第199話 油断禁物

 ある者にとっては天国、またある者にとっては地獄であった食事時間が終わりを告げる。そう時間は経っていない。一般的にフルコースを食べ終えるのに掛かる、二時間弱が過ぎた程度だ。しかし、この短いようで長い時間を乗り切った店の者達は、疑いようもなく最高の仕事振りを発揮していた。各所方面から食材を調達し、吸引される料理の総量に負けない勢いで調理をし、枯れた体力を振り絞りに振り絞って料理を運び続けたのだ。この二時間のみで、一体どれだけの利益を生み出したのだろうか? 某高級レストランの名に恥じぬ、本当に素晴らしい成果であった。


「ちょ、ちょっと質屋に行ってくるでござる……」

「グラハム様!?」


 尤も、その一方で装備を売るレベルで破滅した者も居た訳だが。


「満腹です。満足です。そして何よりも、幸せです……」


 大きく膨れたお腹をさすりながら、甘露が満足そうにそんな言葉を口にする。普段調理役を担う彼女にとって、食べる事のみに集中し、何よりも我慢をせずに食事をしたのは、これが初めての経験だった。故に、甘露は心の底から満たされたようだ。現に普段の甘露からは想像もつかないような、嘘偽りのない本心からの笑顔が咲き乱れている。


「……まあ、あのような笑顔を目にする事ができたのじゃ。破滅するのも、たまには良いかもしれんで候」

「いやん、破滅しちゃ駄目でしょん。グラハムちゃん、同じ大人としてぇ、ここは私と割り勘にしときましょ~?」

「あの、私もその割り勘に参加させてください。三人で分担すれば何とかなる筈です」

「ブ、ブルジョン殿、エフィル殿!? い、いや、しかし、それでは余興の景品の意味が……」

「今更な~につまらない事に拘っているのよん? カンロちゃんは私の支部出身の冒険者よぉ。であればギルド長としてぇ、予算を超えた分は払わせて頂くわん。うふん(はぁと)」

「それを言うのであれば、この会の招待客を選んだのは他でもない私です。同じような理由が私にも当て嵌まる筈ですよ?」

「お、お二人とも……!」

「幸せ、です……」


 幸せタイムの甘露に聞こえぬよう、こそこそと会計について話し合うグラハム達。その結果、グラハムは経済的な破滅を何とか逃れる事に成功したようだ。装備も質に入れずに済んだ訳である。


「―――ハッ!? わ、私は今まで何を……?」

「あらあら~、意識が戻って来たみたいねん、カンロちゃん(はぁと)」

「ちょうど今、食後のゴブ茶が運ばれて来たところです。一服致しましょう」


 それから数分後、甘露は夢見心地な気分から脱し、お腹もすっかり元通りになっていた。この数分で元に戻るお腹とは一体――― などと、不可思議なメカニズムについて考えてしまいそうになるが、懇親会の時の美味達もそうだったので、あまり深く考えるべきではないだろう。これは最早、そういう現象なのだ。


「ああ、食後のゴブ茶はまったりしますね……」

「ええ、消化を助ける働きもありますので、食後にピッタリのお茶です」

「あら、私は美容にも良いって聞いたわよん? お肌がツルツルになるんですって!」

「飲めば金運が上昇すると、そのような噂を耳にした事があるでござるよ! カッカッカ!」

「それは効力を詰め過ぎなような…… あれ? グラハム総長、何だか元気になりました? 来た時よりも溌剌としている気がします」

「フフフっ。それもまた、ゴブ茶のお陰かもしれませんね」

「な、なるほど……?」


 ゴブ茶万能説に若干の疑いを持ちながらも、甘露は素直にそれを受け入れる事にした。今は頗る気分が良い為、些細な事はあまり気にならなかったようだ。


「しかし、カンロ殿はこれから大変ぜよ。聞いた話によれば、近いうちに北大陸に渡るんだとか」

「あ、はい、実はそうなんです。ヴィヴィアンさんからお誘いがあって、合同で依頼をする事になりまして。達成が困難な依頼らしく、ヴァンさんのパーティも参加する事になっています」

