第12話 転生者は食いしん坊

 グラノラ王国、大陸の大部分を支配するこの大国は、多くの種族、あらゆる気候が入り混じった大地の上に成り立っていた。かつて大陸中で巻き起こった戦争、その勝者としての座を初代国王が勝ち取って以来、長年この大地を団結して護り続けて来た事から、国内部での種族間の争いは少なく、また国外から争いを仕掛けられる事も殆どなくなっていた。危険なモンスターが人里に出れば、国の軍や冒険者ギルドが情報を共有しながら討伐へと出発する為、大きな問題へ発展する前に解決へと導かれる。モンスターを統括し、世界に悪影響を及ぼす魔王のような存在も、この時代には存在しない。要するに、この国は大変に安定した状態にあり、平和であったのだ。中にはエルフなどといった他種族と好んで交流をしようとしない者達もいたが、それでも差別的に扱われる事はないに等しい。大国に有りがちな奴隷制は大昔に撤廃され、広大な大地を有する事から資源が豊富、飢餓に陥る事もなく、政治に不随する汚職も皆無…… かどうかは不明であるが、少なくとも国民が生活に不自由する事はなかった。他種族で構成される大国でありながら、今のような体制を維持し続けているグラノラ王国は、ある種の理想郷と呼べるのかもしれない。


「……あり? ここは?」


 三ヶ月ほど前、そんなグラノラ王国のとある平原にて、黒鵜美味は目を覚ました。辺りは見覚えのない風景が広がっており、どうして自分がこんなところに寝転がっているのか、そこに至るまでの記憶も曖昧な状態だ。ただ、彼女の真横にはスヤスヤと眠る妹の甘露の姿もあったので、取り敢えず美味は甘露を叩き起こす事を選択する。


「甘露ちゃん、大変だよ! 私達、迷子になっちゃった!」

「……? ちょ、美味ねえ、そんなに頬をパシパシ叩かないで、痛いですって……!」


 頬を叩かれた甘露が若干キレながら起床する。そして美味と同様、周囲をぐるりと見回し、観察。渋い顔をしながら「は?」と機嫌の悪そうな声を出し、何度か目を擦るのであった。


「どうしよう? 知らない鳥とか飛んでるし、この花とかも見た事ないよ! 蜜とか吸ってみても良いかな? チューチュー吸っても良いかな?」

「待って、待ってください、美味ねえ。今、状況を整理しますから。 ……ああ、思い出しました。私達、多分山の中で死んだんですよ」

「あはは。サラッと怖い事を言うね、甘露ちゃん!」

「いやいや、笑い事じゃないですって。それに、怖いのは美味ねえの方ですからね? キノコ狩りをするぞって私を連れ出して、今みたいな軽いノリで、よく分からないキノコを食べたんですから。きっと猛毒ですよ、あのブチ模様キノコ」

「ええっ、そうかな~? とっても派手で、私を食べて? って、私にそう語り掛けて来たんだよ?」

「何なんですか、その不思議系なノリは? 素直に空腹に負けたと、そう反省してください」

「はい、私は空腹に負けました…… ついでに甘露ちゃんも負けてました……」

「……ッ!?」


 そういえば、自分も空腹でキノコを口にしたんだった。と、今になって思い出し、赤面してしまう甘露。どうやら美味に負けず劣らず、甘露も食いしん坊であったようだ。


「何たる不覚、反省しなくては…… と、兎に角です。山中からこんな場所にまで、無意識のままで移動するのは現実的ではありません。山には周りに誰もいなかった筈ですし、運ばれたとも考え辛いです」

