第203話 アポイントメント
美味達の前に現れたのは、二人の小さな子供であった。ただ、あまり子供には似つかわしくない、軍服に似た衣服を装備している。年齢は十歳ほどだろうか。どちらも燃え上がるような赤髪をしており、背丈、体格も殆ど同じ、それどころか顔までもが同じだ。唯一、髪型だけは明確に異なっており、片方の子供が女の子らしいツインテール、もう片方の子供がショートの髪を片側のみオールバックで纏めている。恐らく前者は少女、後者は少年だろう。
「わ、双子ちゃん?」
「おお、よく分かったねー! 褒めてやる!」
「褒めてあげるー!」
どうやら二人は双子であるらしい。似ているのも納得である。直前にかなり物騒な事を言われた気がするが、突然の可愛らしい双子ちゃんの登場に、美味達の空気は若干緩んでいた。
「ミミさん方、あんまり油断しないでくださーい。あの子達、見た目以上に強いですからー」
「そうなんですか?」
「そうなんですー。まあ私達と比べたら、随分と劣っちゃうんですけどねー」
「あっ、そこのでっかいの、今すっごく失礼な事を言ったな!? 不敬だぞー!」
「不敬不敬ー、不敬罪ー!」
プンスカ、という擬音がこれ以上ないほど似合う、そんな可愛らしい怒り方をする子供達。
「いやー、だって事実ですしー」
「また言った! ジル、また馬鹿にされたんだけど!」
「されたねー! それじゃロベルト、この地を統括する者として、しっかりお仕置きしてあげないとー!」
怒り心頭といった様子の二人は、その見た目とは似つかわしくない、明確な殺気を放ち始めた。見た目は可愛らしいままだが、そのプレッシャーは非常に重苦しい。
「あの、ヴィヴィアンさん? ひょっとしなくても、あの子達がご挨拶をする予定の人物ですよね?」
「ですー。からかい甲斐があって、可愛らしいですよねー」
「えっ、そうだったんですの!? 私様、てっきり迷子かと!」
「あれ? お姉ちゃん達、何だか敵認定されてませんか? どうしよう、お腹が減ってるのに!」
「……!(アタフタ)」
攻撃的な姿勢を示す子供達に対し、美味達の反応は様々だ。まあ控えめに言っても、状況がカオスなのは間違いないだろう。
「ロベルト様! ジル様! どうかお待ちになってください!」
そんなカオスを打破すべく、真っ先に動き出したのはドルモであった。ズザザァ! と、仮面の額部分を地面に擦りつけながら、結構な勢いで子供達の前へと滑り込む。
「ご無沙汰しております、ドルモです。連れの馬鹿が無礼を働いてしまい、大変申し訳ありません。諸悪の根源であるあの馬鹿は如何様にして頂いても構いませんが、それ以外の者達はお二人にご挨拶をしに来ただけの、善良な者達なのです。どうか、寛大なお心遣いをお願いしたく……!」
「んー? 今、私を売りませんでしたー?」
「ええい、今は黙っていろ……! 売ったのではなく、そもそもが君の身から出た錆じゃないか……!」
「えー、あんなのコミュニケーションの一環じゃないですかー」
「その一環で失礼だと思われる事をするんじゃないよ!」
ヴィヴィアンとの言葉の応酬をしながらも、床に膝をつき、深々と頭を下げ、最上級の謝罪の意を伝えようとするドルモ。喋る度に露出した長い舌も動きまくっているが、それ以外の姿勢は実に見事なものである。
「「……?」」
が、どうも相手の反応が鈍い。ドルモがチラリと様子を窺ってみると、二人は揃って首を傾げているところだった。
「えっと……? 誰ー? ジル、知ってる?」
「んー、知らなーい。仮面で素顔を隠してる知り合いなんて、居ないと思うのー」
「……え? あ、いやいや、お二人も悪魔が悪い。ドルモですよ、ドルモ。『篝火』のヴァンが率いるパーティの一人、『多弁』のドルモです。直接お話しした事はありませんでしたが、公式な場でもお会いしましたよね?」
