第9話 依頼を終えて

 夜が明け、木々の間から朝日が顔を出す。昨夜まで頼りない足取りであった三人も、このキャンプですっかりといつもの調子を取り戻すに至ったようで―――


「うおおおおっ!」

「ジャック、朝っぱらからうるさいよ! でも、でも…… 私も物凄く叫びたい! わああああっ!」


 ―――いや、むしろ調子が良過ぎるくらいで、体の底から力が漲っているほどだ。今直ぐにでも駆け出して、この溢れ出るエネルギーを消費してしまいたい。そんな願望が丸分かりであった。


「昨日の料理が効いているみたいですね。アースガーリック、滋養強壮効果が半端ないみたいですし。流石は名産品です」

「そこにドラゴンなお肉、そして甘露ちゃんのひと手間ふた手間が加わって、更に凄い事になっちゃった感じだね~。お姉ちゃん的には、それよりも朝ご飯を食べたいところだけど」

「あの、冷静に解説しているところ悪いのですが、お借りしたテント、少し変じゃありませんでした? 昨夜、誰のものとも分からない、不気味な鳴き声のようなものが聞こえて―――」

「―――ふむ、疲れて幻聴でも聞いてしまったのでは? ええ、きっとそうですよ。ズバリ幻聴です、終わり」

「は、はぁ……」


 反論を許さないとばかりに、幻聴と断言する無表情なカンロ。これはこれ以上聞くべきではないなと、エッジも追及を諦める。


 そんなこんなで朝食を簡単に済まし、テント等々の片付けが完了。尚も元気いっぱいな一同は森を抜け、ガリクの村へと報告に向かうのであった。



    ◇    ◇    ◇    



 巨大ドラゴンが森に入り込んだ影響で、畑を荒らしていたモンスター達は丸ごと森を去り、また、そのドラゴンも無事に討伐したので、村への危険もなくなった。その事をガリク村の人々に報告したミミ達は、大変に歓迎され喜ばれた。森からそれなりに離れたガリクの村からも、森の異変は伝わっていたようなのだ。ミミ達がドラゴンを倒したという大体の時刻から、物騒な鳴き声や地震のような足音がぱったりとなくなった為、これらの報告は疑われる事なく信用されたという訳だ。


 報酬金はギルドで渡される事となっているが、追加報酬として村の名産物、アースガーリックを大量に頂く事に。まさかの一杯のお土産にほくほく顔のミミ、相変わらず無表情のカンロ、特に何も活躍していないけど、これってどういう扱いになるんだろう? という何とも言えない表情のエッジらは、総出の村人達に見送られながら、ガリクの村を去るのであった。


「ここがパゲティ村です」


 次にミミ達がやって来たのはパゲティ村、エッジ達が冒険者活動の拠点を置く場所である。この村はグラノラ王国の辺境に位置し、小規模ながらも冒険者ギルドが置かれている。ミミとカンロは折角だからと、観光気分でこの村にも寄る事にしたようだ。


「ミミさんとカンロさんは王都に拠点を置いているんですよね? 僕達の村、正直見て回れるような所はありませんよ?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。見たところガリク村より賑わっているようですし、珍しい食材なども期待できるのではないでしょうか? ええ、珍しい食材とか! あと、ここでしか味わえない料理とか!」

「や、やっぱり食に関心が向いているんですね……」

「美味ねえ、少しお腹が減って来たみたいですね。テンションが上向きです」

「ハハッ、何だかんだ移動で昼になっちまったからな。村のギルドに酒場が併設されてるけど、依頼の報告をするついでに、そこで飯でも食うかい? 都会と比べちゃ素朴だが、それなりに美味い料理が出るぜ?」

「まあ、カンロさんの料理に比べると、ちょっと期待できないかもだけどねー」

「いえいえ、そんな事はありませんよ! と言いますか、もう他に選択肢はないんです! 早速行きましょう、行動に移しましょう、レッツゴーゴー!」


 天に拳を振り上げ、意気揚々とギルドへ向かい始めるミミ。もう頭の中は食事の事で一杯のようだ。但し向かう方向が逆だったので、即座に方向転換を促される。それからギルドへの道のりをエッジらに案内され、何とかパゲティ村のギルドに到着、村の他の住居よりも一際大きな建造物が、ドンとミミ達の前方に現れるのであった。


