第19話 エルフな話題
企業秘密が守られたところで、甘露はプラチナサーモンの調理を開始する事にした。宣言通り、調理法はホイル焼き(ナババ焼き)である。
「モグ、モグ……」
「パク、パク……」
食べる専門の二人、美味とイータは席にてその様子を見学中。もちろん、その手にはスモークされたチーズと卵が握られている。但し、それらを食す速度は落ちていた。もうお腹が一杯になった? 無論、そんな事はあり得ない。彼女らの食事はまだまだ始まったばかりなのだ。では、どうしてペースが遅くなってしまったのだろうか?
「イータさん、プラチナサーモンの調理が終わるまで、恐らく多少の時間はかかります。その事をお忘れなく……!」
「ああ、我々が本気で食べてしまうと、一瞬でこの山がなくなってしまうからな。次の燻製もあの機材に入れたばかり、ここは堪えどころだぞ……!」
そう、二人が欲望に従って自由に食べてしまうと、山盛りの燻製が一瞬でなくなってしまう為、ペースを落としていたのだ。調理が終わるまで繋ぎが持たない、それはつまり、ジッと我慢しながら調理風景を見守る事に繋がる。空腹状態の彼女らにとって、それはある種の拷問に近かった。なので、美味達はペース配分を考えながら、今ある燻製品を細々と(それでも一般人の倍の速度は出ているのだが)食べて行く事を選択したのだ。
「さて、美味ねえ達が食べ尽くしてしまう前に、作ってしまいましょうか。 ……私の分、ちゃんと残しておいてくださいよ? じゃないと、ホイル焼きはあげませんからね?」
「ひゃ、ひゃいっ! わ、私、己の欲望と戦います!」
「りょ、了解した! カンロの分には絶対に手を出さない!」
そこまでやれとは言われていないのに、直立してビシリと敬礼する美味&イータ。やはりこの二人、息が合っている。主に食欲的な意味で。
「まず、アルミホイル代わりのナババの葉を敷きます。焼いている最中に中身が出て来ないように、重ねて重ねて…… 人数が人数なので、これを沢山沢山…… ガーリックオイルを少量垂らして広げていき、それらの上に適度な大きさに切ったプラチナサーモンの切り身を投入」
甘露がプラチナサーモンの前に立ち、取り出した包丁を振るう。プラチナサーモンは次々に切り身にされ、自ら飛び込むようにしてナババの葉へとダイブしていった。プラチナサーモンの輝きも相まって、かなり幻想的な光景に仕上がっている。
「お、おお、あの剣さばき、美味にも劣らないのではないか……!?」
「劣らないどころか、調理に使う包丁さばきで甘露ちゃんの右に出る人はいませんよ~」
「そもそも、剣さばきと包丁さばきは別物ですから…… 野菜やキノコなども入れていきますよ」
「え、キノコ!? それって、この前に私が発見した、虹キノ―――」
「違います」
用意したナババの葉全ての上に切り身をダイブさせた甘露は、次に予め購入しておいた食材も投入していった。ヌメヌメエノキ、極彩玉ねぎ、美医茄子――― どれもこれもが高級品である。
「むう、残念……」
「ミミ、外界に疎い私の見立てですまないのだが…… あれら食材、ひょっとしなくても希少なものばかりではないか?」
「おっと、よく分かりましたね! 調理するものにもよりますが、大体の場合はイータさんの言う通り、お高いものを買ってますよ~。私達、妥協はしませんから! まあ、目利きをして食材を選んでいるのは、全部甘露ちゃんなのですが!」
「やはりか。しかも、あの量を……」
当然のように、それら食材は尋常でない量が用意されていた。店の在庫を全て買い占めたかの如き量である。
「あー、私達って冒険者をやっているんですが、稼いだお金は殆ど食に関わる事にしか使わないので。それであれば、案外何とかなるものですよ! ええ!」
「ほ、ほう、冒険者とは儲かるのだな? ふーん……」
