第197話 二次会
S級懇親会が終わり、瀑布の塔に集った者達がそれぞれの帰途へとついて行く。もちろん、その中には消化を済ませた美味達も含まれており、エフィルとの食事の約束をした後、元気に塔の滝を降って行った。
「いやはや、今年も良き会議ができたでござるな~。まあ、少々懐は厳しくなりはしたが、皆の笑顔を拝見する事ができたのじゃ。銭では決して買えぬ価値、所謂プライスレスがあったと思う事にしようぞ」
頭のちょんまげを揺らし、ご機嫌な様子でそう言ったのは、ギルド総長のグラハムであった。どうやら今は職員のSと共に、懇親会の後片付けに当たっているようだ。テキパキとテーブルの拭き作業に当たっている。
「ほほう? 総長自ら片付けとは、精が出るじゃないか」
「全くだな。グラハムが総長になってくれて、俺は心から感謝しているよ。前任を思えば尚更にそう思う」
そんな彼の姿を肴に、なぜかこの場で二次会を開催していた者達が居た。『死神』のケルヴィン、そして『鉄血』のエスタの二名である。
「……いや、もう会議は閉幕したので申すが」
「あ、酒が切れた。グラハム、食い物はなくなっても、酒はまだあるんだろう? 出しな、潔く出しな」
「うーむ、拙者の言葉が全く届かぬ、この絶望感よ」
と言いつつも、グラハムは何本かの酒瓶をエスタに手渡すのであった。
「おおっ、これはトラージの純米大吟醸! アンタ、良い酒を持ってるじゃないか!」
「マジかよ最高級品じゃん…… あー、唐突に二次会始めた俺が言うのも何だけどさ、グラハムは人が良過ぎないか? 人を喜ばすにしても、身を切り過ぎだぞ?」
「何、それはトラージのツバキ殿から頂戴した品で候。礼儀としては拙者が飲むべきなんじゃろうが、周知の通り、拙者は酒を嗜まんでのう。懐で腐らせるよりも、誰かに美味に飲んでもらった方が、酒も幸せでござろう」
「……ったく、ホントお人好しだなぁ」
「美味い!」
「エスタはもう飲んでるし……」
「総長、片付けは我々でやっておきますので、ご一緒されては?」
この二次会を止めるのは無理と判断したのか、会場の片付け作業に当たっていた職員Sが、グラハムにそんな提案をした。
「そうはいかんぜよ。冒険者ギルド最高位者特別会議の責任者として、最後まで全う―――」
「―――そんな事よりも、ケルヴィン様とエスタ様がこれ以上の無法を働かないよう、総長に見張っていて頂いた方が効率的です。私、定時には帰りたいので」
「あ、うむ、そういう事なら……」
有無を言わさぬ職員Sの物言いに、グラハムは素直に席へとつくのであった。
「ハハッ、なかなかキツイ言われ様じゃないか、グラハム。俺も別に無法を働いているつもりはないんだがな」
「今はアンタがギルド総長なんだ。自分の言い分があるのなら、言い返してやったらどうだい? 職員シ――― ああ、いや、今は職員Sだったか」
「ううむ、面目ないでおじゃる。じゃが、彼女の言っている事は真っ当でござるからなぁ。あ、拙者の分の杯は用意しなくて良いで候! 拙者、
「嘘を付け、嘘を。私は知ってるよ? 後の仕事の効率が落ちるから、飲まないってだけなんだろ? たまには羽を伸ばせってんだ。前任の総長はその辺が上手かったぞ? なあ、そこの
「……(イラッ)」
「エスタ殿、仕事中の彼女に絡まないでほしいでござる! と申すか、もう相当に酒が回っておらぬか?」
「まあ、懇親会中も食うより飲んでる量の方が多かったみたいだしな。これで二日酔いには絶対ならないってんだから、ある意味無敵だよ」
「その無敵から改めて言ってやろう、飲め! そして羽目を外せ!」
「無茶苦茶でござる!?」
結局、グラハムは酒を飲み交わす事を含め、二次会に参加する事となってしまうのであった。とは言え、こうでもしないと生粋のハードワーカーであるグラハムが休む事はなかっただろう。十中八九、この後ギルドに帰ってからも仕事に打ち込んでいた。一見迷惑でしかない絡み酒も、エスタなりに気を遣っての事だったのかもしれない。