「じゃあ、私達はあの時にやっぱり死んじゃって、ここは天国って事なのかな? 天国なら、ご馳走が食べ放題? おかわり自由? どれだけ食べても怒られない?」

「それは分かりませんが…… 少なくとも、地獄だとは思えませんね」

「わーい、良かった良かった!」

「良・く・な・い、ですよ! どっちにしろ死んでるんですから! 嫌ですよ、もう一月に一回の贅沢品、納豆が食べられないなんて!」


 自身の死亡説が濃厚となり、流石の甘露もいつもの冷静さを保つ事ができない様子だ。というよりも、それほどまでに納豆に対する愛が強いらしい。


「まあまあ、そんなにプンスカしたら駄目だよ、甘露ちゃん。天国に納豆がないって、そう決まった訳でもないんだし~。あっ、ほら、このべっこう飴でも食べて、心を落ち着かせよう?」

「誰のせいで怒っていると――― まあ、過ぎた事は仕方ないですね。早速頂きましょう」


 が、飴一つで正気を取り戻す。甘露は納豆が好きだが、甘味もまた好きであるようだ。


「大きいから、一口サイズに割ってあげるね~」

「ありがとうございます。べっこう飴はコスパが良いですからね。安くて甘い事は良い事です」


 ―――パキッ、もぐもぐ。


 割った飴を早速頬張る二人。


「それにしても美味ねえ、飴なんてよく持っていましたね。毒キノコを口にするくらい追い詰められていたのに、食べるのをずっと我慢していたんですか?」

「うーん? ううん、そんな事はなきにしもあらず~」

「……? と言いますか、これって本当にべっこう飴ですか? 甘くないですし、パチパチと弾けて不思議な味がしますよ?」

「知らないの、甘露ちゃん? 最近の飴って炭酸みたいに口の中で弾ける飴もあるんだよ~」

「いや、そういった飴もあるでしょうが、べっこう飴は砂糖と水で作るものだから、パチパチはしない――― 待ってください、美味ねえ。これ、一体どこから取り出しました?」


 何かを察した甘露が、疑いの眼差しを美味に向ける。


「どこと言われても…… 宙に浮いてた?」

「はい? 美味ねえ、もしや遂に頭が……」

「違うよ! お姉ちゃんはしっかりものだよ! だって、ほら!」


 失礼なと鼻息を荒くしながら、美味がとある方向を指差す。その先にあったものは―――


『異世界へようこ{


 ―――宙に浮かんだ半透明な版であった。ゲームで言うところのメニュー画面らしきもの、であるのだが、右側が割れてしまっていて、文章もそこで途切れてしまっている。しかし、ゲームの類に殆ど縁のなかった美味は、これがメニュー画面だとは思い至らなかったようだ。そもそも、そのような概念を知らないのだから、ある種仕方がないとも言える。


「ほ、本当にべっこう飴が浮いてる……! どんなマジックですか、これ……!?」

「きっと天国のべっこう飴なんだよ! だから味も不思議なんだよ!」


 但し、半透明だからといってべっこう飴と勘違いするのは、独自の感性が過ぎると言わざるを得なかった。


「ん? この飴、何か文字が記されていませんか?」

「あ、本当だ~。ええっと、異世界へようこ…… ようこ、洋子……? 新手のラノベタイトルかな? 洋子ちゃんが異世界へ行く! みたいな」

「誰ですか、その洋子ちゃんって…… まあ、私もそういったものには疎いんですよね。贅沢できるお金があったら、1パックでも多く納豆を買いますし。アレは良いものです。じゅるり」

「私はお肉が良いな~。一度で良いから、お腹一杯のお肉を食べてみたい…… じゅるり!」

「美味ねえ、またそんな夢物語を。少しは現実に目を向けま――― ああ、そういえば死んでしまったんでしたね。ック、現実も何もあったもんじゃないです! ……でも、この異世界という単語はヒントになるかもしれませんね」

「異世界? 天国だから異世界なのは当然だよね?」

「んー……」


 状況は相変わらず掴めないが、取り敢えずこれは飴ではないようだと、意見を一致させる二人。が、もしもの時の非常食として、この半透明版を持って行くべきかどうか、そんな話をし始める。


「あ、ところで甘露ちゃん、髪の毛染めた? 金色でお洒落~」

「えっ?」


 話の最中にぶっこまれる、美味の今更発言。この時にして漸く甘露は、自身の容姿の変化に気付くのであった。

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