第16話 釣られるエルフ
水浸しで気絶した状態ではあるが、そんな有様でも、エルフが大変に美しい容姿をしている事は直ぐに分かった。美味と甘露も道行く人が振り返るほどに整った容姿をしているが、それはどちらかと言えば可愛い分類に寄っている。対してこちらのエルフは、綺麗を極めたお姉さんといった印象なのだ。同じお姉さんとして、美味にライバル出現の予感である。まあ尤も、本人は欠片も気にしていないのだが。
話を戻そう。気絶した彼女は長い銀髪をポニーテールにまとめ、エルフの民族衣装なのか、全体的に服装が軽装かつヒラヒラしていた。スカートなのに、大胆なスリットまで入っている。森に住まう者として、この服装は如何なものなのか。それに、エルフのイメージからしてもちょっと違うようなと、甘露の頭の中は疑問で一杯だ。だがしかし、その前に言っておかねばならない事がある。
「美味ねえ、黒鵜の五戒をお忘れですか? いくら釣れたからと言って、エルフは食べられませんよ? 食べてはいけませんよ?」
「えっ? あっ、いやいや、違うから! 獲物として捕まえたんじゃなくて、怪我人を救助しただけだから!
「クッ、ふふふっ……!」
二人は何かを耐えるかのように、顔を背けながらプルプルと震え始めた。そんな謎の間が数秒ほど挟まった後、若干涙目になっている甘露が何とか立て直し(?)を図る。
「そ、そんな面白い冗談を言っても駄目ですよ。それに美味ねえ、その持ち方は明らかに獲物が捕まった、やったー! って時の持ち方です。思いっ切り首根っこを掴まえているじゃないですか。もっと怪我人を労わってください」
「あっ、いつもの癖で!」
「まったくもう…… ところでその方、ちゃんと生きてます?」
「息はしてるみたい。川から流れて来たのに、水も全然飲んでないかな」
「それは興味深いですね。何か魔法を施していたのでしょうか?」
エルフの怪我の具合を確認する為に、取り敢えずテントの中に彼女を運ぶ事に。寝袋の上にエルフを寝かせ、美味が濡れた彼女の体を拭き、甘露が外傷を確認する。
「わあ、エルフの人って体も綺麗だね~。擦り傷が多いけど、肌自体は陶器みたいに白くてすべすべ! スタイルも良いし!」
「エルフは美男美女ばかりの種族ですからね。歳を重ねる事での老化現象が容姿に表れず、それ故に肉体も衰える事がないと聞きます」
「へえ、女の子として羨ましいね~」
「ですがその一方で食が細く、口にする食料もかなり偏食的であるらしいですよ。特に肉類はまず食べないとか」
「私、私で良かった! ビバ、沢山食べられる私! 好き嫌いのない私!」
その場で立ち上がり、クルクルとご機嫌に回り始める美味。テンションの高さから察するに、結構お腹が減って来た様子である。
「美味ねえ、怪我人の近くなんですから、できるだけ静かにしてください。 ……それにしても、本当に思ったよりも軽傷ですね。擦り傷くらいしか外傷らしい外傷が見当たりませんし、まるで眠っているかのように呼吸も安定していて―――」
「―――すや、すやぁ……」
「………」
その瞬間、もしやこのエルフ、気絶ではなく単に眠っているのでは? という考えに至る甘露。いや、まさか、などと首を振って否定しようとするが、やはりエルフの口から聞こえて来るのは、安らかな寝息でしかなかった。
「そうだね、怪我人病人の傍では静かにしないと! ところでお姉ちゃん、そろそろ空腹な時間帯だよ、甘露ちゃん!」
「む、むにゃ……? にゃんだ、やけに騒がしいな……?」
空気を一切読まない美味の大声に反応したのか、気絶(?)していたエルフが目を擦りながらゆっくりと身を起こした。まだ脳が覚醒していないのか、むにゃむにゃと言葉にならない声を発している。
「「「………」」」
間近で重なり合う視線、無言のまま進む時間。あまりに奇妙な空気感であった為なのか、時の流れが長く感じられる。ただまあ、それでも時はいつか動き出す訳で。
「……ハッ! こ、ここはどこだ? お前達は一体? 私は水の中でリラクゼーションしていた筈では……!?」
先に口を開いたのは、謎のエルフの方だった。どうやら川で溺れていたのではなく、ただ単にリラクゼーションをしていたようだ。道理ですやすやと眠っていた訳である。
「なーんだ、エルフさんは水中でリラックスしていただけなんですね! 私、勘違いしてしまいました! 反省!」
「美味ねえ、そんな陽気に流さないでくださいよ。ええと、何と言いますか……」
「むっ、自己紹介が遅れたな、人の子よ。私の名はイータ、ここより少し離れた地より参った。この身は見ての通り、エルフ族である」
まだ聞いてもいないのに、自ら自己紹介をする謎のエルフ、イータ。噂と違い、エルフにしては妙に友好的な様子だ。その点が気になったが、仕方がないので甘露と美味も続けて自己紹介をする事に。
「―――なるほど、カンロにミミか。風変わりだが、良き名だな。両親に感謝すると良い」
「ハ、ハァ、ありがとうございます……?」
「わーい、名前を褒めてもらっちゃった!」
グッと両手の親指を立て、ナイスだと表現するイータ。こっちの世界もジェスチャーは共通なのかと考えながら、動き回る美味を抑える甘露。
「それで、イータさんは
「ん? ああ、溺れてはいないな。知っていると思うが、我々エルフは大自然の中で暮らして来た種族だ。だからと言うべきか、自然を感じられる場所にいると心から落ち着く。そういう種族としての特性があるんだ」
「「ふんふん」」
激しく頷く美味。軽く頷く甘露。
「少し話が逸れるが、私はとある大事な使命を担っていてな。里を出発して、ここまで長い旅をして来た。しかし、旅を続ければ疲労も溜まるのが自然の摂理。少しだけ休憩しようと、仮眠をとる事にしたんだ。それで、どうせ眠るなら良い環境でと思い、川に飛び込んだ」
「ふんふん」
「ふ…… ん、んん?」
激しく頷く美味。頷きを止める甘露。
「木々に寄り添い、土の匂いを感じながら眠るのも悪くはない。しかし、それは安眠するには半端と言わざるを得ないんだ。真の安眠を得る為には、水のせせらぎを直に耳にする事ができ、全身で自然を味わう事ができる水中で眠るのが一番! だからこそ、私は飛び込んだ。そして、すやすやと癒しを得る事に成功したんだ。現にここへ運び込まれるまで、私は熟睡していただろう?」
「な、なるほど、納得です! 熟睡していたが故の無抵抗! その結果川に流され、体中が生傷だらけに! そして、私の釣り竿に引っ掛かった訳ですね! 謎が解けてスッキリしました!」
「いやいやいや……」
納得する美味。待ったをかける甘露。
「カンロ、安心してくれ。私は青魔法の心得があってね。ちゃんと水中でも呼吸ができるようには、前以ってしていたのさ。まあ、こんなにも流されてしまったのは予想外だったがな! ハッハッハ!」
「ですよねー、あははー!」
「は、ははっ……」
青魔法、水と氷系統の魔法が使えるようになる、魔法スキルの一種である。確かに青魔法の中には、水中での呼吸を可能とするものもあるだろう。しかし、しかしだ。だからと言って川の中で眠ろうとするのは、果たしてどうなのだろうか? 大自然で生きるエルフの中でも、流石にイータは変わり者に分類されるのでは? と、甘露は疑問に思う。
「あの、まさかとは思いますが、エルフ全体がそんな感じの種族ではないですよね……?」
「む? カンロ、何か言ったか?」
「い、いえ、こちらの話です。お気になさらず。ですが、大事ないようで安心しました。リラクゼーション中にお騒がせして、申し訳ありません」
「あっ、私も! ありませんでした!」
甘露と美味が頭を下げる。
「いや、二人が頭を下げるような事ではないさ。と言うよりも、私こそ紛らわしい行為をしてすまなかった。まさか魚のように私が釣られる事になるとは、夢にも思っていなくてね」
「ハハハ、それはそうでしょうね……」
「ところで、ここはどこに位置する場所だろうか? 実は私、王都を目指していてね。そろそろ到着する頃だと思っていたんだが…… 城下町はここから見えそうか?」
「王都、ですか? ここはパゲティ村の近くですが…… 王都とは全然違う場所ですよ?」
「なるほど、そうかそうか、パゲティ村か。王都とは全然――― えっ?」
「えっ?」
「「えっ?」」
「じゃ、私そろそろ釣りに戻るねー」
イータと甘露は「えっ?」と何度か聞き返し、美味は空気を読まずに釣りに戻って行った。
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