「ンク、ンク…… ぷはぁ~~~! いやはや、久方振りの酒は効くでござるなぁ!」
「だろう? 酒は命の水だ。成分的には毒でしかないが、精神的には薬なんだ。そうなんだ。是非もなし」
「だからって前みたいに、うちの嫁さんに飲ませようとするなよ? 本当に大変な事になるから」
「はて、何のだったかな。歳を取ると物忘れが酷くてねぇ」
「いや、エスタお前、この場に居る中では最年少だろうが…… まあ、ところでさ」
酒杯を置き、ケルヴィンが楽し気にエスタを見詰める。
「おい、こんな老婆相手に熱い視線を向けるんじゃないよ。アンタの情欲は底無しかい?」
「ケ、ケルヴィン殿……」
「違うよ!? いや、何でもかんでもそっち方面の話に繋げるのは良くないと思うな、うん……」
最早持ちネタになりつつあるよ、などと嘆くケルヴィン。そして、ここでコホンと咳払いをひとつ。
「……エスタがさっき甘露ちゃんに話していた内容、大よそは合っていたけどさ、少~しだけ嘘も混じっていたんじゃないか?」
「ほう、私がどんな嘘をついたって?」
「あの子ら――― 甘露ちゃん達が、S級冒険者の中で一番弱いって話さ。昇格式の模擬戦の内容を聞く限り、その時は明確にトレビアの方が強かったんだろう。 ……けど、今日直接カンロちゃん達と会ってみた感じ、今の実力はトレビアとそう変わらないように思えたぞ?」
「ふむ、子供を溺愛するケルヴィンにしては、妙に公平な評価をするんだねぇ?」
「子を溺愛するからこそ、その力はしっかり見極めたいんだよ。まっ、トレビアを評価してくれるってだけなら、父親として素直に嬉しいけどさ」
空になったエスタの杯に、ケルヴィンが酒を注ぐ。グスタフはそんな二人の様子を眺めながら、チビチビと酒を飲んでいた。
「エスタの言う通り、トレビアの伸びしろはS級の中でもピカイチだ。けど、それ以上にあの四人は己の欲望に正直って言うか…… 何かこう、分かるかな?」
「……私の経験上、冒険者ってのは欲望に素直な奴ほど、その欲望がより大きな奴ほど、力が強くなる傾向にある。S級は特にそうだね」
「そう、それが言いたかった! そういった点で、トレビアは圧倒的に劣っているんだよな~。いや、トレビアにも人並みの欲はあるんだよ? けど、どこまでいっても一般常識に収まる程度の欲って言うか、もっとこの道を究めたい! とか、もっと何かが欲しい・したい! とか、そんな強欲さが足りてないって言うかさ……」
「フッ、父親にも母親にも似ず、常識的な子に育って良かったじゃないか」
「ま、まあ、コレットの信仰心が遺伝しなかったのは、ある意味良かったかもしれないけどさ。その代わり、上の兄二人が拗らせてるけど……」
ケルヴィンはどこか遠い目をしていた。
「ああ、いや、それは兎も角だ。甘露ちゃん達の強さは卑下するほどのものじゃない。むしろ、俺にとってはかなり興味深い。特にあの長髪の子…… 美味ちゃんだっけ? 懇親会の最中、料理を食うごとにガンガン強くなってる気配がしたぞ? うちのクロトと同じ能力でも持っているのか?」
「知りたいのかい?」
「いや、興味はあるけど、ネタバレはしなくて良い! いつか戦う事になるかもしれないし、その時の楽しみに取っておきたいからな!」
「ったく、本当に変わらないねぇ、アンタは」
あの子らの飽くなき食欲からは、ニューエイジな予感がする! と、瞳をキラキラ輝かせるケルヴィン。そんな彼に対し、エスタは呆れたように溜息を吐いた。
(ッチ、やっぱりバレていたか。この戦闘狂から興味を逸らす為の嘘だったんだが……)
もう一度、深々と溜息を吐くのであった。
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