第14話 食は全てを解決する
「……ハッ!」
朝、美味はしゅばりとベッドから起き上がり、忙しない様子で辺りを見回していた。
「ふぁ~…… 美味ねえ、朝っぱらから元気ですね。どうしたんです? お腹でも減りましたか?」
その起き上がりようが少しうるさかったのか、ナイトキャップを被った甘露も目を覚ましたようだ。可愛らしい欠伸をしながら、軽く目をこすっている。
「……なるほど、夢だ今の!」
「夢?」
「うん、とっても懐かしい夢を見た気がしたの! ええと、確か…… 私達がこの世界に来たばかりの頃の、うん、その辺の夢!」
「ざっくりしてますね。まあ、夢とはそういうものですが」
「とうっ!」
美味が唐突にベッドから飛び上がり、隣り合っていた甘露のベッドへと着地。そして甘露の真横に腰を下ろして、素敵なニコニコ顔を向けて来る。ニッコニコ、ニッコニコである。ああ、これは夢の内容をもっと突っ込んで聞いてほしいんだなと、聡明な甘露は直ぐに理解した。そして抵抗を諦める。こんな時の美味は諦めが悪いのだ。
「……それで、夢の中ではどんな事が起きたんです? 実際に起きた事が、そのままな感じでしたか?」
「うん、多分そんな感じ! 甘露ちゃんと二人で目を覚まして~、辺りを探索してたらおっきな街とお城を見つけて~、ギルドに加入して~」
「ああ、本当にそこからですか。懐かしいですね。王都に初めて足を踏み入れた時は、歴史的な建造物の多さに感動したものです。ギルドに入った時なんか、今日みたいに酒場の冒険者の方々を怖がらせていましたっけ」
「え? 甘露ちゃんが?」
「美味ねえが、ですよ……!」
甘露は思い出す。王都のギルドに入るや否や、併設された酒場にあった見た事もない料理に魅入られ、暴走状態となった腹ペコ美味の恐ろしき姿を。歴戦の冒険者達が、凄い勢いでドン引きしていく異様な光景を。あれは本当に酷いものだったと、何度も頷いた。
「まあ、あんな騒動を起こしたからこそ、ブルジョンさんの目に留まったとも言えますけどね」
「えへん!」
「そこ、威張らない。別に褒めている訳ではないです。むしろ叱ってます」
「えー」
暴走状態の美味はその後、酒場での騒動を聞きつけやって来た、ギルド長のブルジョンに制圧された。ある意味で劇的な出会いだったし、印象にも強く残っただろうが、一般的には最悪な第一印象だったに違いない。下手をすれば、以降は冒険者ギルドに立ち入る事ができなくなっていただろう。最悪、お縄になっていた可能性もある。しかし、そんな状況でもブルジョンは美味と甘露の才覚を見抜き、ギルドへの加入を認めてくれた。
『あらやだん。こんなにも刺激的な邂逅、今時珍しいどころの騒ぎじゃないわん。私の好奇心センサーがビンビンに反応しちゃってるん! 貴女達、冒険者に興味はないかしらぁ?』
いや、むしろ率先してスカウトしてくれたと、そう言っても良いかもしれない。ブルジョンの言動に色々な意味で危ない雰囲気が感じられたが、それでも甘露はブルジョンが信頼の置ける人物だと判断した。この人は強い、その上でしっかりとした芯があると、そう判断したのだ。 ……あと、料理も絶対に上手くて美味いとも判断した。
「お姉ちゃんの功績も、少しは認めてくれても良いと思うのに~」
「認めるところは認めていますよ。F級から始まり、数日後にはE級へ、トントン拍子でD級、C級と順調にランクアップを重ねていけたのは、美味ねえの戦闘力があってこそです」
「えへん!」
「いえ、褒めてないです」
「ええっ、今のは褒めてたじゃん!?」
ぶーぶーと口を尖らす美味。爽やかな起床ができなかったお返しなのか、今日の甘露はよく美味を振り回している。
「それよりも、私達にかけられた呪いがどうにかなって良かったなと、今更ながらに安堵しています」
「あ~、確かに確かに~。美味しいものを食べてレベルアップするだなんて、本当に驚きだよね! まさかまさかだよ~」
「正確には自分達で狩猟、採取した食材を、ですけどね」
そう、解呪こそできていないが、当初最大の不安&神様への愚痴要素であった『世界の呪い』を、二人は既に半分ほど克服していた。美味の『剣士(食)』、そして甘露の『錬金術師(食)』は、食事行為でも成長をする事ができる職業であったのだ。新たにスキルを覚える事はまだできないが、それでもレベルアップが可能となったのは、大きな前進である。
「一度食べて経験値を得た食材は無効だし、美味しく料理した方が経験値量も多いんだっけ?」
「ですね。ですから初めて口にするものは、可能な限り美味しく調理する必要があるのです。美味ねえの魔剣がある今、その最大効率を叩き出す為には、自らで狩りや採取をするのが一番! ……という結論に行き着きました。もちろん、狙い目は強力でレアな獲物です」
「相手が強ければ強いほど、倒した時にイワカムが美味しくしてくれるもんね~。どんなに高価で珍しくても、美味しくなければ意味がないのだ~」
「ですです。この冒険者稼業は私達にとって、正に理想の仕事であると言えるでしょう。美味しく食べればレベルが上がり、更には依頼達成の報酬金が貰えます。ギルドが次々と食材情報を提供してくれますし、ランクアップしていけば、更に活動範囲を広げる事も可能と来たものです」
「前の世界と違ってお肉を狩っても怒られない、むしろ感謝される! 本当に良い事尽くしだよ~。ハッ、この世界はやはり天国だった!?」
「まだ言っているんですか、美味ねえ。ここは天国ではなく異世界ですよ? ええ、お腹一杯に食べても何の問題もない、飢えに苦しむ事もない、素敵で素晴らしき異世界なので―――」
―――ぐぅ。
「………」
意味深な台詞を話していた甘露であったが、不意に二人のお腹から、食事の催促をする音が鳴り出した。それが微妙なタイミングであった為なのか、それとも美味と仲良く鳴らしてしまった気恥ずかしさからなのか、甘露の頬が少し赤くなる。
「コホン! そう、私達はもう我慢をする必要がないのです。という訳で、朝食へ向かいましょう。昨日の夕食の出来からして、朝食も期待できると推測します」
「甘露ちゃん甘露ちゃん、我慢する必要はないけど、ネグリジェのまま食堂に行くのはどうかなって。お着替えを忘れちゃ駄目だぞ?」
「……ッ!?」
現在ナイトキャップ&ネグリジェを装備していた甘露は、さっき以上に顔を赤く染めていた。どうやら彼女は朝に弱いらしい。
「いやはや、この時間帯はお姉ちゃんがお姉ちゃんできる、貴重なゴールデンタイムだよ~。可愛い甘露ちゃんの姿も見れて、お姉ちゃん幸せ~」
「み、美味ねえ、早く着替えてください! 今日はハイキングに行く予定があるんですよ! 私は仕込みで忙しいんです! あー、忙しい忙しい!」
「はいは~い、着替えま~す」
ドタドタと準備をする甘露に、妹を眺めながらマイペースに着替る美味。黒鵜姉妹の朝は、大体がこうして始まるのであった。
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