もちろん、それは美味達がA級冒険者だから成り立つ訳で、普通の冒険者が同じ事をしようとすれば、破産待ったなしである。しかし、そんな事情を知らないイータは、外界の冒険者業に夢を見てしまった。夢を見るのは自由だし、成り上がれば不可能ではないのだが、かなり冒険者像を勘違いしている節がある。主に口元のよだれがそれを証明していた。
「よし」
そうこうしているうちに、他の食材のカットも終わらせてしまう甘露。流石の早業である。ちなみに例の如く、食材達はカットされるや否や、用意されたナババの葉へと自ら飛び込んで行ったそうな。
「ここで取り出すは闇胡椒」
「こ、これは、ガーリックオイルと闇胡椒の黄金コンビ!? よっ、待ってました! 私達チームが誇るエース~~~!」
「エ、エース? 何だかよく分からないが、凄そうだな! 頑張れ、頑張って美味しくしてくれ、黄金コンビ!」
この二つの調味料の組み合わせは、美味のお気に入りとなっていた。累計何百回目のお気に入り、つまりはエース級なのである。永遠のスターなのである。
騒がしい声援を背に、甘露は闇胡椒をふりかけ、止めに暴れ鬼牛のミルクで
「ぐはあっ! バター、バターまで投入するの!? 甘露ちゃん、それは反則だよ! 乱闘騒ぎだよ!」
「バター、バターか。噂に聞いた事はあるが、チーズと違って口にするのは初めてだな。フフッ、果たしてこの私を満足させる事ができるかな?」
美味が頭を抱え悶え苦しみ、イータが不敵な笑みを浮かべる。バター投入の衝撃が強過ぎて、二人はキャラが壊れ始めて来たようだ。ただ、その間もしっかりと燻製を口に運んでいるのは変わらない。食いしん坊は自由であるようだ。
「ふう、後はしっかりナババの葉で包んで焼くだけですね。数が数だったので、少し手間でした」
「甘露ちゃん、もうひと踏ん張りだよ!」
「そうだ、我々の為にも頑張ってくれ!」
「「―――で、時間的には後どれくらい?」」
「本当に仲が良いですね…… まあ、目安は10分掛かるかどうか、といったところでしょうか。今回のはサイズが大き目なので、もう少し掛かるかもです。燻製でも食べながら、適度に調整していきますよ。気長に待ちましょう。 ……それで、私の分の燻製はちゃんと残していますよね?」
「と、当然だよ! お姉ちゃん、そこまで意地汚くないよ!」
「わ、私だってそうだ。エルフの誇りにかけて、カンロの分まで食べたりなんてしない!」
ホイル焼きを抜きにされる事を恐れた美味は、鋼の精神で燻製を残していた。もちろん、それはイータだってそうだ。甘露を怒らせないようにと、こっそり美味に注意された彼女は、ご飯抜きの恐怖を想像し、心から戦慄した。料理の担い手である甘露の言う事は絶対、これだけは絶対に守ろうと、そう心に決めたのだ。
「んんっ、やはり美味しいですね、このスモークチーズと燻製卵。自画自賛してしまいたいです」
「しちゃいなよ、自画自賛! でもでも、口にする度に回復している感じがホントに堪らないよね~」
「そうだな、心なしか肌ツヤも若返っている気さえするよ」
「あははっ、かもしれませんね~。でもイータさん、元から若いじゃないですか! やだなぁもう!」
「フフッ、それもそうか」
「……ちなみになんですが、イータさんっておいくつなんです? エルフの方はかなり長寿と伺っていますが」
「私か? ええと、確か今は…… 180か190くらいだったかな?」
「「!?」」
余談であるが、エルフを人間の年齢に換算すると、十分の一程度の年齢に当たるらしい。つまるところ、人間の18、19歳に当たる訳だ。エルフが長寿だと知っていても、こうして驚いてしまうのは仕方のない事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます