第十章 ドラゴンささみの梅おかゆ
第198話 某高級レストランでの戦い
―――迷宮国パブ、西大陸最西端に位置する彼の国は、国内に308ヵ所ものダンジョンを有する、世界最大のダンジョン保有国である。また彼の国には冒険者ギルドの本部が設置されており、古くから“パブの地は腕利きの冒険者が最後に至る場所”、などとも呼ばれている。冒険者にとっては聖地であり、何かと関わり深い場所なのは間違いないだろう。さて、そんな由緒ある迷宮国パブの中でも、特にお値段がお高いと有名な某高級レストランが存在する。今日の舞台は正にそこだ。
先日、瀑布の塔では大いなる戦いが繰り広げられた。手汗握る熱戦に参加した者達は、誰もが一線を画した調理力を持つ、歴戦の
「……頼もう、予約をしたグラハムじゃが」
「これはこれはグラハム様、ようこそおいでくださいまし――― あの、顔色がよろしくない様子ですが、大丈夫ですか?」
しかし、どうした事だろうか。記念すべき素晴らしき日であると言うのに、グラハムの体調はどうも芳しくない様子だ。まるでこれから起こる惨劇を予期しているかのような、そんな不安が顔に表れている。
「うむ、拙者は大丈夫で候。既に覚悟は決めておる故に…… それよりも、食材の用意は万端であるか?」
「ええ、その辺りは抜かりなく」
「そ、そうか、かたじけない。そして、無茶を言って申し訳ござらぬ」
「いえいえ、とんでもありません。精一杯のおもてなしをさせて頂きますよ。まあ確かに、フルコースを五十人分予約されるとお伺いした時は、思わず耳を疑ってしまいましたけどね。当店でそのような大人数での予約は、何分初めての事でしたから」
「……五十人前で足りるであろうか? しかし、予算的にもこの辺りが限界で……」
ボソリと、グラハムが誰にも聞こえないような小さな声を漏らす。
「……? あの、グラハム様? 何か仰いましたか?」
「い、いや、こちらの話でござる。早速席への案内を頼もうぞ」
「承知致しました。では、どうぞこちらへ」
先導する店員にグラハムが続き、その後ろにエフィル、甘露、そしてブルジョンが付いて行く。S級冒険者総勢四名による大行進――― だったのだが、ここで店員にとある心配事が生まれたようで。
「あの、再三確認した事をまたお伺いするようで、大変恐縮なのですが…… その、席は四人分で本当によろしかったでしょうか?」
「うむ、四人で間違いないでおじゃる」
グラハムがそう言うも、店員はまだ不安そうにしていた。しかし、それは無理もないだろう。用意したフルコース五十人前に対し、店にやって来たのはたったの四人なのだ。もちろん、予約をされた時点で訪れる人数は分かっていた。その為、どのような大食漢の連れて来るのかと、彼は少しばかり興味を持っていたのだ。が、いざ客人が来てみれば、その四人の中には小柄な女性が二人も含まれているではないか。彼からしてみれば、この面子で予約分の食事を全て平らげられるとは、とても考えられなかったのだろう。
「ふむ…… お主も色々と思うところはあると思うが、予約している分を残すような不埒な真似は決してせぬ。今宵の客人、見た目以上に食すで候」
「で、でしたか。いやはや、それを聞いて安心しました」
尤も、異次元の力を持つS級冒険者の長、グラハム・ナカトミウジがそこまで断言するのであれば、最早疑う余地はない。彼はホッと胸をなでおろし、同時に今日の客人達にも謝罪するのであった。
「いえ、お気になさらず。調理にかかわる者として、そこを気にするのは当然の事ですから」
「エフィルさんの意見に同じ、です。食材の無駄はあってはなりませんから」
「ねんねん! 謝罪なんかよりもぉ、私の特注コーデをもっと見てほしいわん! ど~かしらぁん、店員さぁん?(はぁと)」
「……た、大変お似合い、かと」
ブルジョンの独創的な服装を前に、店員はほんの一瞬だけ言葉を詰まらせてしまう。敢えてどのようなものなのか表現はしないが、それだけブルジョンの服装は独創的であったようだ。
「私、ドレスコードの店って初めてです。マナー面で若干の不安はありますが、失礼のないように頑張ります……!」
「フフッ、ゲストルームでの食事のようですし、そこまで気に掛ける必要はないと思いますよ?」
「そうよ~ん。これはご褒美なんだからぁん、何よりもまずは楽しまないとねん! 実は私ぃ、この時の為に食事を抜いて来ちゃったのん! やだ、言っちゃったん!」
(なるほど。服装は兎も角として、あの巨漢の方がそれだけ食されるのか……)
その認識が合っているかどうかは別として、店員は更に納得したようだ。ともあれ、四人は予約したゲストルームへと到着。余興のご褒美タイムへと突入する。
「ああ、拙者の分は不要でござる。その分はそちらへ運ぶで候」
「え?」
言うまでもない事ではあるが、それからの食事風景は苛烈そのものであった。
「惜しいですね。隠し包丁をもう少し浅く、そしてお塩をもうひとつまみほど加えていれば…… しかし、この食材同士を組み合わせる発想は、なかなか将来性が―――」
「あらやだん、これってばお上品なあ・じ・わ・い……! 私の写し鏡のような料理ねん(はぁと)」
「……(チビチビ)」
「これ、美味しいですね。おかわりをお願いします。こちらの料理も食材の自然な味わいを活かしています。おかわりをお願いします。あ、何か直ぐコース料理を一巡してしまうので、もうできた傍から運んで頂いても良いでしょうか? ええ、その方がお互いに手間じゃないと思いますので」
「は、はひっ!」
食べながら料理の分析を行うエフィル、独自の食レポを展開するブルジョン、チビチビと水のみを嗜むグラハム、そして豪華絢爛な高級料理を吸引するが如く口へ運ぶ甘露――― 各々が楽しむ事を最優先とした結果、マナーは明後日の方向へと消えてしまったようだ。
その中でも特に影響力があったのは、まず間違いなく甘露だろう。彼女が繰り出す怒涛のおかわりは、絶えずグラハムの懐事情にアタックを仕掛け、店員らの体力を削り続けていた。恐らく、調理場も今は地獄の忙しさの最中に居るだろう。店員達は休む事なくゲストルームに料理を運び、その光景を目にする度に、グラハムはこっそりと財布の中身を覗くのであった。
「あ、あの、グラハム様? 予約分の五十人分のフルコース、このペースですと直ぐに消えてしまいそうなのですが……」
「……つ、追加注文は、できるでおじゃるか?」
「注文される量によるかと……」
「あらあらあらん、カンロちゃんったら更にスピードアップしているわねん。大丈夫ぅ? 喉詰まらないん? 目の前に皿が運ばれた瞬間、その上にあった料理が消えちゃってるわよん?」
「しっかり咀嚼して味わっているので、何ら問題なしです」
「なるほど、食に感謝する事を忘れず、十全に味を堪能した上で最速に至っているのですね。流石です」
「エ、エフィルさんに褒められてしまいました……!」
嬉しさから、或いは照れ隠しからなのか、甘露の食事スピードが更に加速して行く。普通に会話も挟んでいるのに、速度は全く落ちる様子がない。
「……えっと、枷のない食事とは素晴らしいものですね。何も心配する事なく、食事のみに没頭する事ができます。私、心の底からお腹一杯食べた事ってあまりなかったので、何だか嬉しいです。 ……えへへ」
「……すまぬが、可能なだけでも対応してほしいでござる」
「ぜ、善処します……」
甘露の笑顔に報いる為に善処した結果、某高級レストランはこの日、とんでもない売上を記録したという。
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