第10話 奇遇

「あらーん?」


 ミミ達の話し声が聞こえたのか、筋肉質な謎の大男が振り返る。服装は上半身がほぼ裸と変態チックだが、リーゼント+長髪という特徴的な髪形が、なぜか伊達男を思わせる。が、やはり何よりも纏っている筋肉が凄まじい。冒険者としてD級まで成り上がって来たエッジらも、これほどまでに鍛え込んだ肉体を目にしたのは初めてだった。


「あらららん? まあまあ、ミミちゃんにカンロちゃんじゃないのぉ。奇遇ねん!」

「わあ、やっぱりブルジョンさんじゃないですか! 奇遇ですね!」

「こんにちは。しかし奇遇は奇遇ですが、何でこんなところに?」


 謎の大男とミミ達は、知り合いだったのか気さくな挨拶をし始めた。三人はその事に驚きつつも、それ以上に大男の風変わりな口調が気になってしまった。また、ミミ達が口にしている大男の名前も気に掛かった。


「ブルジョン……? ええっと、何だか聞き覚えがあるような……」

「私もそんな気がするんだけど、ええっとー……」

「なるほど。ジャック、セシルさん、うちのギルド長が低姿勢だった理由が分かりましたよ」

「ん? エッジはあの人の事、知ってるの?」

「知ってるも何も…… 王都の冒険者ギルドのトップ、ブルジョン・グロスギルド長ですよ。言うなれば、グラノラ王国に存在する全ての冒険者ギルド、その頂点に君臨される方です。本部の幹部クラス、とも言えるでしょうか」

「「ええっ、あの人がっ!?」」

「ちなみに冒険者を引退される前は、S級冒険者としても活躍していたそうですよ」

「「ええええっ、S級! マジで!?」」


 目玉が飛び出るまでに目を見開き、顎が外れるほどに口を大きく開けるジャック&セシル。もちろん、その驚きようはブルジョンにも届いていた。


「フフッ、そんなに驚く必要はないわよん。でもぉ、若い子達にキャーキャー騒がれるの…… 嫌いじゃないわん! いえ、むしろ好きんッ!」


 なぜか唐突に筋肉を主張するポーズを取り始めるブルジョンに、三人は一転して恐怖した。そんなブルジョンの背後では、パゲティ支部のギルド長が失礼のないようにと、必死のジェスチャーをエッジ達に送っている。受付こちら側が異様に空いているのは、どうやらパゲティのギルド長が一枚噛んでいるようだ。しかし、ミミとカンロがそんな事を気にする筈もなく、そのまま普通に話を続ける。


「ところでブルジョンさんは、どうしてこの村に? ついこの間まで、王都で忙しそうに仕事をしていましたよね?」

「仕事は忙しかったけどぉ、貴女達が心配だったから、秒で終わらせて様子を見に来たのよん。万が一に討伐を失敗した時に、その対応もしなくちゃだったからねぇ~。まっ、無事にクリアしたみたいだから、要らぬ心配だったみたいだけどっ。うふんっ(はぁと)」

「ああ、なるほど~。お姉ちゃん、納得~」

「それは面倒をお掛けしました。ああ、そうだ。丁度良い機会ですし、今回の依頼に同行した皆さんを紹介しましょう」


 チラリと、カンロがエッジ達に視線を送った。


「えっ、僕達、ですか? いえいえ、僕達は何もしていないですし、逆にご馳走までしてもらって迷惑をかけたと言いますか!」

「「うんうん!」」

「まあまあまあ、今時珍しい控えめな子達ねぇ。私、ますます興味が湧いて来ちゃう! さあ、恥ずかしがらずに自己紹介なさい! 未来を担う冒険者を覚える事も、私達ギルド長の大事な役目なのだからッ!」


 ビシリと、ポージングから華麗な指差しへと姿勢を変化させるブルジョン。流石にこうなってしまっては、断る選択肢はないだろう。エッジらはブルジョンに簡単な自己紹介をするのであった。


「あらん? エッジちゃん達もここ数ヶ月で冒険者になったのねん? 道理で若い訳だわ~ん。うーん、フレッシュ! それに、もう一人前とされるD級にまで辿り着くなんて、将来有望さんねん!」

