第200話 禁断症状

 食べ放題を楽しんだ甘露が美味達の下へ帰還したのは、それから二日後の事だった。と言うのも、翌日はエフィル&ブルジョンと共にパブの街を観光、次の日にギルド本部の転移門を使い、それぞれの国へと帰る手筈となっていたのだ。気の合う友人となった甘露達は、彼の地のご当地グルメを存分に堪能・勉強し、充実した休暇を過ごすのであった。


 ……しかし、一見完璧に計画されたこのスケジュールにも、一つだけ穴が存在していた。


「ただいま戻りました――― って、皆さん!?」


 お土産を携え、ルンルン気分でグラノラ王国に帰還する甘露。しかし、そんな彼女を出迎えたのは、力なく床に倒れ伏している美味達であった。


「あ、ああ、甘露ちゃん…… おかえ、り……(がくっ)」

「食べ放題は、楽しめただろう、か……(がくっ)」

「は、早くカンロさんの飯、を……(がくっ)」


 僅かに顔を上げ、甘露を出迎えようとした三人。が、その言葉の直後に再度撃沈してしまう。


「これは一体どういう事ですか!? まさか、何者かに襲撃されて!?」

「う、ううん、そんなシリアスな展開ではなかったり……」

「あ、意外と元気そうですね、美味ねえ…… ええと、何がどうしてこのような姿に? しっかりご飯は食べていましたか?」

「それは、もう…… しっかり食べてますです、はい……」

「カンロが不在、だったから…… 殆ど外食、だったがな……」

お店てめぇの事も考え、て…… 広く浅く、食いましたわ……」

「……? では、何が原因なんです? お腹は満たされているんですよね?」


 取り合えずとばかりにお土産のパブ饅頭を三人の口にツッコミ、緊急の栄養補給を試みる甘露。標準サイズの饅頭を一口で食べられる程度に元気ではあるらしく、三人とも一瞬で平らげていた。


「はふぅ、甘味が全身に染み渡るよ……」

「だ、だが、今の我々が真に欲しているものは……」

「これでは、ねぇんです事よ……」

「そうなんですか? なら、残りの饅頭は私一人で頂きますね」

「あっ嘘ですの今のはちょっと調子に乗りましたの饅頭も欲しいですの!」

「ノリで言っちゃったと言いますか饅頭怖いの一種と言いますか正直お姉ちゃんおかわりしたいです!」

「うむ大自然ジョークだ大自然ジョーク本気にするんじゃない!」


 ガバリと即座に起き上がり、待ったをかける三人。甘露が感じていた通り、思ったよりも元気である様子だ。


「うう、お饅頭が美味しいよぉ……」

「良かったですね、美味ねえ。それで話は戻りますが、何で倒れていたんです?」

「よし、それについては私が説明しよう! 実はだな―――」


 ―――ここでイータが説明したのが、先のスケジュールの穴についてだった。


 当然の事ではあるが、甘露がグラノラ王国を留守にしている間、残された美味・イータ・デリシャの三人は、自力で生活していかなければならなかった。甘露がパブを満喫している分、自分達も宿の食事や外食を楽しもう! と、最初のうちはそんな風に楽しく意気込んでいたのだが…… 美味らは段々と気が付き始めたのだ。グラノラの一般的な食事だけでは腹は満たせても、心は一向に満たされない事に……!


五臓六腑ごぞうろっぷがカンロさんの料理で構成されている私様達にとって、この二日間はすんげぇ大変な日々でしたわ! まあ、それはそれとして楽しみましたがッ!」

「うんうん、流石に全然満たされないってのは言い過ぎだよね~。グラノラの食事は美味しいから、実は心も結構満たされていたり~」

「だが、やはり慣れ親しんだカンロの料理と比べると、どうにも見劣りしてしまうのだ。特にこの二日間は懇親会の直後だったからな。美味過ぎる料理を腹一杯食した反動と言うべきか、心のどこかに物足りなさを感じていたのは確かだ」

「色々と言いましたが、要はカンロさんの料理が食いたくて堪らねぇ! という事ですわ! 私様、そろそろ禁断症状が出る寸前でしてよ! ギブミーカンロさんの料理!」

「いえ、私の料理をそんな危ない薬のように言われても、正直困ってしまうのですが……」


 困惑する甘露を余所に、この説明の間にお土産のパブ饅頭(10カートン)を平らげ、小腹を満たす美味達。どうやら饅頭は好評であったらしく、三人は満足そうに頬を緩めるのであった。別にこの饅頭は甘露が調理したものではないのだが、甘露がお土産として買って来たというその事実が、美味達を心から満足させたようだ。最早、単に甘露が大好きなだけである。


「ところで甘露ちゃん、誰かと一緒に来たの?」


 と、満足した美味が不意にそんな事を問い掛ける。続いてデリシャも―――


「むむん! この良い匂いはヴィヴィアンさんですわね!?」


 ―――謎の鼻の良さを発揮させるのであった。


「あ、感動の再会は済みまたかー? 匂いで発見されるのはちょっと微妙な感じですけどー、そろそろヴィヴィアンさんも登場しますねー? とー」


 デリシャの嗅覚は当たりを引いたようだ。いつもの営業スマイルを顔に貼り付けながら、ヴィヴィアンが物陰からヌルリと現れる。正直、あんまり「とー」という掛け声の感じでの登場ではなかった。


「む? なぜヴィヴィアン殿がカンロと一緒に? いや、それ以前になぜグラノラに?」

「いやー、カンロさんが今日帰って来るという噂を聞きつけて、遠路はるばるやって来ちゃいましてー」

「はい、転移門前で待ち伏せされていました」


 ヴィヴィアン曰く、遠路はるばるやって来た上で、グラノラ側の転移門前で甘露が帰還するのを待っていたらしい。そしてタイミング良く合流、一緒にここまで移動して来たという流れだ。


「会った時はタイミングが良過ぎて驚きましたけど、まあヴィヴィアンさんが相手なので仕方ないかと納得する事にしました。それに、私達に会いに来た理由も何となく察せましたし」

「理由……? あっ、それってひょっとして!」

「はいー、先日お約束した合同依頼の件、準備ができたので早速出発しましょうって話ですー。善は急げ、偽善もたまには乙なもの、悪に染まるも時には大事、と言うでしょう?」

「後半部分は全く聞いた事がないですし、前半部分にしても急な話だと思うのですが……」

「そうですわねー、漸くカンロさんの手料理にありつけるところでしたし、一食二食三食くらいは間を置きたいところですわ」

「お姉ちゃんも同意見です! 腹が減っては戦ができぬ、だから沢山食べるべき、おかわりに罪はない、と言いますし!」

「な、何て素晴らしい格言なんだ……! ミミ、私は感動した!」

「適当な格言合戦をしないでください…… まあ、素晴らしい格言だとは思いますが」

「んー、何だかんだでカンロさんもそっち側の人ですよねー?」


 素晴らしき格言合戦は兎も角として、ヴィヴィアンには善を急いでいる理由があった。しかし、美味達の同意を逸早く得る為には、それを説明するよりも良い方法があった。


「食事を気にしているのであればー、折角なので北大陸で取っては如何ですかー? あっちの食事はなかなかに奇天烈ですよー?」

「行きましょう、ヴィヴィアンさん!」

「我々の準備は常に万全ですよ」

「大自然が言っている。北大陸の自然も良いものだと……!」

「グズグズしている暇はねぇですわ!」


 ……悲しいほどに効果覿面だった。

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