第6話 焼肉地竜

 ―――ズン! ドォン! ダダァーン!


 まるで恐竜が行進するが如くの音を鳴らしながら、肉が山盛られた皿が置かれていく。調理用のテーブルやら椅子やらを新たに出さなければ、置き場所に困るほどの質量だ。


「……カンロさん、これは一体?」

「見ての通り地竜の、いえ、正式な名称はグランソルドラゴンでしたか。訂正します。グランソルドラゴンの各種お肉です」

「いえ、そういう事ではなく…… もしかして、これ全てを食べるつもりですか?」

「もしかしなくても、そのつもりですよ? 焼くのはセルフでお願いしますね。それと、皿ごとに肉の部位は違いますから。小皿はこれと、箸――― ではなく、皆さんはフォークの方が良さそうですね。どうぞ」

「「「あ、どうも……」」」

「やっきにく~♪ やっきにく~♪ 焼くだけでも肉美味し~♪ おかわり増し増し~♪」


 すっかり飯モードに入っているミミが、歌いながら自分の席で待機している。どこまでもご機嫌であった。


「と、取り敢えずお肉をご馳走になる、焼くのは自分で、という事は分かりましたね、ええ」

「いやいや、流石にこの量はどうなんだ……?」

「お肉は美味しそうだけど、絶対太っちゃう……! というか、お腹が破裂しちゃう……!」


 ミミに倣って席に座るが、未だ動揺の中にある三人。そんな彼らの様子を察したのは、マイトングを取り出し肉を焼こうとしていたミミであった。


「皆さん、心配は無用ですよ。流石の私だって、これくらいの気遣いはできます。 ……お肉だけだとバランスが悪い! 副菜とご飯がないじゃないかと、そうお困りなんですよね!」

「「「………」」」


 気遣うところが盛大に違うと、三人は再び頭を抱えた。


「ご心配なく、ホカホカご飯は出発前に炊きまくって、『保管』の中に準備済みです。ギルドに無理を言って、遠方から取り寄せてもらったんですよ、ご飯! 副菜だって、ほら! さっき私が見つけた、こんなに美味しそうなキノコが―――」

「―――美味ねえ、それ毒キノコですよ」


 不自然なほどに虹色なキノコを取り出したミミに、カンロが即行で注意を促す。


「ええっ!? こんなにカラフルなのに!?」

「そんなにカラフルだから、です。そんなキノコを食べずとも、副菜の準備もしていますから。それにお肉の友、ライスも」


 そう言ってカンロがポーチから取り出したのは、大きな大きな巨大羽釜はがまであった。木蓋を取ると、中からホカホカ真っ白なご飯が顔を出す。エッジら三人にとって、正直なところ米は見慣れないものであったが、ふっくらかつツヤツヤに炊きあがったご飯を見て、ああ、これも食事の一つなんだなと理解する。立ち上がる湯気、微かに香る甘い匂いは、非常に食欲をそそられる。 ……そそられるが、周りを大量の食べ物で囲まれ、本当にこれ全部食べるの? と、違う意味で恐怖し始めてもいた。肉の壁、米の壁、更に副菜としての野菜の壁までもが、たった今降臨してしまう。物理的にも肩身が狭い。


「本当ならご飯もこの場で炊きたかったのですが、何分この量を確保するとなると、野外では時間が掛かり過ぎてしまうんですよ。街の厨房をお借りして、事前に炊いて収納して来ました。あ、保管の中では時間が止まっていましたから、今が食べ頃です。もちろんライスのおかわりもまだまだありますので、その点についてもご安心を」