「ほほう、ここがパゲティのギルド支部ですか。色々と期待できそうですね、これは!」

「いやいや、だから期待され過ぎるのも困るってば。王都のギルドに比べたら全然――― あ、そういえばさ、ミミさん達が王都で受けた依頼って、村のギルドでも報告できるのかな? それなら、わざわざ王都に戻る必要もないんじゃない?」

「いえ、基本的に依頼は受けた場所で報告するものです。A級冒険者への昇格を懸けた依頼がこれです、素材を精査してください! ……なんて報告されても、ここの職員の方々が困るだけですよ」

「あー、言われてみれば確かに」

「皆さん、細かい事を気にし過ぎですよ! さあ、参りましょう! 私達の新たなフロンティアへと!」


 バン! と、スイングドアを豪快に開けたミミは、率先してギルドの中へと乗り込んでいった。残りの者達も急いで後を追う。


 昼食時だった為か、それとも今日は冒険稼業が休みなのか、ギルドに併設された酒場はそこそこ混み合っていた。そして、ミミが盛大な入場をしたせいで、屈強な冒険者達の鋭い視線が一斉に彼女の方へと集まってしまう。これが成り上がりを目指してギルドの扉を叩いた冒険者希望の新人であったのなら、この時点でビビっていたかもしれない。が、当のミミは全く意に介しておらず、むしろ、酒場のテーブルに置かれている肴の類が気になっているようで、口から少しヨダレを垂らしながら、ジワジワとそちらへ近寄ろうとしていた。


「未開拓地の発見……! 未知を恐れず突き進む、挑戦者魂……! フロンティアスピリッツ……!」

「お、おい、あの嬢ちゃん、何か目が血走ってるぞ……?」

「つか、段々とこっちに近付いてねぇか?」

「しかもブツブツ何か言ってるぞ! 怖っ!?」


 屈強な冒険者達はミミの異様な様子、よく分からないプレッシャーに押され、逆にたじろいでしまう始末だ。


「美味ねえ、冒険者の方々を怖がらせないでください。食欲があるのは理解していますが、少しだけ我慢です、我慢」

「分かってる、分かってるよ、甘露ちゃん。お姉ちゃんは冷静だよ、とっても冷静だよ……!」

「自分で冷静と言ってる時点でアウトですよ。それに、まずはセシルさん達の依頼報告が先、です」

「ああっ、フロンティアが遠のいて行く! 私のフロンティアがー!」


 カンロがミミの首根っこを掴み、ズルズルとギルドの受付の方へ引き摺って行く。脅威(?)が去り、酒場にいた冒険者達は冷や汗をかきながらも安堵するのであった。


 酒場でそんな騒ぎが起こる一方で、ギルドの受付側は男が一人並んでいるだけで、殆ど閑古鳥が鳴いている状態だ。これなら直ぐに依頼達成の報告ができそうである。


「あれ? あの人、ここらでは見かけない人だね? 新人さんかな?」

「いえ、そんな風には見えませんね」

「それによ、受付で対応してるの、うちのギルド長じゃないか?」

「えっ、受付担当のエクレアさんじゃなくて、わざわざギルド長が? 一体何者よ、あの人?」


 受付に並ぶ一人の男は、他とは異なる雰囲気を醸し出していた。平均よりも身長の高いジャックが見上げるほどに背が高く、服の上からでも分かるほどに筋肉がパンパンに膨れ上がっている。というか、上半身がほぼ裸に近い格好なので、直に分かる。その風貌はとても一般人のものとは思えず、また受付で対応しているパゲティ支部のギルド長が終始へりくだった態度で接している事からも、彼がそこいらの一冒険者でない事が窺えた。


「んんっ? 甘露ちゃん、あの人、ブルジョンさんじゃないかな?」

「ですね、体格と特徴的なリーゼントが一致しています」


 警戒する三人を余所に、ミミとカンロがそんな事を口にした。

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