第18話 世界的なスモーク

 テント前に置かれたテーブル席にて、甘露の調理を待つ美味とイータ。一応大人しく待ってはいるが、その様子は待ての状態にある犬のようであり、じゅるりらじゅるりらと欲望の音が彼女らの口から聞こえて来ていた。彼女らは待っている。よし! の合図をひたすらに待っている。


「いや、まだ調理を始めてもいませんから…… ああ、そうだ。燻製の方はそろそろ頃合いですし、チーズと卵を先に食べますか?」

「ひゃっほい! 待ってました!」

「是非に是非にぃ!」


 あれ、この二人は姉妹だったっけ? と、実の妹の甘露がそんな風に思ってしまうほどに、美味とイータの息はピッタリと合っていた。


(フフッ、美味ねえのハイテンションについて行けるとは、イータさんもなかなかやりますね。何気に初めての事でしょうか?)


 異世界広しと言えども、腹ペコ美味の調子に合わせて行ける者は非常に珍しい。更にそれが気難しい種族である筈のエルフなのだから、甘露はそれが少し面白く思えた。


「うん、見た目は良い感じになっていますね。狙い通りのスモーク具合です」

「ああ、何だか独特の香りが漂って来る……! 甘露ちゃん、ハリーハリー! 私はこれ以上待てないよ!」

「少し甘い感じのする匂いだな? おお、不思議と心が落ち着くような気がする」


 かと思えば、ここでイータのみ調子が落ち着いていった。燻製器より漂う燻す香りが、彼女の心を鎮静化させているようだ。


「燻煙材という木材で香り付けをしているので、自然が身近にあるエルフの方には親近感があるのかもしれませんね」

「スモークチーズぅー! 燻製卵ぉー!」

「うんうん、美味ねえは変わらずにいつも通りですね。逆に安心します」


 特製燻製器からお試しで燻製したチーズと卵を取り出し、皿へと盛っていく甘露。但しお試しと言っても、量は黒鵜姉妹基準である為、皿の上は山盛りだ。そして取り出したチーズ等々と入れ替えるように、甘露は新たに別の食材を燻製器に詰めていった。


「チーズはここまでの道中でも食した事があったが、これはそれらよりも香りが強く、色合いが濃いな。スモークチーズ、だったか? これは蒸し料理の一種なんだろうか?」

「蒸すというよりも、燻して調理したものですね。まあ、似たようなものではありますが」

「ねえねえ、それよりも早く口に入れよう! この甘美なる香りを、直に体験しよう!」

「あ、ああ、そうだな。では、頂くとしよう」


 パクリと、三人が同時にチーズを口にする。


「んん~~~ッ……! 濃厚! それでいて、香りのお蔭でクセも殆ど感じないね!」

「……お、驚いたな。初めてチーズを口にした時も驚いたものだが、これはその時以上の衝撃だ」

「ん、燻す事で更に風味が増していますね。なかなかいけます」

「暴れ鬼牛のチーズって、確か凄い高級品だよね? 目につくものを直ぐに破壊しようとするから、家畜としては適さないんだっけ?」

「はい、なので元となるミルクを手に入れる為には、暴れ鬼牛を野生で発見して、生きたまま動きを封じる必要があるんです。そうやって初めて搾乳できる訳ですね。入手難度が高い分、味と栄養価もそれ相応となっています。ええと、確かC級冒険者が受注する依頼にありましたっけ」

「お、おい、ングング…… 良いのか? パクッ。そんな高級品を、もにゅもにゅ…… ゴクン! 私も一緒に食べてしまって?」

「それだけの量を確保していますので、お気になさらず――― と言いますか、全然気にせず食べてるじゃないですか」

「うう、手が勝手に動いて口に運んでしまうのだ……」

「まあ、それは確かに」


 パクパクと食べ続ける三人。そしてチーズを堪能したお次は、コカトリスの燻製卵に手が伸びる。コカトリスの卵は鶏の卵よりもひと回り大きく、それこそ握り拳ほどもありそうな大きさだ。また、コカトリスは猛毒を有し狂暴である為に、暴れ鬼牛と同じく畜産化には今のところ成功しておらず、唯一無毒である卵は、市場で高級品として扱われている。


「卵も色が濃いな。その燻製とやらをするだけで、こんなにも黒っぽく染められるものなのか」

「うーん、とっても美味しそう! 白身が色付けされた卵って、それだけで特別感があるよね!」

「一応中身が半熟になるように調理したつもりです。上手くいっていると良いのですが」


 パクリと、三人が同時に燻製卵を口にする。


「はわ~~~ッ……! 味がしっかり染み込んで、黄身もちゃんと半熟だよ~! それにそれに、一口が大きくて幸せぇ!」

「な、何だ、この複雑な味は……! 先ほどのチーズにも似た風味があるのはもちろんだが、食べた事のない味わいが口の中に広がっていくぞ!?」

「あ、はい。燻す前のゆで卵の状態で、秘伝のつゆダレに漬け込んでいましたから、その味かと」

「秘伝の、つゆダレ……? そ、それは一体どうやって作ったんだ!? 他の料理にも応用できるものなのか!?」

「応用は可能ですが…… すみません、作り方は企業秘密です」

「そんな殺生なぁ!?」


 ここからは撮影禁止です。秘伝は秘密だから秘伝なのです。と、甘露は絶対に譲らなかった。店主のこだわりである。


「そうか、だからこその秘伝なのか――― ん? これは……」


 説得を諦め、美味にも負けない勢いで燻製を食べていたイータが、ふと自らの腕を見て食べるのを止めた。


「どうしました?」

「いや、それがだな…… 腕のここにあった生傷が、いつの間にか綺麗さっぱりなくなっているんだ。さっきまでは確かにあった筈なのに」


 そう言われ、傷があったと思われる箇所を美味と甘露も確認する。確かに、イータの腕にあった傷は綺麗になくなっていた。


「わっ、本当ですね。傷痕も残っていません。というか、全身の傷が治ってますよ、イータさん! なるほど、これがエルフの不思議パワーなんですね!」

「そんな便利なパワー、エルフにはないぞ……」

「えーっと、それじゃあ…… 分からない時は、まず甘露ちゃんに聞く!」


 早々に白旗を挙げて、元気よく甘露の方へと振り向く美味。それは姉としてどうなのだろうか、というツッコミは受け付けていないらしい。


「恐らく、燻製に使ったスモークウッドの力かと。今回の燻製には、世界樹の枝を使いましたから」

「ッ!?」

「世界樹の枝? そんなのあったっけ? そもそも世界樹って何?」


 甘露の言葉に驚愕して声も出ないイータ、一方で全く意味を理解していない美味。


「世界で一番大きな大樹、それが世界樹です。その生命力の高さは人知を超えており、世界樹の葉っぱ一枚を煎じて飲めば、どんな大病も治るのだとか。骨折箇所を世界樹の枝で固定していたら、翌日に骨折が完治していた、なんて話もあります。その回復効果が燻製した食材に移ったのかもしれませんね」

「へえ、そんなすっごい便利なものがあったんだね! 納得納得!」

「いやいやいや、簡単に納得してはならないぞ、ミミ! 確かに世界樹はそのような言い伝えが存在しているが、あくまで言い伝えだ! それがまさか、本当に実在していただなんて…… カンロ、これを一体どこで?」

「それはですね…… 当然、企業秘密です」

「またかぁ!?」


 何はともあれ、イータ、全快。

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