第195話 パーティクラッシャー

「……美味ねえ、その話は本当ですか?」

「本当だよ? 楽しみだね!」


 その後、美味は嵐の中から帰還した甘露に対し、ヴィヴィアンと合同依頼をする事になったと説明した。当然、甘露の反応は思わしくない。


「美味ねえもイータさんもデリシャさんも、少しは人を疑う事を覚えましょうよ……」

「フッ…… カンロよ、あまり私達を見くびってもらっては困るな。そう心配せずとも、私達にも考えがある。その上での決断なのだ」

「ですね!」

「ですわね!」


 やけに自信満々な三人の様子に、甘露の不安が加速していく。


「はぁ、そうなのですか…… それで、一体どんなお考えで?」

「ジュースを私達に返してくれたの! ヴィヴィアンさん、多分良い人!」

「大自然が私に語り掛けるんだ。この依頼、乗るが吉と!」

「ヴィヴィアンさんからは良い匂いがしましたの! 気になって仕方ねぇですの! マジで良い匂いですの!」

「………」


 何とも予想の斜め下をいく、立派な考えであった。甘露、頭を抱える。


「まあ、良いです。それで、その合同依頼は一体どんな内容だったんです? まさか、内容も聞かずにオーケーを出した訳ではありませんよね?」

「「「……あ」」」

「ちょっと待っていてくださいね。私の方から断りの連絡を入れてきますので」

「ああっ、待って待って、甘露ちゃん! お姉ちゃんがうっかりしていたのは謝る、謝るから!」


 このキャンプの機会を逃してなるものかと、美味達は必死になって甘露を止めるのであった。


 一方、合同依頼の話を持ち掛けたヴィヴィアンはと言うと―――


「おい、ヴィヴィアン、一体何を企んでいるんだい?」


 ―――こちらはこちらで、エスタに捕まっていた。どうやら美味達との会話を終えた直後に、彼女に呼び止められたようだ。


「おっと、これはこれはエスタさん。企むだなんて、私を買い被り過ぎですよー。私はただ、あの子達と仲良くなりたいだけですのでー」

「その言葉だけで信じられるくらい、アンタに信用があれば良かったんだけどねぇ」

「え、ないんですか?」

「逆に聞くが、何であると思った?」


 『戯話おどけばなし』のヴィヴィアン・ファーゼ、単独で行動する事の多い彼女は、基本的に他の冒険者とパーティを組む事がない。あったとしても、その場限りの約束でパーティに加わった事が、何度かあった程度だろうか。単独での依頼遂行、その姿勢は新人からS級冒険者へ昇格するまで、決して変わる事はなかった。


 なぜ彼女は誰ともパーティを組まないのか? パーティを組む必要がないほどに、彼女が強いから? それもあるかもしれない。ヴァンのように人見知りを拗らせているから? いいや、むしろヴィヴィアンは他人と関わる事を好んでいる。生き甲斐にしていると言っても過言ではない。では、なぜ?


「アンタがパーティを組んだ事は、かつて四度あった。その全てで依頼を達成、冒険者らも全員無事に帰還を果たしている」

「おお、よくご存じですねー? ええ、その通りです。仲間は大事ですからねー。頑張って全員生存を目指しましたともー。いやあ、パーティで行動するのには慣れていなかったのですが、あの時は我ながら素晴らしいチームワークを発揮できたなーと、そう思ってまーす。うーん、良い話だなー」

「ああ、そこまでは良い話だ。冒険者稼業は生きて帰ってこそだからねぇ。 ……けど、その後が気に食わない」

「はて、何の事やら?」


 ヴィヴィアンがわざとらしく首を傾げてみせる。


「フン、人の不幸話に目がないアンタが、知らない筈ないだろう? その時に組したパーティの面子、アンタ以外は元からパーティのメンバーとして組んでいる奴らばかりだった。しかも、だ。どいつもこいつも付き合いが長い」