「「……?」」
必死の説得も空しく、今度は逆の方へと首を傾げられてしまう。その瞬間、後ろに居たヴィヴィアンは「ぷふっ!」と、笑いを洩らしていた。
「なあ、ジーマ殿。あの子達は結局何者なのだ?」
「……(ギュインギュイン)」
「何々? あの方々はグレルバレルカ帝国を治める女王ベル様の姉君、その双子の息子のロベルト殿、娘のジル殿だって? ふむ、つまりは若き王族と言う訳だな? この辺りの統治を任されているのか?」
「……(ギュインギュイン)」
「違うのか? 統治では鍛錬をしに? ふむ、ふむ…… なるほどな。この辺りは廃鉱山や荒地ばかりで、街なども殆どない。出現するモンスターも危険。それ故、悪魔の鍛錬の場として活用される事が多く、お二人も今はここを拠点にして、修行の身にあると。それでも一番近場に居る王族である事に間違いはないから、今回はここへ挨拶に伺った――― そういう訳だな? しかし、見たところ思いっきり忘れられているようだが?」
「……(ギュインギュイン)」
「ヴァン殿は北大陸で最も有名で、当然この国の王族とも関わりが深い。しかし、女王などといった主たるトップ層と比べ、そのご子息らとの接点は微妙なところ、か。会話から察するに、一度や二度顔を合わせる機会はあったが、ロベルト殿とジル殿の記憶には残っていなかったようだな。ちなみに、その際は全身鎧は外していたのか?」
「……(ギュインギュイン)」
「なるほど、素顔を見せないミステリアスな雰囲気も売りの一つにしているから、基本的に素顔を晒すような事はしないのか。しかし、その特徴的な鎧や仮面の事も覚えられていないとなると、もう思い出してもらうのは無理じゃないか?」
「……(ギュインギュイン)」
ドルモが疑われる中、イータとジーマは最後方でそんな会話をしていた。普段のジーマからは考えられないくらいに喋っているし、何だかんだと結構為になる話である。
「うぬぬぬ…… で、では、ヴァンはどうです!? 僕の事を知らなくとも、流石にヴァンはご存じですよね!? ほら、アポを取る時もヴァンの名前で伝えていましたし!」
「……(プルプル)」
ドルモが小刻みに震えるヴァンを突き出し、これがヴァンです! と、力強く主張する。
「「……その前に、アポって何?」」
「前もって会う約束する事でっす! 執事の方を通して、確かにお約束しましたよ!」
「えー、そんな事を言われてもなー。ジル、何か聞いてる?」
「聞いていたら、こんな騒ぎにはなっていないと思うー」
「うん、つまり?」
「うん、やっぱり嘘よね」
何かを納得したように、同時に頷くロベルトとジル。その次の瞬間、二人はその小さな体から力を爆発させ、左右対称となる独自の構えを取るのであった。
「いやいやいや、本当なんですってー!?」
「ドルモさーん、もうここまで来たら説得は無理ですってー。潔く諦めて、武力行使と行きましょうよ?」
「ほほう、対となった二人で完成する、変わった構えですわね。なかなかやると見ましたわ!」
「わっ、何か赤いオーラみたいなのが出てる! ……苺シロップみたいで美味しそうかも」
「ああ、言われてみれば確かに」
「苺シロップだと!? 何だ、その甘そうで素敵な響きは!?」
「つまり、対の苺シロップ、ですの!? 甘さも二倍ですわ、やべぇですわ!」
「ジル、やっぱり俺ら馬鹿にされてるよ! うん、絶対そうだ!」
「ロベルト、流石の私もイラっとしたの! 強めのお仕置きをしなくちゃなの!」
「何で火に油を注ぐのかなぁ君らはぁぁぁ!?」
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