「ふふぅん? となるとぉ、三組のS級冒険者パーティが集う事になるのねん」

「それだけ大規模かつ困難な依頼、という事でしょうか? 昨今では珍しいですね…… どのような内容なのですか?」


 そこまで危険な依頼であれば、真っ先にご主人様ケルヴィンが飛び付く筈なのに。と、不思議がるエフィル。


「北大陸の中央部に廃鉱山があるそうで、そこで珍しい鉱石を採掘すると言っていましたね。その廃鉱山、今も資源がまだまだ眠っているそうなんですが、掘り進めているうちにS級ダンジョンに繋がってしまい、止むを得ず廃棄されたんだとか」

「要はS級ダンジョンの探索とほぼ同義、って事かしらん?」

「あ、でもその廃鉱山、ヴァンさんが前に完全攻略されたそうで、ボスも討伐済みらしいです。今は採掘場所として復旧も果たして、それなりに安全な場所になったと聞きました」

「……全然危険じゃないわねん」

「珍しい鉱石は兎も角として、そんな状況ではご主人様も興味を示さないでしょうね……」


 安全が確保されているのに、なぜ三組ものパーティによる合同依頼に? と、ブルジョンとエフィルが首を傾げる。


「ええと、ここからの話はまだ確定情報ではないのですが……」


 そう言って、チラリとグラハムに視線を向ける甘露。この内容を伝えて良いものかと、迷っているようだ。


「うむ、エフィル殿とブルジョン殿であれば、まあ教えても問題なかろうて。実はな、廃鉱山に繋がったS級ダンジョン、その最下層がまた新たなダンジョンと繋がっている可能性があるのでごわす」

「あらやだ、更に違うダンジョン? 根深い話だわねぇ」

「踏破者であるヴァン様が気付かれたのでしょうか? ……あれ? ですが依頼の話を持ち掛けたのは、確かヴィヴィアン様だった筈では?」

「うむ、この情報をもたらしたのはヴァン殿ではなく、なぜかヴィヴィアン殿の方でな。と言うか、この依頼を出したのもヴィヴィアン殿本人なのでござるよ」

「S級冒険者が自分で依頼を出したのん?」

「前例がない訳ではありませんが、珍しいですね……」

「であろう? これには拙者も吃驚したで候」


 自分だけでは戦力が心許ないと考えたのか、それとも別の理由があったのか、また、どういった経緯で新たなエリアの存在を確認したのかも不明である。何から何までヴィヴィアンらしさが滲み出ている、怪し気な依頼であった。


「ヴィヴィアンさんが提示した依頼の目的は三つです。一つ、新たなダンジョンの有無、その真相究明。二つ、新たなダンジョンが発見された際の安全確保、具体的にはダンジョンボスの討伐。三つ、ダンジョンが鉱石に富んだ場所であれば、そこを探索し、レアな鉱石を見つけ出す事――― これらを達成した暁には、心からの感謝とお礼をしてくれるそうです」

「依頼報酬まであやふやな設定ですね……」

「いえ、これに関しては美味ねえ達が悪いんです。何も確認せずに依頼を受けてましたから。ただ、ダンジョンの存在が発見できなかった場合でも、報酬は満額払うと言っていましたね。 ……うん、どう考えても詐欺の手口です」

「ま、まあまあ、依頼報酬について不備があれば、ギルドが間に立って調整するでござる。それにヴァン殿のパーティも共に行くのじゃ。ヴィヴィアン殿も下手な事は考えておらんぜよ」

「どうかしらね~ん。まっ、どっちにしても気を付けて行くのよん?」

「ええ、それはもう徹底して――― あ、ゴブ茶が切れてしまいましたね。すみません、おかわりをお願いします。あ、いえ、この小さなカップではなく、もっとバケツサイズのもので。え、ないんですか? であれば、手始めに十杯ほど、それを分ペースで頂ければ」

「「「………」」」


 某高級レストランでの戦い、第二ラウンドの開幕であった。

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