第204話 私様は身持ちがかてぇですの!
ドルモがいくら叫ぼうとも、最早戦闘は避けられそうにない。となれば、当然迎撃が必要となる訳だが。
「ヴィヴィアン、あの方々を怒らせた責任を取れ! ほら、前に立て、前に!」
「えー、交渉に失敗したのはドルモさんじゃないですかー。いい大人が責任転嫁しないでくださいよー」
「元々の原因が君なんだろうがッ! 悪いけど、僕らは好き好んで王族に手を出す馬鹿じゃないんだよ! ヴァンも下がるぞ、急げ!」
「……(ズルズル)」
そう言って、ドルモはヴァンを引き摺りながら後方へと下がってしまった。
「……で、どうするんです?」
「どうするも何もー、こんな状態で交渉役を引き継ぐ訳にはいきませんよー。問答には言葉で、拳には力でお返しするのが、世の習いと言うものです」
「ハァ、まあそうなりますよね。ではヴィヴィアンさん、後はお願いしま―――」
「―――うっ、急にお腹が……! こ、これはいけません。責任ある大人として先頭に立つ気しかなかったのですが、これではその役目を果たす事ができない……!」
「………」
甘露は思った。こいつ、マジか? ……と。
「はい。と言う訳でしてー、この場はカンロさん方にお任せしまーす。S級冒険者の後輩として、恥ずかしくない対応をお願いしますねー?」
そう言って、ヴィヴィアンは普通に歩いて後方へと下がってしまった。
「……えっと、誰が相手でも問題ないよ?」
「う、うん、全然ないよー?」
そんなコント染みたやり取りが暫く続いているが、ロベルトとジルは殺気とプレッシャーを放ち、構えを維持したままの形で、まだ待ってくれていた。と言うか、随分と気を遣ってくれてまでいた。普通に良い子である。そんな中、ロベルトとデリシャの視線が偶然ぶつかる。
「あらあらあら、何だか目が合った気がしますわ! 私様にガンつけるたぁ、なかなかの度胸ですわね!」
「デリシャさん?」
「そこまで期待されては仕方ねぇです! カンロさん、ここは私様にお任せくださいなッ! このデリシャ・ビスケット、責任とやらを果たしてみせますの!」
「……お姉さん、ひょっとして一人で俺達と戦う気?」
「たりめぇですの。私様、ステゴロにもべらぼうな自信がありましてよ?」
どうやら、デリシャは魔槌イワカムを使わず、素手で戦いに挑むつもりらしい。
「誰が相手でも問題ないとは言ったけどさー」
「それは舐め過ぎ、かもッ!」
赤き闘気を纏ったロベルトとジルが、同時に踏み込み、前へ突き進む。対するデリシャは未だ構えの姿勢も取っておらず、「苺シロップの流星ですわ!」などと瞳を輝かせている始末であり――― まあ、言ってしまえば無防備な状態を晒していた。
「こっち!」
「だよ!」
そんなデリシャの下へ一直線に進んでいたロベルト達であったが、二人は彼女と衝突する直前になって左右に分かれ、デリシャを真横から挟み撃ちにする。最早気遣いは無用、そう言わんばかりの容赦のない挟撃がデリシャを襲う。
「ななな、何ですの!?」
放たれた挟撃は、その小さな手足から繰り出されているとは思えぬほどに重く、そして手数の多いものだった。言うなれば、左右から絶えず傾れ込む暴雨のものである。しかも、その暴雨は毎秒降り注ぐ角度を変え、防御しようとするデリシャの腕をすり抜けて来る。そもそも、片方に向かい合おうとすれば、対をなすもう片方が後方へと回って来るのだ。こうなってしまえば、もうデリシャに攻撃を防ぐ手立てはない。以降はただただ攻撃を叩き込まれるのみだろう。
「いててててっ、ですの!」
現にデリシャは二人の攻撃に対応する事ができず、闇雲に両腕を振り回すのみのようだ。
「ハァ! ハァ! どうだッ!?」
「フッ! フッ! 降参、するなら、今の、うちっ……!」
「なんのなんの、まだまだ私様、クッソ元気でしてよ!」
「「何でッ!?」」
……ただ、何と言うべきか、一方的に攻められている側である筈のデリシャは、思いの外元気であるようにも見えた。むしろ、ずっと攻撃をし続けているロベルト達の方が、疲れの色が見え始めている。
(こ、この人、欠伸が出るくらいおっそいけど……!)
