第201話 北大陸へ

 行くと決めてからの美味達の行動は、非常に迅速なものであった。旅の準備を秒で整え、合同依頼の催促をしに来たヴィヴィアンを逆に引っ張る形で転移門へと移動、ハリーハリーと行き先の設定を急かし、起動した門へ臆する事なく飛び込んだのだ。その結果、美味達は颯爽と北大陸に足を踏み入れ、異国の食い物はどこだと目をギラつかせるに至った。


「「「「ふしゃー!」」」」

「いや、何がふしゃーですか…… 食欲に溺れて、ノリが蛮族のそれになってません?」


 と、ヴィヴィアンにそんな指摘をされる始末である。


「す、すみません、興奮と空腹が先行してしまいました……」

「えへへ、お姉ちゃんも反省反省。それにしても…… うーんと、ここはどこかの洞窟の中かな? ほんのり明るいみたいだけど……」


 転移門を潜った先に美味達を待っていたのは、血のように赤い岩肌で覆われた、岩窟の内部らしき場所だった。岩壁の所々には紫色の炎が灯っており、それが照明の代わりとなって辺りを照らしている。他ではまず目にしないであろうその配色は、何とも言えない不気味な雰囲気を晒し出していた。


「なるほど、これが新しい大自然の風、か……!」

「風ですの? んなもの、全然吹いてねぇです事よ? 全くの無風ですわ」

「いえ、今のはイータさん独自の言い回しな訳で…… にしても、洞窟の中というだけでも奇怪な光景ですね」

「でしょー? 外に出たら、きっともっと驚きますよー? 北大陸はこういった地獄染みた見た目の場所が多いのでー」

「それは食材にも期待できますね。ところでヴィヴィアンさん、ここは北大陸のどこに位置しているのでしょうか?」

「それはですね―――」

「―――おいおい、どこに移動するのかも知らずに、転移門を潜ったのかい? いくらS級冒険者と言えども、それは蛮勇が過ぎるってものだと思うなぁ」


 どこからともなく、馴染みのない声が聞こえて来た。声の方を向けば、岩陰に体の半分だけを隠したヴァンの姿を発見。本人は隠れているつもりなのかもしれないが、基本的に丸見えである。


「ヴァンさんが喋った!? お姉ちゃん、初めて声を聞いたかも!」

「ふむ、今更だが男だったのだな」

「想像していたよりもハスキーな声ですわね。何か違和感がすげぇですわ」

「そりゃそうでしょう。今の声、ヴァンさんのものではありませんからー」

「「「えっ?」」」

「おっと、ネタバレが早いってヴィヴィアンさーん? 相変わらず空気の読めない人だね。少しは人の気持ちを理解する努力をした方が良いんじゃないかな? あ、この場合は悪魔の気持ち? 合同依頼を持ち掛けたからには、その辺を考慮するのが大人ってものだよー、ちみぃ?」


 美味達のそんな疑問の声に答えるように、ヴァンの隠れている岩陰のやや後方の辺りから、長い舌を突出させた全身鎧が顔を出す。


「あの無駄に舌の長い無駄口野郎がヴァンさんのパーティの一員、『多弁』のドルモさんですー。お聞きの通り、お喋りな上に口も悪いのですが、ヴァンさんのパーティの中では唯一まともに意思疎通ができる悪魔なので、通訳とか盾とかに使ってやってくださーい」

「うわ、大事な仲間を何て非道な方法で使おうとしているんだ、この悪魔女は! 皆さん、聞きましたか!? 今のが彼女の本性ですよ! かかわるだけ無駄、デメリットしか生み出さない悪の権化! 数少ない知り合いに向かって、何て言い草なんだろうか!」

「頭にブーメランが大量に突き刺さってますよー? そろそろ出血死するんじゃないですかねー? メーデーメーデー、あ、でも駄目か。馬鹿につける薬はないって、古来から言われていますからねー残念ですー大人しく成仏してくださーい」

「「「「………」」」」


 誰に言われるまでもなく、美味達は理解した。この二人は犬猿の仲なのだと。


「え、ええっと…… 瀑布の塔の廊下で見掛けた方ですよね? これからよろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす!」


