第17話 迷子なエルフ

「な、何という事だ。道を間違えて進んでいたなんて……!」


 甘露からより詳しい話を聞き、直後にがっくりと項垂れるイータ。先ほどまで見せていた爽快な笑顔は全て消え去り、彼女の周りが憂鬱とした暗い空気に染まってしまっている。どうやら王都に急ぎの用事があったらしい。


(そういえばさっき、大事な使命があると言っていましたね。王都に向かうのは、その使命が関連しているのでしょうか?)


 と、イータの事情を推測する甘露。


「クッ! 私は里を救い出す為の、重要で大切で大事な使命があるのに、まさかこんなミスをしてしまうなんて! このままでは、里が、里がッ……!」

「取り敢えず、落ち着きましょう。イータさん、王都までの地図は持っていなかったんですか?」

「そ、それがだな…… 里を出た時に地図は持っていたんだが、一度目のリラクゼーションの時にずぶ濡れにしてしまって、使えなくなって……」

「え? あ、ああ、例の安眠方法ですか…… では、ここまではどうやって? まさか、勘を頼りに来た訳ではありませんよね?」

「当然だろう。いくら外の世界に疎い私だって、そんな無謀な事はしないさ。そう、私は挫けなかったんだ。地図を失った私は人に道を尋ね、王都を目指す作戦にシフトチェンジした。幸いな事にエルフである私にも、外の住民達は懇切丁寧に道のりを教えてくれた。そして、私は知ったんだ。人の温かみを、種族を超えた思い遣る心を、魅惑のご当地グルメを! ……私は成長した。これらの事は、里を出なければ知る事ができなかった、私の大事な宝物だ」

「最後の方、何か変な言葉が交じってませんでした?」


 良い話で纏まりそうであったが、甘露は細かいところを見逃さなかった。グルメとは何だと、鋭いツッコミを入れる。


「ん? ああ、折角里の外に出たのだから、外の料理も味わってみたいと思ってな。道を尋ねるついでに、そちらの情報も集めていたんだ」

「急いでました? 本当に王都へ急いで行こうとしていました?」

「もちろん、可能な限り急いでいたとも!」


 イータは自信満々にそう言い切った。その澄み切った瞳に、嘘を言っているような気配は微塵もない。


「だが、ここで一つだけ予想もしていなかった出来事が起こったんだ。ひょっとしたら、それが悲劇の始まりだったのかもしれない……」

「ハァ、予想もしていなかった、ですか…… それは一体何です?」


 甘露、既に何が起こったのか予想できた模様。最早表情と心がクールと化している。


「その、教えてもらったグルメ情報も役立てねばと、寄り道をしつつ王都への最短ルートを辿るつもりだったのだが…… 気が付けば、ここに辿り着いていたのだ。おかしいんだ、私はパゲティ村の名物料理を諦めていた筈なのに、この身は無意識のうちにパゲティ村を目指していた。何と摩訶不思議な事だろうか……!」

「………」


 甘露は再度思う。このエルフは本当に大事な使命を果たそうとしているのだろうか? 果たそうとしていたとしても、自らのリラクゼーションや食欲に負ける程度の、些細なものなのではないだろうか? ……と。


 ドジというか天然というか欲望に素直というか、イータの行動っぷりは斜め上を行っていた。ちなみに今、甘露は凄く冷めた表情をしている。クール&クールである。


(まあ食欲に忠実なのは、私達も否定する事ができないのですが……)


 ただ、極一部の部分については共感する甘露であった。


「……イータさん、ひとつ提案です」

「む?」

「今日はここで一泊しますが、私達もその後に王都へと向かう予定だったんです。よろしければ、王都には一緒に向かいませんか? これでも私達は結構なグルメですから、道中の食事の美味しさも保証しますよ。王都に行けて、美味しいものも食べられる。正に一石二鳥です」


