第4話 解体
「美味ねえ、そろそろ火を点けて良いですよ。粗方の下準備は終わりましたので」
「………」
「……もう喋っても大丈夫ですよ?」
「え、そう? よーし、お姉ちゃん頑張って火起こししちゃうもんね! 私の雄姿、見ていてね!」
「はいはい、心の目でしっかり見ていますから。と言いますか、アレがあるから直ぐでしょうに」
「それでも勢いは大事!」
「「「………」」」
エッジ、ジャック、セシルの三名は、無言のまま椅子に座っていた。彼らの目の前には焚き火台があり、その上には鉄網がセットされている。まるでこれからバーベキューでもするかのような、そんな準備態勢がバッチリと整っていたのである。
「うっ、頭が痛い……!」
「エッジ、しっかりしろ。精神に負った傷は浅くはないと思うが、その思いは皆同じだ、多分……」
「うう、情報量が多い、多いよぉ……」
一様に頭を抱えるエッジ達。どうして彼らが頭を抱えているのか、その経緯を説明しよう。
まず、カンロによる大胆過ぎる吸血鬼カミングアウトについて。この世界における吸血鬼とは、殆ど伝承上に伝えられる生物でしかなく、一般人は地獄に棲まう凶悪な最上級モンスター、または悪魔の一種というアバウトな印象しか抱いていない。過去には吸血鬼と思わしきモンスターが発生し、ギルドに所属するS級冒険者がこれを討伐したとされる記録も残っているが、それさえも百年以上昔の記録だ。つまるところ、カンロが吸血鬼を自称しても、それを確かめる術がない。術はないが人間でない事は確かなので、取り敢えず三人は恐怖する事しかできなかった。
『あ、これギルドが発行してくれた、私のギルド証です。ほら、ここに吸血鬼であると認めた上で、冒険者ギルドの一員である事を保証すると、そう記されています。要は吸血鬼ではあるけど、人々に危害を加える事は絶対にないと、ギルドが断言しているんですよ。ですから、そう緊張なさらないでください。私、人の血なんて飲みませんし』
しかし僅かに恐怖したのも束の間、ギルド証を取り出したカンロから、そんな説明を受ける。エッジが確認すると、確かに彼女のギルド証にはそのように記述されていた。専用のスキルを習得していない為、ギルド証自体が偽物かどうかまでは分からなかったが、これまでの行動から察するに、自分達に嘘をつく意味はないと判断。一先ずエッジ達は、カンロの言葉を信じる事にした。
「吸血鬼って実際に存在したんだね、未だに信じられないけど……」
「俺としては、その次の出来事の方が信じられなかったんだが……」
「ええ、あれも強烈でしたね……」
次に思い起こされるのは、ミミによる巨大地竜の解体作業であった。戦闘でも使っていた大剣を用い、瞬く間に地竜の全身をバラしていくミミ。角、鱗、爪、部位ごとの肉、内臓――― あろう事か数分ほどの短い時間で、地竜の体は綺麗さっぱり素材へと解体されてしまったのである。元が大きかったのもあって、解体された後の素材も山のような量であった。
「ミミさん、『解体』のスキルを持ってるとか言ってたけどさ、それでもあんな短時間で終わらせられるものなのかな?」
「あれだけ戦闘力が並外れていましたから、
「だねぇ…… あ、そういえばさ、あの山みたいな素材をしまったカンロさんのポーチ、もしかしなくてもマジックアイテムかな? 私の憧れ、『保管』機能がついてるやつ!」
ミミが築いた素材の山を崩したのは、セシルの言うカンロのポーチであった。内部が別次元へと繋がっており、中に入れたものの時間を停止させる力、それが『保管』という名のスキルである。本来スキルは生物が持つものであるが、極稀にスキルを持つアイテムが存在する。それら希少なアイテムは『マジックアイテム』と呼ばれ、大変価値あるものとして世界中の国々から重要視されているのだ。
