第13話 食欲=パワー

 手鏡で自らの姿を目にした甘露は、髪が金色に、肌は白く、更には瞳が赤く染まっている事に気付いた。明らかに人種が変化している。幼いながらも聡明な甘露は、直ぐにその事実へと辿り着いた。


「なるほど、これはお洒落ですね。フフッ」

「わあ、良いなぁ。お人形さんみたい!」


 が、ショックを受けている様子は微塵もなく、むしろ喜んでいるようだった。興が乗ったのか、その場でクルリと回って見せ、改めて新たな姿を披露する甘露。死んだ事に比べれば、彼女的にこの程度は些細なものに分類されるらしい。


「そういえば美味ねえも、背中に何か背負っていませんか?」

「え? あっ、本当だ! 何か気持~ち体が重いかなぁ? なんて思っていたの、気のせいじゃなかったんだ!」


 甘露に背の荷物を指摘され、美味が急いでそれを降ろし出す。


「でっかい!」

「でかいですね」


 荷物を確認すると、それが大変に大きな包丁である事が判明。鞘に謎のステッカーが大量に貼られている事に驚き、こんなサイズの調理器具が世の中には存在するのかと、二度驚かされる。


「私、何でこんなものを背負っていたんだろ? 誰かからのプレゼント? お姉ちゃん、モテ期到来!?」

「どこの世界にこんなものをプレゼントする輩がいるんですか…… あれ? でも、ううん……?」


 目を細め、デカ包丁をジッと見詰める甘露。隣で美味が「欲しいの? もしかして欲しいの?」と、連呼して来るが、今は無視する。なぜならば今彼女の視界には、とある情報が流れ込んでいたのだ。それは正に、これまでに感じた事のない未知の感覚だ。甘露にとって今先決すべきは、その解読だった。


「魔剣、イワカム……? 食材を傷付ける事なく仕留められ、食材としてのランクを向上させる……?」

「か、甘露ちゃん!? ど、どうしよう、甘露ちゃんが意味深な言葉を使い始めちゃった……! でもでも、そういうお年頃だから仕方がないのかな? そうだよね、生きていたらもう直ぐ中学生だったんだし、ある意味ジャストな時期だよね…… 分かったよ、甘露ちゃん。お姉ちゃん、ニュー甘露ちゃんを受け入れる!」

「美味ねえ、少し黙ってください」

「あ、はい」


 これはマジな時の声色だと、瞬間的にそう判断した美味。これ以上は不味いなと、以降は大人しくする事にしたようだ。下手をすれば、罰として一食抜かれる。それは美味が最も恐れる事態であり、耐え難い苦痛であったのだ。


「……なるほど。原理は分かりませんが、メソッドは理解しました。美味ねえ、どうやらこの世界、私達の常識が通用しないみたいです」

「はえ?」


 それから甘露は、今しがた使用した『鑑定眼(食)』の能力スキルについての説明を始めた。この力は目にした生物・物体の食に関わる事柄を読み解く力があるのだという。例えば動物を目にすれば、どの部位が食べる事ができるのか、またどういった調理法が適しているのか等々を、事細かく情報として知る事ができるのである。これは木々や花、野菜といった植物にも対応可能で、更に物体に対しては、それらが料理に活用できるかどうか、自然と分かるようになるらしい。


「はえー…… ほえー……」

「美味ねえ、ちゃんと私の話、聞いてます?」

「き、聞いてる、聞いてるよ! でも、どうして唐突にそんな事が分かったの?」

「美味ねえのデカ包丁を見て、ピンと閃きを得たんですよ。ちなみにさっきのべっこう飴もどき、これは端末の一種ですね。一部破損させてしまいましたが、まあ使えない事もないです」


 そう言って、美味の目の前でメニュー画面を操作し始める甘露。ゲーム知識はないが、そこは流石のデジタル世代。学習能力の高さを活かし、もう使い熟せるようになっている。


「あっ、このべっこう飴、つけたり消したりできる! おもしろみ!」

「私達の意思で表示・非表示が可能、と。何とも非科学的ですが、確かにおもしろみ、です。あ、私、種族が吸血鬼らしいですよ」

「吸血鬼! 道理でかっけー訳だね! ねえねえ、私は私は!?」

「残念、普通の人間です」

「そっかー、人間かー! うん、またよろしく、そのままの私!」


 それから甘露は自身と美味のステータスを表示し、そこに記載されるスキル項目の全てを調べ上げた。その結果、以下の事が判明する。


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美味所有スキル

固有スキル『剣術(食)』

 狩りを行う時など、食を目的とした行動をする際に発動する。食欲の強さに応じてF~S級(場合によってはそれ以上の)相当の『剣術』スキルを得る事ができる。


固有スキル『解体(食)』

 狩った獲物を解体する時など、食を目的とした行動をする際に発動する。食欲の強さに応じてF~S級(場合によってはそれ以上の)相当の『解体』スキルを得る事ができる。


固有スキル『察知(食)』

 食材を探し出す時など、食を目的とした行動をする際に発動する。食欲の強さに応じてF~S級(場合によってはそれ以上の)相当の『気配察知』『危険察知』『魔力察知』『隠蔽察知』スキルを得る事ができる。


甘露所有スキル

固有スキル『錬金術(食)』

 調理器具を作成するなど、食を目的とした行動をする際に発動する。食欲の強さに応じてF~S級(場合によってはそれ以上の)相当の『錬金術』スキルを得る事ができる。


固有スキル『鑑定眼(食)』

 ありとあらゆる食に関わる情報を得る事ができる、特殊な『鑑定眼』。食欲の強さに応じてF~S級(場合によってはそれ以上の)相当の詳細を知る事ができる。


固有スキル『吸血(食)』

 吸血鬼種が習得する事ができる『吸血』の亜種。料理を食べる事で生命力を得る事ができる。食い溜めして他の者に生命力を分け与える、格下の相手を眷属にするなど、用途は通常の『吸血』に準ずる。食欲の強さに応じてF~S級(場合によってはそれ以上の)相当の力を発揮する。

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「―――とまあ、このような力が私と美味ねえに備わっているようです。具体的な発動条件など、更なる詳細を調べる必要がありますね」

「へ~、天国って便利なんだね~。でも、全部が食事に纏わる力ってところが、何だか私達らしいかも! これってさ、この力を使って食を堪能しなさいっていう、神様からのお達しなのかな?」

「いつもながらにポジティブな思考ですね、美味ねえは。ですが、これら能力は良いものですね。特に食欲がそのまま力に変換されるのは、私達にとって大きな強みになりますし」

「うんうん! ……あり?」

「どうしました? 納豆の中に辛子が入っていなかった時のような、そんな顔をして?」

「そんな顔をするのは甘露ちゃんだけだよ~。私、シンプルに食べるもん! って、じゃなくてじゃなくて、この画面の一番下の方にさ、補助効果って項目があるじゃない? そこ、何か不穏な単語がある気がするんだけど……」

「不穏な単語、ですか?」


 美味が指差す、補助効果項目を確認する甘露。するとそこには――― 『世界の呪い』と、そう記されていた。


 知らなかった事とはいえ、美味達はつい先ほど、メニュー画面の一部を食べてしまうという、歴史上初となる暴挙に出てしまった。世界の理を構築するシステムの一部、それを破壊してしまうとはつまり、世界への反乱を意味する。少なくとも世界のシステムは、美味達にハッキングをされた、という認識を持ってしまったのだ。要するにこの呪いは、世界を構成するシステムからの報復なのである。


 この呪いの効力は、戦闘での経験値取得が無効化、スキルポイントを用いてのスキル習得が不可能になるというものだ。端的に言ってしまえば、永遠にレベル1の状態で、新たな能力も得る事ができない。世界の呪いという大それた名前なだけあって、この世界で生きていく上で致命的な呪いであった。


「天国なのに呪いってどうなのかな? 神様なりのジョークのつもりとか?」

「はぁー、神様も案外ケチですね。これで納豆がなかったら、本気で怒ってるところですよ」


 もちろん、美味達はそんな事を知る筈もなく、腹いせにメニュー画面の欠片をボリボリと食べながら、それはもうボロクソに神を貶していた。

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