「あはは、それはどうも…… ん? あの、僕達も、というのは?」

「それはもちろん、ここにいるミミちゃんとカンロちゃんの事よん。この子達も貴方達と同じ時期に冒険者になったのん」

「「「……えっ?」」」

「えへへ、どうやら私達、同期だったみたいですね。親近感が湧いちゃいます!」

「冒険者に同期という概念があるのか、正直微妙なところですけどね。まあ結構な偶然だとは、私も思いますが」

「「「いや、えっ? でも、えええっ!?」」」


 ミミ達が自分達と同時期に冒険者になった事をブルジョンに告げられ、混乱する三人。それもその筈、彼らが冒険者になったのは、ほんの三ヶ月ほど前の事――― この期間にF級からD級になった自分達でさえ、常識的にはかなりハイペースな昇格だった筈なのだ。ブルジョンに言われるまでもなく、ギルドや周囲の冒険者達から、優秀だ、将来有望だと、何度も褒められていた。その期待に応えなければと、相応の努力と実績を積み上げていた筈なのだ。しかし、ミミとカンロはその同じ期間で、三ヶ月でA級にまで昇格していた。それはハイペースどころの話ではなく、最早爆走と称しても過言でないペースだ。


「同じ時期に冒険者になった、ですか…… て、てっきり、ミミさん達は冒険者の先輩かと思っていましたよ……」

「い、いやあ、自分で言うのも何だけど、俺達も結構良いペースで成長してたと思ったんだがなぁ」

「こ、これって今のうちに、握手とかしてもらった方が良い感じなのかな? もしかしなくても、未来のS級冒険者最有力候補だよね、カンロさん達……!」

「うふん、確かに最有力候補かもねぇ。なが~い冒険者ギルドの歴史でも、こんなハイペースで昇格した新人は稀も稀、極稀なのは間違いないものぉ。ちなみにぃ、私が現役だった頃と比べても、ミミちゃんカンロちゃんの方が断然早いわん!」

「元S級のブルジョンギルド長よりも!? すげぇ、マジですげぇよ、ミミさん達!」


 改めて尊敬の眼差しを向け、握手を求め始めるジャックとセシル。


「んー、私達はただ美味しいものを求めて、西へ東へ遠征していただけなんですけどね~」

「その求める速度が尋常じゃないのよぉ。まあ、ミミちゃん達が受ける依頼って、食に関わる事ばかりだったものねぇ。それに冒険者の多くが夢見る、大成しようって欲がまるでないって言うかぁ…… 兎に角、オンリーワンな存在なのよん!」

「そうですか? 自分ではよく分から――― あっ、でも昇格する事で、より美味しい食材と出会えるようになれるのは嬉しいですよね。A級なら、もっと色々な地域に入れるようになりますし!」

「……うん、出世欲よりも食欲、かしらねん」


 腹ペコ状態が継続している為か、ミミの口からは唯一の欲望が垂れ流しになっていた。


「それよりもブルジョンギルド長、折角ですから、ここで依頼の達成確認をしてください。本当なら王都で確認するつもりでしたが、ギルド長がいるのなら話は別です。さあ、鑑定を。さあ、さあ」

「ちょっとちょっと、そう急かさないでよぉ。もう、せっかちさん! 悪いけどぉ、鑑定室を借りても良いかしらん? 結構大物だから、鑑定するにも場所を取ると思うのよぉ」


 そんなブルジョンの問いに、腕で大きく丸を作ってオーケーと物理的に答えるパゲティギルド長。そこもジェスチャーなんだと、密かにツッコミを入れるエッジ達。


「えーっと…… では、僕達は自分の依頼報告を今のうちにしておきますね」

「オーケーです! 後ほど、酒場フロンティアで集合しましょう! ではッ!」


 そんな形でエッジ達と一旦別れ、ミミ達は鑑定室へと赴くのであった。


「ところでブルジョンさん、新たに美味しそうな依頼は出てないんですか? A級の依頼、とっても期待しているんです! じゅるり!」

「あらやだ、やっぱり食欲第一主義者だわ、この子。とは言ってもねぇ、B級やA級の依頼なんて、そうポンポン出て来るもんじゃないのよぉ? 貴女達、ギルドに登録してから立て続けに依頼を受けて、更には超スピードで完遂していたでしょん? お蔭で最近、治安がめっちゃ良いのよぉ。うーん、良いタイミングだしぃ、一日二日くらい休みを取って、どこかでゆっくりして来なさいなぁ」

「……まあ確かに、ここ三ヶ月ほどは休みなく依頼をこなしていましたからね。ブルジョンギルド長の仰る通り、丁度良い機会かもしれません。軽くハイキングでも企画しましょうか」

「わーい! お姉ちゃん、ハイキングも大好き~。拾い食いし放題~」

「乙女として、拾い食いは止めておきなさいなぁ」

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