「お肉があるとご飯が進むもんね~♪ いでよ、マイ丼ぶり! はい、こっちは甘露ちゃんの丼ぶりだよ~」

「ありがとうございます。皆さんもご飯は丼ぶり、いえ、同じ食器で良いでしょうか?」

「い、いえ、どうぞお構いなく……」


 呆れるほどに大きな丼ぶりに、ご飯をよそうミミとカンロ。三人はセルフで今の小皿を使うからと、これを丁重に断っておいた。ご飯だけで胃が死ぬと、そう確信したらしい。


「焼いたお肉には、小皿にのせた魔海の塩をつけてお楽しみください」

「ま、魔海の、塩……?」


 エッジらに配られた小皿には、桃色がかった大粒の塩が盛られていた。こちらも三人が目にした事のない種類の塩である。何よりも、名前が凄い。


「あの、魔海って?」

「名前は不穏ですが、味は確かな高級岩塩ですよ」

「極稀にしか流通しないから、直接採りに行ったんですよね~。いやあ、名前に恥じぬ危険地帯で、なかなかにスリリングでした!」

「「「………」」」


 話を聞くに、この塩は少量でもとんでもない値段がするらしい。詳しく知ると恐れ多くなるからと、三人はそれ以上は聞かないでおく事にした。


「皆さん、準備は良いですね? では、いただきましょう! いっただきま~す♪」

「いただききます」

「「「い、いただきます……」」」


 元気に手を合わせるミミに、静かに手を合わせるカンロ。そんな二人に倣って、エッジ達も同じように手を合わせる。そして始める大焼肉大会、大き目の鉄網は人数分の焼き場所を容易に確保できるだけの広さがあるが、ミミとカンロは一斉に一杯一杯の肉を敷き、丼ぶりご飯を片手に待機している。肉をジッと見ている。焼き終わるのを待っている。凄まじい集中力で、急に無言になる。


「わ、私達も焼こっか?」

「だ、だな。折角だし」

「では、僕はこちらの肉を」


 肉山からそれぞれ一枚だけ切り分けられた肉を取り、遠慮がちに鉄網にのせる三人。静寂の中で木々のさざめき、炭が弾ける音、そして肉の焼ける音だけが奏でられる。あまりの出来事の連続に動揺しっ放しの三人であったが、不思議とこの瞬間だけは心が落ち着いていた。集中すべきは自らの肉のみで、それ以外の事を考える必要がないからだろうか。


「ああ、お肉、お肉は美味しい、ご飯が進む、ハグハグ……!」

「流石はA級討伐対象、素晴らしい。A5ランクの肉とはこういうものなのでしょうか? となれば、更に上のランクの討伐対象はもっと凄い事に、ハグハグ……!」


 対面では一足先に肉と米を掻き込むミミとカンロの壮絶な食べっぷりが繰り広げられ、これ以上の幸せはあろうかという神々しいオーラが発せられていた。元から食への飽くなき探究心を垣間見せていたミミは兎も角として、先ほどまで落ち着いていたカンロも、ここまで饒舌になるほどに食へ没頭している。口の中に消えて行く勢いも凄まじく、早くも彼女らの近くにあった山は崩されようとしていた。そんな彼女らの様子を目にすると動揺してしまうので、三人は網の上で肉を育てる事だけに集中する。


「……そろそろかな?」

「うん、多分?」

「では、食べてみましょうか」


 初めて目にする焼いた地竜の肉。薄めにスライスされた肉の表面が、心なしか少し輝いているように見える。フォークを手にした三人は、意を決して肉に魔海の塩をつけ、恐る恐る口の中へ。


「うっっっ…… まぁっ!」


 一番最初にその言葉を発したのはジャックだった。彼の舌に、食道に、胃に、更には脳に、これまでの人生で経験した事のないような多幸感が一気に舞い降りる。口に入れたのは薄く切り分けられた肉の筈なのに、噛めば噛むほどに肉汁が溢れ、まるでステーキを食べているかのような満足感が、口の中を支配する。味付けに使った魔海の塩も、しょっぱさが強く肉のインパクトに負けていない。むしろ双方がお互いを引き立て合い、更なる味へと進化している。彼が無意識のうちに口にした言葉は、A級冒険者を目の前にした時以上の感動を表していた。


「嘘ッ! 口の中で溶けた!? いつの間にか飲み込んじゃった!?」

「な、何と言うコクの深さ……! それに歯を立てる前に、肉が解れた? ただ焼いただけなのに?」


 ジャックの両脇に座るエッジとセシルも、ジャックと同レベルの衝撃を受けている。しかし、彼はそんな事を気にしている暇がなかった。早く次の肉を焼かねばと、自らの肉を育てる事に夢中になっていたのだ。次は違う肉の部位を食べ、先ほどとは全く異なる衝撃がジャックを襲い、また次の肉へと自然と手が伸びる。そんなサイクルを何度か繰り返し、新たに白米という名の潤滑剤が投入され――― 最早誰もが無我夢中だ。巡り巡るミートロードは更に速度を上げ、全身全霊の全力疾走を開始する。


「「「あ、あれっ?」」」


 ……気が付けば、あれだけの圧力を放っていた肉・米・野菜の山が姿を消し、空になった大皿が周りに置かれるのみとなっていた。

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