(信じられないくらい、かったい……!)
二人の連携は相当に練度の高いものだった。ポジショニングに成功すれば最早脱出は不能、初見殺しとも呼べる布陣も完璧に嵌った。さっさと一人目を倒し、次の目標を打倒するつもりであった。しかし、そんな二人の目論見は外れてしまう。どんなに攻撃を当てようとも、一向にデリシャが倒れないのだ。
口では痛いと連呼しているデリシャであるが、どうもダメージらしいダメージが通っている気配がない。最初こそ控えていた人体の急所への攻撃、それを解禁した上でも、まるで崩せるビジョンが思い浮かばない。自分達は人の形をした鋼鉄の相手をしているのではないかと、そんな疑問が本気で浮かんで来てしまうほどの不毛さであった。
「あっ、何か目がしばしばしますわ!?」
むき出しの臓器と呼ばれる眼球への攻撃も、目を閉じる事で完全にダメージをシャットアウト。攻撃は確かにヒットしているのに、“しばしば”という言葉で片づけられる始末である。
(ゴルディア込みで攻撃してるのに、それで済んじゃうの!?)
(と言うか、
心の中で当然の疑問を叫ぶも、それで状況が変わりなどはしない。相変わらずデリシャの攻撃は鈍く、二人が問題なく躱せる範疇のものではあるが、全力での攻撃を無用に続けてしまったのもあって、そろそろロベルトらの体力の底が見え始めている。このままではいずれジリ貧となり、あの鈍い攻撃に捕まってしまう可能性も出てくるだろう。
「そろそろ体があったまって来やがりましてよ!
「ぜぇ、ぜぇ……! ジ、ジル、奥の手を、使おう……!」
「う、うん、そう、しよう……! 一旦、退避……!」
「あら?」
肩で息をする。ロベルト達は最早、そんな状態にまで陥ってしまっていた。二人も流石にこのままでは不味いと考えたのか、軍服の下に隠していた悪魔の翼を大急ぎで広げ、宙を舞いながらデリシャとの距離を取る。
「っとと、空もかっ飛べるんですの? ……ちょっとかっけぇですわね」
「「ハァ、ハァ……!」」
「んん? ですが、随分とお疲れのご様子。よく分からねぇですけど、チャンス到来というやつですの! 次は私様が一発かます番でしてよ!」
「……悪いけど、次も俺達の番だよ」
「次はもっとすっごいの、見せちゃう……!」
「なるほど、先ほど言っていやがった、奥の手とやらですわね? それは楽しみです。ちょうど私様も、良い具合にお腹が減ってきたところですからね! もうペコペコですの!」
漸くまともに構えを取る事ができたデリシャと、不穏な空気を醸すロベルト達が再度対峙する。そして、ここでも先手を打とうとしたのは、ロベルトとジルの方であった。
「「……行くよ!
赤きオーラとは別に、ロベルトの片脚、ジルの片腕に禍々しい魔力が渦巻き始める。向かい合うデリシャは、本能的にそれが何なのかを悟った。それら魔力が、新たなる脅威を生み出そうとしているのだと。 ……が、しかし。
「―――はい、そこまでです」
「「あいたッ!?」」
脅威が生み出されるよりも前に、ロベルトとジルの頭が何者かにポカンと叩かれる。それが原因で集中が解けてしまったのか、集まろうとしていた二人の魔力はあっさりと四散してしまった。
「御二人とも、その魔法を扱うにはまだ実力が足りないと、再三申し上げた筈ですよ?」
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