 空気を換えようと、甘露達が間に割って入っての挨拶を試みる。


「むむん? そういう君達は…… はて、誰だったか?」

「……ッ!」


 いまいち分かっていない感じのドルモに対し、岩陰から飛び出たヴァンが、身振り手振りで何かを彼に伝えようとしている。


「え、彼女らが新しいS級冒険者? ヴァン、それは本当なのかい? しかも皆良い人、同じ釜の飯を食った仲だって? なるほど、ヴァンがそう言うのであれば、そうなんだろうね! 了解した、ううん、信用するよ!」


 と、ヴァンのジェスチャーを正確に読み取った(?)ドルモが、改めて美味達の方へと振り返る。


「やあやあやあ、さっきは失礼したね。こちらこそ、よろしくお願いするよ。僕の名はドルモ、ヴァンのパーティで主に交渉役と金庫番、それと戦闘では遠距離支援役を担っているんだ。魔法は攻撃も回復も補助も満遍なくできるから、何か困った事があれば遠慮なく言っておくれ。ヴァンの友人は僕の友人でもある。打算なしに手助けしようじゃないか!」

「あれれ、おかしいですねー? 同じ仲間となったヴィヴィアンさんには、クソみたいに冷たい気がするのですがー?」

「そりゃ君がクソみたいな性格をしているせいじゃないかなー? 打算抜きに受け付けない性格をしているからなー君はー」

「あ、ありがとうございます! お姉ちゃん、頼りにさせてもらいますね!」


 再び二人の間に割って入り、何とか切り替えを図る美味なのであった。


「ところで、もう一人のお仲間の姿が見えないようですが?」

「ああ、ジーマの事かい? あいつは病的なまでの採掘好きでね、こういった岩場が目の前にあると、掘らずにはいられない性格なんだよ。と言う訳で、あっちの方でギュインギュインやってる」

「ギュインギュイン?」

「あ、マジですわ。何か聞こえますの」


 耳を澄ませば岩窟の奥より、ギュインギュインという採掘音が聞こえて来た。


「……あの、崩れたりしませんよね、この洞窟」

「心配する気持ちは分かるけど、その辺りは心配無用さ。ジーマもアレでその道のプロだからね。可能な限り採掘が楽しめるように、脆いところは避けて、周りを補強しながら進んでいる筈だから」

「な、なるほど……」


 よっぽど採掘作業が好きであるらしい。そう言えば瀑布の塔でもギュインギュインしていたな。と、甘露はそんな事を思い出していた。


「ああ、そうそう。この場所について知りたいんだったよね? ならば、このドルモがお答えしよう。ここは北大陸きっての超大国、グレルバレルカ帝国の北部に位置する、人知れぬ洞窟の中さ。彼の国は領土が広くて、各地に転移門を隠し持っていてね。今回の合同依頼、その目的地である廃鉱山に一番距離の近い転移門が、君達の後ろにあるそれだったって訳さ」

「本来転移門は持ち主の使用許可が居るのですがー、ヴァンさんは北大陸で大変顔が利きましてー、まあその恩恵に与って、私らも問題なく使えるようになった訳ですよー」

「……(コクコク)」


 ヴァンが自信なさ気に頷いている。


「そうだったのか。ヴァン殿、貴方のお陰で無事に参上する事ができた。心から感謝する」

「この借りはきっといつか返しますわ! ええ、何なら熨斗のしをつけて返します事よ!」

「デリシャさん、それだとに逆に失礼な意味合いになりますので…… そもそも、何で熨斗を知っているんですか?」

「ディゴブラでは普通に流通していますわ!」

「ええっ……」


 転移国家ディゴブラ、相も変わらず謎多き国であった。


「さて、盛り上がっているところすまないけど、そろそろ出発しようか。挨拶もしなくちゃだしね」

「挨拶ですか?」

「なるほど、ギュインギュインのジーマ殿にだな?」

「ん? あー、まあジーマもそうだけど、それ以上にしなくちゃならない相手が居るんだよ。ここの転移門の持ち主である、グレルバレルカ帝国の王族にさ」

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