第5話 ご飯の時間

 ミミがポーチの中から真っ黒な木のようなものを取り出し、それを焚き火台にセットしていく。


「ミミさん、その黒い物体は?」

「あ、これですか? 以前、とある依頼で珍しい果実を採取しに、燃える森に行ったんですけどね」

「も、燃える森? ……まさか、『ヒートウッズ』に行ったんですか!? 自生する植物全てが年中炎で燃え盛っている特殊品種で、出現するモンスターも凄まじく凶悪とされる、あの!? ぼ、僕の記憶が正しければ、確かB級冒険者以上でなければ立ち入りが許されない、超危険地域だった筈ですが……」

「うーん、森の名前までは憶えていませんけど、多分そのひーとあいらんど? で、合ってると思いますよ。私達、これでもB級冒険者ですし」

「美味ねえ、ヒートアイランドではなく、ヒートウッズです。都市部の気温上げてどうするんですか。あと、今回の討伐依頼も何とか達成できたので、ギルドに帰って報告すれば、晴れてA級冒険者ですよ、私達」

「あ、そうだったそうだった! 甘露ちゃん、ナイス指摘! ご指摘案件!」


 ビシリと両手でカンロを指差し、良くやったと褒めるミミ。しかし、そんなテンション高めの彼女とは打って変わって、エッジらはまたまた開いた口が塞がらない状態であった。


「それでですね、その燃える森に出現した燃える木みたいなモンスターを倒したら、何だか木炭っぽい素材が取れてですねー、って、皆さん? お口が開けっ放しですよ? どうしました?」

「い、いえ、率直に言って、驚いてしまいまして…… ミミさんとカンロさん、その若さでB級、いえ、A級冒険者になられたんですね、ハハハ……」

「あ、あの、とっても失礼な質問かもですけど、吸血鬼だから見た目より歳を重ねてるとかって、あったりします? 実は百歳以上とか……?」

「ないですね。私は12歳ですし、美味ねえに至っては吸血鬼でもない、普通の人間ですから」

「はいはーい! 私、花の16歳です!」

「す、すげぇ……!」


 ジャックが無意識のうちに出た言葉は、彼にとって嘘偽りのない、素直な感想であった。この世界には様々な依頼を冒険者に斡旋して仕事を振り分ける、冒険者ギルドという組織が各地に支部を構える形で存在している。ジャックらはもちろんの事、ミミやカンロもその冒険者ギルドに所属している。


 所属する冒険者は実力に見合った等級、所謂ランクが与えられる。誰しも最初はF級から始まり、E級、D級、C級、B級、A級、そして最上級クラスであるS級を目指してランクアップを重ねていく訳だ。ランクアップ方法はその等級の依頼を10回連続で達成するというものだが、C級からB級への昇格からは別途試験があり、よりランクアップが難しくなって来る。


 一般的な認識としてはF級は新人扱い、E級が半人前、ジャックらの等級であるD級となる事で、漸く冒険者として一人前であるとされている。その一つ上の等級であるC級ともなれば、冒険者としては熟練の域だ。また、それなりの才能しか持たない者であれば、この辺りがランクアップできる限界とされているラインでもある。事実、冒険者の大半はD級、良くてもC級止まりで引退するのが現実だ。


 そこから更に上のランクであるB級は、世界中に数多く存在する冒険者達の中でも、エリート中のエリートとも呼べる存在だ。緊急時における危険な依頼も回って来る事が多く、国が有するであろうトップクラスの戦闘員、或いは騎士団に単独で匹敵する実力がなければ、このクラスでは生き残れないとされている。B級冒険者の全てが何らかの達人であると、そう考えて良いだろう。


 そして、その更に上のクラスとなるA級、S級――― ここまで来ると、最早その力は人の範疇を完全に逸脱している。剣を振るえば大地が引き裂かれ、魔法を唱えれば嵐が発生――― 正に選ばれし者の頂点、人の姿をした怪物達が蠢く魔境といえるのだ。呼称は英雄や勇者など様々存在するが、その怪物達の中でも特に戦闘力に秀でたS級は、その者だけが名乗る事を許される二つ名で語られる事が多い。彼らほどの力を持てば、個人で大国とも敵対できるともされているが、力が高過ぎるが故に一般的な物差しや常識で測る事ができず、上位者の実力、その大部分は詳細が明かされていない。


「す、すげぇ……!」

「ジャックの奴、同じ台詞を二回も言ってるよ? 大丈夫かな?」

「ハハハ…… 確かに今の話はインパクトが凄過ぎましたし、致し方ないかなぁと。でも、うん、A級冒険者なら、あの滅茶苦茶な強さも納得ですよ。なるほど、これがA級……!」

「うわ、エッジまで目がキラキラしてる……」


 A級冒険者に昇格予定の段階とはいえ、そんな実力者が目の前にいるとなれば、このエッジ少年やジャック少年のように瞳を輝かせる者も、冒険者の中にはまあ少なくはない。何せA級以上の冒険者は数が少なく、また危険地域に入り浸っている事が多い為、滅多な事では会える機会なんてものはないのだ。男子であれば一度は憧れる最強の存在、しかもその者が同じ冒険者ギルドに所属しているとなれば、尚更にロマンを感じてしまうのだろう。


「あ、そうだ! 火を点けるところだったんでした! えっと、木炭を積み上げて、着火剤代わりにボックリンの頭を真ん中に入れて…… いざ、着火!」

「おおっ!」


 スプレーボトルのような容器を取り出したミミが、そのトリガーを勢いよく引く。すると次の瞬間、ノズルの先から激しい炎が――― 否、火を起こす時に使える程度の適度な炎が噴出された。拳大ほどの大きさもありそうな松ぼっくり(?)が燃え、次いで木炭もどきが徐々に赤くなっていく。焚き火台に無事炎が灯り、パチパチという炭が跳ねる音も次第に聞こえて来た。


「わあ、何か容器から炎が出たね。便利~」

「ひょっとして、それもマジックアイテムですか?」

「これですか? マジックアイテムと言いますか、甘露ちゃんが作った便利グッズの一つですね」

「えっ、手作り!? すごっ!」

「私、職業が錬金術師(食)でして。ヒートウッズのモンスターから採取した火炎袋と諸々を組み合わせて、いつでも種火を作れるようにしたんです」

「ちなみに私の職業は、見ての通り剣士(食)です!」

「複数の素材を基に、新たなアイテムを生み出すという、あの錬金術師――― ん?」

「へー! 私、錬金術師って初めて目にした――― ん?」

「なるほどなぁ。やっぱりミミさんは俺と同じ剣士だった――― ん?」


 職業の名称の後に、ある筈のない言葉が連なっていたような。そんな疑問が浮かんだ三人は、同時に首を傾げた。


「網にお肉さんから取り出した竜脂りゅうしを塗って、と…… 甘露ちゃーん! こっちは準備万端、いつでもどんと来い! だよー!」

「私の方も、切り分けが終わったところです」

「「「……え?」」」


 しかし、そんな些細な疑問は直後に吹き飛ぶ事になる。カンロが運んで来た皿に盛られていたのは、文字通り山盛りの肉の山。いや、そんな皿が他にも沢山ある為、この場合は山脈、連峰とたとえた方が良いだろうか? 兎も角、見渡す限りの肉であったのだ。


「「さあ、待望のご飯タイムを始めましょうか」」

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