「あれだけの素材を収納できるって凄いよね。良いなぁ、私も欲しいなぁ」
「馬鹿、そんな凄い機能を持つマジックアイテム、一体いくらすると思っているんだよ、セシル?」
「えっと、どれくらい?」
「マジックアイテムのスキル等級にもよりますが、最も安価なものでも、D級冒険者である僕達が全員で節約生活をした上で、数年以上休みなく稼ぐ必要があるのは確かですね。そもそも市販に出回るものでもありませんし」
「うげぇ、それ無理ぃ……」
『保管』のスキルは商人などといった非戦闘職でしか覚える事ができない為、冒険者業を営む者達の殆どはその対象にいない。それ故に『保管』の力を持つマジックアイテムは、冒険者達にとって憧れのアイテムの一つとなっているのである。ただ、そこに至る為の道のりの長さに、セシルは早々に諦めてしまったようだ。
「まあ、そんなマジックアイテムを持っている時点で、ミミさんとカンロさんが如何に只者じゃないかって事が分かるのですが」
「ああ、それだけは俺も分かったよ…… で、さ。今のこの状況は何なんだろうか?」
「えっと、確かミミさんに折角だからって、食事に誘われて……」
「断るのも失礼、というよりも勇気がなかったので、そのまま付いて来た次第です」
そう、ポーチに素材をしまい終わった後、エッジ達はミミに食事に誘われたのだ。二人の後を追い森を進んで行くと、数分ほどで開けた場所に到着。そこにはミミが作ったと言っていた焚き火台、更には人数分の椅子、調理用のテーブル、そしてなぜかテントまでが準備されていた。
「いやあ、この場所を荒らされないようにお肉さ――― コホン、ドラゴンさんを誘導するのは大変でした!」
「「「………」」」
今、地竜を肉って言った。そう思う三人であったが、声には出さないでおいた。
「お姉ちゃん、頭を使って体を動かして、お腹が超絶ぐうぐう! 甘露ちゃん、早く食べよ! ご飯の時間にしよう!? レッツイーティング!」
「お腹が空いて、更にテンションが上がっている感じですね、美味ねえ。いつにも増して、凄くうるさいです」
「ああ、酷いッ!」
「冗談ですよ。皆さんも色々と思うところはあると思いますが、まずはお腹を満たしましょう。ちなみに、お肉が食べられない方はいますか? 宗教上の理由ですとか、好き嫌いがあるとかで」
「い、いや、俺達は大丈夫だけど…… あの、確認するけど、まさかこれから食べようとしている、その肉ってのは……?」
「はい! 当然、さっきのドラゴンさんのお肉ですよ! 沢山ありますし、おかわりし放題です! お肉さんのお肉さん!」
「「「………」」」
やっぱりそうか! と、三人は心の中で叫んでいた。一般的にドラゴンは狩りの対象ではなく、恐怖の対象となるものだ。言わば災害に等しい存在であり、それを食べようとするなど、そもそもそんな発想、普通は出て来ない。エッジ達もその例に漏れず、果たしてドラゴンを食してしまって良いものなのか、無言のまま悩んでしまう。但し、ドラゴンの肉の味に興味があるのも、また事実な訳で。
「な、なあ、どうする? ドラゴンの肉って言うけど、人が食べても大丈夫なものなのか?」
「噂によれば、トップの冒険者の人達は口にする時もあるって話ですけど…… 実際のところは分からないですね」
「でもでも、これってある意味チャンスじゃないかな? ドラゴンのお肉なんて、この先食べる機会なんてまずないと思うし……」
「「「……ゴクリ」」」
危機を乗り越え安堵した為なのか、三人に空腹の大波が襲って来る。未知への恐怖、それは誰しも避けたいと思うものだろう。しかし、今ばかりは食欲が勝り、三人は御相伴に与る事にしたのであった。
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