でさー」

「ホントごめーん」

「あら、別に気にしなくても良いですのよ? 何を隠そう、私様も人のつらを覚えるのは苦手ですからね!」

「おお、気が合うー! にしても、ねーちゃんってすっごい硬いのな」

「うんうん、まるでビクトールと戦っているみたいだったねー。結局、最後までビクともしなかったしー」


 攻撃した自分達の方が拳や足が痛くなって、むしろダメージを受けた! と、笑い話のようにそう話すロベルトとジル。デリシャの耐久は3000オーバーもの数値を誇るのだ。生半可な攻撃では、そうなってしまうのも必然だろう。


「ビクトールさん並み…… あの、先ほどヴィヴィアンさんがビクトールさんの事を、悪魔四天王だと言っていましたが」

「ええ、悪魔四天王の調理担当です」

「……????」


 甘露、三度目の思考停止に突入。


「それって、偉くて強いって事ですの?」

「うん、ビクトールは私達のおししょーでもあるから、とっても強いよ!」

「俺達じゃよく分からないけど、鋼のねーちゃんと同じくらい強い…… のかな?」

「ハグモグ…… つまり、実力はS級冒険者並み?」

「クフフ、どうでしょうね。階級としては、それなりの役職に就いているつもりではありますが、強さについては…… ううむ、何とも難しいところ。果たして、グレルバレルカで十指に入れるかどうか」

「あー、叔母さ――― 女王様もそうだけど、うちの母上やじーじも強いからなー」

「一番上のねーねとにーにも、相当やばいよねー。やばやばー」

「………」


 思考停止した脳をゆっくりと動かしながら、甘露は思った。この国、S級冒険者クラスの人材が、少なくとも十人は居るんじゃ? ……と。

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