第7話 メイン
食事を終えた三人は、至福のひと時を過ごしていた。満たされた腹は膨れ上がり、もう何も入らない状態になっている。普通であれば、食べ過ぎで苦しんでいるところだろう。だが、不思議と感じられるのは幸福感のみで、苦痛の類は一切なかった。このまま眠ってしまえば、一体どれだけ幸せな事だろうか? そのまま天国に旅立ってしまうのではないかと、そう思ってしまうほどだ。
「はーい、皆さんちゅーもーく! 甘露ちゃんが今日のメイン料理を持って来ましたよー!」
「「「ッ!?」」」
しかし、そんな至福のひと時も長くは続かない。耳を疑うミミの一声で、意識が一斉に現実へと戻されてしまったのだ。
「ミ、ミミさん、まだ食べるのですか? 流石にもうお腹一杯ですよ!?」
「そうなんですか? でも、多分メインが一番美味しいですよ? 甘露ちゃんのお料理ですし」
「多分」
「一番」
「美味しい!?」
ゴクリと、意図せず生唾を飲み込んでしまう。三人はもちろん美味しい食事は好きであるが、特別食いしん坊という訳ではない。だと言うのに、腹は疾うに満たされている筈なのに、次の料理に興味が尽きない。あの肉以上の美味さがやって来る。そう知った瞬間、体は更なる美食を求めていた。
「お待たせしました。鉄網の上に置かせてもらいますね」
そうこうしているうちに、カンロが奥から何かを持って来ていた。既に火が消えている焚き火台をテーブル代わりに、緑色の物体が置かれる。
「えっと、それは……?」
「今日のメインです」
それは数キロ単位はありそうな大きさの何かを、大きな何枚かの葉っぱで包んだものだった。上下左右、しっかりと葉で包んでいる為、中身は全く見えない。
「では、葉っぱの封を開ける前に、箸休めに調理法の説明でもしましょうか」
「わ~い、甘露ちゃんの野外お料理コーナーだ~」
「野外」
「お料理」
「コーナー!?」
最早ツッコミを我慢する事を忘れているエッジらであるが、このコーナーはどうやら強行されるらしい。但し純粋に興味もあったので、大人しくこのまま説明を受ける事に。
「畑荒らしを誘き寄せる為に、ガリク村から名産品のアースガーリックを撒き餌としていくつか貰っていましたよね? 今回の依頼では使う機会がなかったので、そのアースガーリックも味付けに使わせて頂きました。アースガーリックと道中で私が採取したオリブの実を錬金、そして出来上がったのが、このガーリックオイルです。こちらは下味をつける際に使用します」
そう言って、カンロが液体の入った小瓶を取り出す。
「待て待てぇ! 吸血鬼なのにニンニクはオッケーなのかーい! だよ、甘露ちゃん!」
「ニンニク好きな吸血鬼だっているのですよ。甘いですね、美味ねえ」
「「「……えっ?」」」
「あっ…… い、いえ、何でもないんです。今のは忘れてください……」
「やはり吸血鬼が知られていないせいか、この鉄板ネタも通じませんね。無念です」
珍しくしょんぼりするミミと、気持ちテンションが下がったように見えるカンロ。エッジらは全く意味が分かっていないようで、ただただ頭の上に疑問符を浮かべているのみである。
「さて、気を取り直して行きましょう。まずはドラゴンの背肉からスジの少ないところを選び、適当な大きさの肉塊を切り出します」
「はい! そこは私がやりました! これが見本です!」
ドォン! と、見本の肉塊を皆に見せるミミ。
「これが適当な大きさ……?」
「心なしかでっかく見えるような……」
「……先ほども使った魔海の塩、そしてガーリックオイル、
どう見てもキロ単位はある肉塊に小声のツッコミが飛ぶが、カンロは無視して説明を続ける。
「次に加熱です。弱火でじっくり焼きたいので、皆さんが夢中になって食べている途中で、鉄網の隅っこの方に置いて、根気強く焼いていたんですが…… 気付きませんでしたか?」
「え、えっとー……」
「た、食べるのに夢中になってて……」
「お、同じく……」
「うんうん、その気持ち、分かります! 美味しいものを食べる時って、食に集中したいですもんね! 著しく正常かと!」
ミミにフォローされて安心したような、そうでもないような。三人は複雑な気持ちになった。
「表面全体がパリッと焼き上がったら、そこで加熱は終了です」
「出来上がりって事ですか?」
「いえ、ここからは逆に冷やしていくんです」
「「「冷やす?」」」
「ええ、肉汁を中に閉じ込めたいので。本当ならアルミホイルを使うのですが、今回は代用品として、このナババの葉を使用しました。焼いた肉を密閉するように、葉っぱで包んでいきます」
カンロが取り出したナババの葉は広げた手の平以上に面積が大きく、ものを包むのに適した形状をしていた。完成品と見比べると、確かにこちらも同じ葉を使用している事が分かる。アルミホイルというものが何なのかは分からないが、恐らくは同じ用途で使用するものなのだろうと、三人は勝手に納得する事にした。
「なるほど、それでその状態になった訳ですね」
「です。次にいよいよ冷やす訳ですが、ここに私特製のクーラーボックスが」
次にカンロが取り出したのは、大量の御札が貼られた箱であった。目にした瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「な、何だかおどろおどろしい雰囲気が漂っている気がするのですが……」
「あ、あれ? 段々と寒気がしてきたような……」
「きっと気のせいです。肉がほんのり温かい程度にまで冷めたら、氷霊の魂を封じ込めた氷霊剤と一緒に、包んだ葉っぱごと肉塊をこの容器に入れて冷やします。まあ、これは保冷剤代わりですね」
「じっくりヒヤヒヤ冷やしまーす!」
「すっごく不穏なワードが入ってませんでした、今!?」
ミミが明るくハイテンションで場を盛り上げようとするが、どうしても特製クーラーボックスの見た目が気になり過ぎて、内心ヒヤヒヤな三人。呪われたらどうしようと、真面目にそんな事を考えていた。
「とまあ、そうした工程を踏んで出来上がったのが、このローストビーフならぬローストドラゴンなのです」
「ロ、ロースト―――」
「―――ドラゴン……!」
「では、お待ちかねの開封時間です。ミミねえ、包丁を」
「え? お姉ちゃんの『魔剣イワカム』を使うの?」
「そんな訳ないじゃないですか…… お料理に使う、普通の包丁の方です」
「えへへ、ごめんごめん。ちょっとボケてみただけ~。はい、どうぞ」
ミミから料理包丁を受け取ったカンロは、葉で密封された料理に向かってそれを振るった。目にも止まらぬカット作業は、戦闘時に見たミミの剣術を想起させる。
「開封」
三人が再び料理包丁の姿を捉えた次の瞬間、肉を包んでいた葉にピッと切れ目が入る。それら葉は自然と外側へと広がり、内部にあった肉塊が出現。しかし、その肉塊にも次々と切れ目が入っていき、気が付けば縦に薄切りにされた肉が、三人の眼前に出来上がっていた。外側はしっかりと焼かれているが、内側では鮮やかなバラ色の赤身が輝いている。絶妙なバランスでサシが入り、更なる鮮やかさを演出している。セシルなんて一瞬宝石か何かと見間違えてしまい、数回目を擦って見直したほどだ。見惚れてしまうまでに、その断面は美しかった。
「それで、どうします? 食べますか、ローストドラゴン?」
答えは考えるまでもなかった。
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