「いや、本当によくご存じですね。わざわざ調べたんですかー?」

「調べるまでもないね。アンタが関わった全パーティが、依頼達成直後に不和で解散――― そんな妙な噂が、一時期冒険者ギルド中に流れていたんだ。そん時のアンタ、『パーティクラッシャー』とか呼ばれていただろ? 噂が流れた後は皆怖がって、誰もアンタとはパーティを組まなかったし、S級に昇格するタイミングで新たに二つ名を付けられたから、直ぐに廃れはしたようだが…… それでも私みたいに神経質な奴は、案外覚えているものさ」


 エスタ曰く、その者達は仲間割れをする一方で、ヴィヴィアンに対しては強い恐怖心を抱いている様子だった。依頼先で何か揉め事が起こったようではあるのだが、なぜか詳細を語る者はおらず、一様に口をつむぐばかり。要は冒険者ギルド側も事実を把握しておらず、パーティの解散という結果のみが残ってしまったのだ。


「当然、アンタにもギルドからの聞き取り調査が入ったが、いつものように飄々と煙に巻いたようだね。また、死人や被害届が出ていない以上、ギルドとしてもそれ以上の事は何もできなかった…… 違うかい?」

「いやはや、もう結構前の事でもあるのでー、私としても記憶が朧気なんですよねー。まあ、そんな昔の事なんて別に良いじゃないですかー。誰が死んだ訳でもないですしー、ちょっとした笑い話のタネですよー」

「どこが笑い話なのか意味不明だし、そんなアンタがミミ達と行動を共にしようとしているからこそ、こうして追及しているんだが?」


 エスタの全身鎧の隙間から、微量の殺気が漏れ出す。そして気が付けば、それら殺気は意思を持った蛇の如く、ヴィヴィアンに纏わりついていた。他の者達には伝わる事のない、超局所的な殺気の解放である。常人であれば肌に触れた瞬間、卒倒するレベルのプレッシャーだ。


「……また器用な殺気の使い方をしますねー? ヴィヴィアンさんは平和を愛しているのでー、こんなところで争いたくないですー。何でもかんでも暴力で解決するの、野蛮だと思いまーす」


 が、ヴィヴィアンは作り笑顔を崩さない。それどころか更なる挑発をする始末であった。


(うわぁ、想像以上に問題のある人じゃないですか……)


 そんな二人のやり取りを密かに注視していたのは、合同依頼の取り止めを申請しようとしていた甘露であった。先にエスタがヴィヴィアンに話し掛けた為、こうしてその様子を見守っていたのだが、案の定と言うべきか、明らかにヤバ目の話を聞いてしまう。美味達は残念に思うだろうが、やはりここは断るのが正解だと、甘露はそう心に決める。


「……まあ、私だって流石にそこまでする気はないよ。どこかのバトルジャンキーでもあるまいに」

「はっっっ――― くしょん!?」

「うげっ、この馬鹿親父! 突然くしゃみとかすんなや! 普通に驚くわ!」


 どこからかくしゃみが聞こえて来たが、特に気にする必要はないだろう。甘露はそう心に決めた。


「んー? なら、これで話は終わりですかー? エスタさんにはしては、何とも手緩いと言いますか―――」

「―――んな訳もないだろうが。ほれ、ミミ達と一緒に依頼をしたいのなら、こいつ・・・も連れて行きな。行き先、北大陸なんだろう?」


 首根っこを掴み、ひょいっと宙に持ち上げる。そんな強制的なやり方でエスタが指名したのは、彼女らと同じS級冒険者であった。但し、長身なエスタとヴィヴィアンとは違い、こちらは大変に小柄である。


「ヴァンさんを、ですかー?」

「……ッッッ!!!???」


 S級冒険者、『篝火かがりび』のヴァン・クエスト。マイハンカチで仮面下の口元を呑気に拭いていた彼(彼女?)は、数秒遅れて無茶振りされた事を理解したようだ。大きなショックを受けたからなのか、手足に加えて背の翼がバッサバッサと動かしまくっている。


(……これ、今から断ったら不味い雰囲気?)


 そんな三人の様子に、甘露は厄介な事になったと更に頭を抱えた。

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