 そう甘露が言った次の瞬間、イータはガシリと彼女の手を掴んでいた。


「是非、是非ともお願いしたい! 王都に到着した暁には、私にできる事は何だってしよう!」

「え? あ、はい……」


 勢いが凄かった。これでいてキラキラとした澄んだ瞳をしているのだから、大したものである。


「わぁー! 甘露ちゃん甘露ちゃん! たいへーん!」


 テントの外から唐突に美味の叫び声が聞こえて来た。何やら大変大変と連呼している。


「むっ、何かあったのだろうか!? カンロ、ミミの下へ急ごう!」

「あ、はい。まあ、大丈夫だと思いますけど」


 急いでテントを飛び出し、釣りをしていたであろう美味の下へと向かうイータ。そんな彼女の後を追い、マイペースな小走りで向かう甘露。二人が河原に辿り着くと、そこには何かを掲げた美味の姿があった。その光景はどこかのエルフを救助した際と、なぜか似たシーンとなっているような…… いや、恐らくは気のせいだろう。


「見て見て、すっごいの釣っちゃった! この魚、白金色に輝いてる!」


 美味が叫んでいる通り、その手に掴まれた魚は太陽光を浴びて眩く輝いているようだった。直視すると少し眩しいくらいである。しかも、美味が腕を掲げた高さから、尾が地面に届きそうなほどに大きい。この川のどこにこんな大物が潜んでいたのか、不思議になるほどのサイズ感であった。


「な、何という輝きに大きさだ……! この川で、あのような魚が釣れたのか!?」

「なるほど、プラチナサーモンですか。普通はこの辺で釣れる筈がない種類の魚ですね」


 鑑定眼(食)を発動させた甘露が、食材の情報を読み取っていく。


「えへへ~、漸く釣れたよ~」

「美味ねえ、釣りに関してはてんで素人で、私のスーパールアーを使ってもなかなかヒットしませんもんね」

「素人? むう、こんなにも見事な魚が、素人に釣れるものなのか?」

「そこはまあ、美味ねえの特殊性と言いますか、釣れる機会が少ない分、釣り上げた魚はなぜか珍しい場合が多いんですよ。多分、美味ねえはそういう星の下に生まれているんです」

「そ、それは羨ましいな…… ああ、それでさっきは私が釣られたのか。魚ではないが、確かにエルフは珍しいからな。納得納得」


 そういう事ではないのだが、甘露はそれ以上口を挟まないでおいた。活きの良い食材を、こうして目の前にしているのだ。今の彼女の最優先事項は、如何にしてこの魚を美味しく調理するか、それを決める事となっている。


「……チーズや卵とは違って、魚を今から燻製させるには、下処理に時間がかかってしまいますね。この前のナババの葉がまだ残っていますし、ここはホイル焼きで調理してみましょうか」

「わーい、プラチナサーモンのホイル焼き―――」

「―――な、何だ、そのホイル焼きとは!? 聞いた事のない言葉だが、聞いただけで美味しいと分かってしまうぞ!? 教えてくれ、その詳細をッ!」


 歓喜する美味の大声が、イータによる更なる怒涛の叫びで上書きされる。これには流石の美味もポカンな様子である。


「あ、し、失礼した。つい、思った事が口に出てしまった……」

「フフッ! いえいえ、何も失礼な事なんてないですよ! 美味しそうなものがそこにあれば、誰だって興味を持つのが普通ですもん! ねっ、甘露ちゃん!」

「まあ、そうですね。極自然な事です。イータさん、エルフは食べられない食材が多いと聞いていますが、何か好き嫌いはあるでしょうか? 一応、可能な限り対応したいと思うのですが」

「いや、嫌いなものは特にないぞ。むしろ、何だって好きだな。肉だって大好物だ!」


 既にヨダレが止まらない謎エルフ。このエルフは本当にエルフなんだろうか? と、訝しむ甘露。流石に肉が好物のエルフは初耳であったのだ。


「そ、そうですか…… さて、ならば善は急げ、早速調理に入りましょう。美味ねえ、プラチナサーモンの解体をお願いします。三枚におろしてくれれば、後は私がやりますので」

「了解だよ! とうっ!」


 その場で魔剣イワカムを抜いた美味は、一太刀でプラチナサーモンの巨体を三枚におろしてしまう。どうやって斬ったのか、ヒレや鱗、内臓までもが綺麗に分けられ、タイミングよく甘露が取り出した大皿の上に乗っかっていった。プラチナサーモンは中身までもが輝いているのか、解体後も輝きは失わないようだ。


「戦闘力はないようなものでしたが、この食材は元々十分に美味しいものですね。調理のし甲斐がありそうです」

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