第196話 頭を抱える

「さて、宴もたけなわでおじゃるが、そろそろ冒険者ギルド最高位者特別会議を締めるでござるよ」

「おー、もうそんな時間か。会議っぽい事、結局今年もしなかったな」


 S級冒険者同士交流を深め、溜め込んだ食材の山も消失、時間も良い頃合いになったという事で、グラハムが締めの挨拶に入り始める。食べ過ぎで未だに腹が膨れているさんにん、娘に土下座をするケルヴィン、いつの間にか一足先に帰ってしまったドロシーなど、挨拶の受け入れ態勢は様々である。そんな中、甘露は未だに頭を抱えていた。


(結局、私達も合同依頼に参加する事になってしまいましたか……)


 そう、あの後にエスタからヴァンを改めて紹介され、甘露は断るタイミングを完全に逃してしまったのだ。しかし、こればかりはどうしようもなかった。今思い返してもみても、そんなタイミングなんて最初からなかったからだ。


『北大陸に行くのであれば、そこをホームにしているヴァンこいつが良い案内役になる。パーティの奴らはどれも変人揃いだが、そつらも実力は申し分ないだろう。北大陸内部は物騒なところが多いから、十分に気を付けな。何? 調味料を入手する為に、少しだけ行った事がある? そこはあくまで安全な区画さ。内部はまた別物だから、慢心はここに捨てて行きな。まあ良い機会なんだ。こいつらと一緒に色々と勉強して来るんだねぇ』

『………』


 そう言って差し出されたヴァンは、エスタに首根っこを掴まれた状態で宙に吊るされていた。最初は何とか逃れようとジタバタジタバタ暴れていたのだが、あ、これは無理だと悟ったのか、この時にはもうなすがまま、力なく手足と翼が垂れた状態だった。


『……ですか』


 ちなみに甘露の方も、この辺りで合同依頼を断るのは無理だと悟る。世話になっているエスタにここまでお膳立てされてしまったら、最早そんな事を言える空気ではなかったのだ。


『んー、結局エスタさんに主導権を奪われた感じですねー。まあ、良いですよー。ヴィヴィアンさんは心が広いので、それでも問題ないですー。カンロさん、よろしくお願いしますねー』

『は、はぁ、よろしくお願いします…… ところで、ヴァンさんは生きてます?』

『………』

『死んでるかもですねー』

『そんな訳あるか。確かにヴァンは呆れるほど臆病だが、この程度で死ぬようなタマではないさ。おい、ヴァン。お前からも挨拶しな』

『……(ビクッ)』


 エスタに声をかけられ、ビクリと再起動するヴァン。そして恐る恐るといった感じで、甘露達に小さく手を振ってくれた――― までは良かったが、直後に再び脱力してしまうのであった。


『……まあ、今はこれが精一杯な訳だが、依頼本番になれば多少はマシになるだろ。スイッチさえ入ってしまえば、戦闘力はそこのヴィヴィアンにも引けを取らない筈だ』

『エスタさーん、そんな説明じゃカンロさんには伝わらないですよー。私の実力だって知らない訳ですしー』

『む、それもそうか…… まあ、アレだ。どっちもトレビアよりは強いから、そのつもりでいろ』

『えっ?』


 エスタの話を聞くに、トレビアはまだ幼く、ステータス的にも本人の地力的にも、本格的に成長していくはこれからが本番。そういった背景もあって、彼女の実力はS級冒険者の中では最底辺に位置しているんだそうだ。また、そんなトレビアの上にはヴィヴィアンとヴァン、そしてブルジョンとパウルがおり、その四人で大よそ力を拮抗させている状態にあるらしい。更にその上にはエスタとグラハムが居て、ここでも実力が拮抗――― 残るケルヴィン、エフィル、ドロシーは正しく頂点に位置し、他を寄せ付けない圧倒的なまでの力を有しているのだと、そう説明してくれた。


『そうなんですよー? ヴィヴィアンさんはトレビアちゃんよりも強いんですよー? 私の事、見直してくれましたかー? そのうち、エスタさんも食ってやる予定ですよー?』

『そんな事を言われても、普通にコメントに困ります』

『わっ、カンロさんったら素直な反応ー』

『……ヴィヴィアン、ヴァンの寡黙さを少しで良いからアンタに分けてやりたいものだよ。話の腰を折るんじゃない』

『はーいすみませーん反省してまーす』


 何とも心の籠っていない言葉であった。


『ハァ…… まあ、今のは純粋な戦闘力を基準とした話で、その状況や能力の相性で力関係がひっくり返る事も十分にあるだろう。それこそヴィヴィアンがさっき言ったような事も、超低確率ではあるが起こり得る』

『超低確率ですかー? そこまで可能性低いですかねー? 甚だ疑問ですー』

『ほう、疑問か? なら、今から百回ほど試してみて、ヴィヴィアンが何回私に勝てるか実験してみよう。一回でも勝てたら前言撤回してやる』

『あははー。エスタさんったら、さっき戦う気はないって言ったばかりじゃ――― あ、私黙りますねー? お口を閉じときますねー? 下がりまーす』


 エスタから溢れ出す割とマジな殺気を感じ取ったのか、ヴィヴィアンは素直に黙り、それからそそくさと下がって行った。この辺りが冗談の通じる限界だと、そう見極めたのだろう。それは同じS級冒険者同士でも、一段階強さが違えばかなりの実力差があるという、良い証拠でもあった。


『よし、良い子だねぇ。ああ、そうそう。ちなみにだが、今のカンロ達の実力はS級下位のトレビアよりも更に下――― つまるところ、新たなる最底辺になってしまった訳だ。昇格式の模擬戦でトレビアに勝てたのは、四対一で戦ったからに他ならない。S級冒険者としてまだまだ実力不足だって事を、アンタなら十分に理解しているね、カンロ?』

『ええ、まあ…… あの時は四対一で戦った上で、ギリギリの勝利でしたから』

『よしよし、カンロも良い子だ』


 エスタがガシャガシャと甘露の頭を撫で始める。


『今は一番下でも、カンロ達の成長力はトレビアと同じくらい目を見張るもんがある。自分達の力を見誤らず、実直に強くなっていけ。傍に暫定の目標があれば、より効率的に成長していけるだろう』

『……その為の合同依頼、でしょうか?』

『フッ、流石はカンロだねぇ、なかなか察しが良い。暫くの間、トレビアと共に過ごしていたカンロ達なら、次に参考にすべきはその上の連中が望ましい。指導って面で付けるのなら、パウルやブルジョンが最適解なんだが…… まあ、あいつらは自分の仕事で忙しくしているからねぇ。その二人と比べて相当に不安要素はあるが、ヴィヴィアンとヴァンでもまあ妥協はできるだろ。曲がりなりにもS級冒険者なんだから、残る不安要素は自分で何とかするんだねぇ』

『な、なるほど……』

『それに、これはヴィヴィアンとヴァンにとっても悪い話じゃない。一緒に組んで無事に依頼を果たし、その後もカンロ達が変わらずにパーティを組んでいれば、ヴィヴィアンに付き纏う悪い噂はなくなるだろうし、ヴァンの人見知り癖も多少はマシになる。 ……どうだ? 少しはやる気になったかい、カンロ?』

『うっ……』


 全てを見透かしているかのようなエスタの物言いに、思わず視線を逸らしてしまう甘露。もう結構前から断るのは無理だと考えていた彼女であったが、この駄目押しの念押しには白旗を上げるしかなかった。


 そんなこんなで合同依頼の件を正式に承諾し、甘露達はヴィヴィアン、ヴァンと共に北大陸へと向かう事となったのだ。


(あっ、肝心の依頼内容、まだ聞いてなかった……)


 甘露は頭を抱えた。

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