第3話 血抜き
ミミと巨大地竜の正面衝突、あの巨体をミミが止められる筈がなく、彼女を踏み潰した後に、暴走状態となった地竜がこちらにまで雪崩れ込んで来る…… と、普通に考えればそうなるだろう。だが、正体不明の剣術を操り、地竜を気絶させるほどの実力がミミには備わっていた。最早、どのような結果になるのか予想できない。土煙の中から出て来るのは地竜か、それともミミか。冒険者達は祈る。どうにか無事であってくれ、自分達を助けてくれ、と。そして、次の瞬間に現れたのは―――
「ねえねえ、甘露ちゃん。鱗も香ばしく炙れば食べられないかな? ほら、魚の鱗煎餅みたいに」
「駄目ですよ、竜の鱗は可食部じゃないんですから」
「ガーン!」
「「「………」」」
―――想像以上に無事なミミであった。というか、いつの間にか移動していたカンロと雑談までしている。そして会話内容が凄く緩かった。
「あっ、皆さん大丈夫ですかー? 元気なさそうですね、お腹減ってます? 私は依頼が達成できて嬉しいし、お腹の減り具合も良い感じ! 全て計算通りです、イエイイエーイ!」
両手でピースサインを作りながら万歳をする、何とも幸せそうなミミ。エッジ達はこの光景を理解するのに、今から数分ほどの時間を要する事となる。その間、開いた口は塞がらないままだ。
「……美味ねえ、どうやら皆さんはお疲れのようです。少しそっとしておきましょう。それよりも新鮮なうちに、先にこちらを済ませるべきかと」
「おっと、流石は甘露ちゃん。その冷静な判断、お姉ちゃん助かっちゃう! うーんと、体は鱗とかで硬そうだし、口の中からやっちゃう?」
「ですね。美味ねえ、口を開けたまま固定してもらっても?」
「オッケー! ふんぬっ!」
シャッターを開けるが如く、ミミが地竜の大きな口をガパリと持ち上げる。その隙にカンロは臆する事なく、地竜の口の中へと入って行ってしまった。
「……ハッ! あ、あまりの光景に目を疑い脳を停止させてしまった……! ん? 彼女達は何を?」
一足先に意識が復旧したエッジ。が、目の前のカンロ達がまた不可解な行動をし始め、何事かと眉をひそめる。
「うー、口の中くちゃーい……」
「それくらい我慢してくださいよ。もろに中に入ってる私なんて、臭いが付かないか心配するレベルですから。ですが、やはり大きいですね。作業にも少し時間が掛かるかもです」
「そこは迅速に、超特急でお願いします! お姉ちゃん、臭いの嫌だもん!」
「はいはい、可能な限り急ぎますよ。鮮度は保ちたいですし」
カンロが地竜の舌に、右手の人差し指を向ける。すると、彼女の指先は次第に変形し、鋭い針の如く尖り始めた。遠目かつ視力が悪いのもあって、エッジの目にはその様子が、ぼんやりとしか映っていない。
(……? カンロさんが地竜の舌に、指先を突き立てた?)
正しくは尖らせた指先を舌に突き刺した、である。
―――ゴッキュゴッキュ!
次いで聞こえて来るは、結構な大きさの吸引音であった。外には漏れていないが、地竜の口内にて木霊する程度には鳴り響いている。
「どうどう、美味しい? もう死んでるから生き血じゃないけど、すっぽんみたいな感じなのかな? そんな高級品、見た事もないけどね!」
「もう、静かにしてくださいよ、美味ねえ。いつも言ってますけど、別に味わっている訳じゃないですから。ただの
「わあ、手広くやってるね! よっ、流石は我が家の金庫番! 頼りになる~!」
「……美味ねえ、静かにしてって話、聞いてました? 次の食事、抜きにされたいんですか?」
「あ、はい。お姉ちゃん黙ります。お口にチャックします」
以降地竜の口を持ち上げたまま、不動&無言となるミミ。食事を抜かれるのは、彼女にとって死活問題であるらしい。
「「……ハッ! って、うわああああ! ち、地竜!?」」
そうこうしている間に、ジャックとセシルが意識を取り戻したようだ。尤も、眼前に倒れ伏す巨大地竜の姿にまたショックを受けているようだが。エッジはそんな二人を落ち着かせ、ミミ達にお礼を言いに行くことにした。
「あ、あの、ミミさん、助けてくれてありがとうございました。しかし、これほどの怪物を倒してしまう貴女は、一体何者なんですか?」
「………」
「……えっと、ミミさん?」
「ああ、すみません。姉は今、お口にチャック状態でして、暫く黙ったままだと思います」
「は、はあ、チャック、ですか?」
「なあ、チャックって何だ?」
「さあ? 都会の有名人かな?」
言葉の意味が分からず、顔を見合わせる三人。
「あー、そうですか。うん、そうですよね…… 取り敢えず、今の姉はご飯が食べたくて必死になっているんですよ」
―――ぐううぅ~~~!
「「「「………」」」」
カンロの言葉を肯定しているのか、ミミがお腹の音で返事をして来た。一同唖然、珍しく今回は、カンロも呆れたような表情を作っている。
「そ、それはさて置き、カンロさんは
「いえ、それは大丈夫ですよ。もうこのモンスター、絶命していますし」
「えっ? し、死んでるの? 本当に大丈夫? バッと起き上がったりしない? 見た感じ、全然傷を負っているようには見えないよ? それに地竜って、私達の知る普通サイズの個体でも、全然剣を通さないんだよ?」
「しかもだ、この巨大な地竜ともなれば、尚更に頑丈な筈だ。それを一撃で倒せるものなのか?」
「ここぞとばかりに質問して来ますね…… まあ、良いです。ええと、どんなに大きくて頑丈な生物でも、真っ二つに両断されたら即死しますよ。もちろん中には例外的な生物も存在しますが、このモンスターにそんな能力はありませんでした。従って、今のこの状況は当然の帰結です」
「「「ん、んんっ?」」」
微妙に話が噛み合っていないカンロの言葉に、三人は首を傾げる。
「話を戻しますが、今私がやっているのは血抜きです。これ次第で肉の味が落ちますからね、早くやるに限ります」
「「「ち、血抜き……?」」」
血抜き、獲物を仕留めた際に、肉の腐敗を防ぐ為に行う狩猟の必須行為。もちろん、その言葉の意味自体は、エッジ達も何となく理解している。冒険者をやっている以上、実際に目にした事も少なくない。だがしかし、指先を地竜の舌に当てるカンロの行為は、果たして彼らの知る血抜きと同じものなのだろうか? 少なくとも彼らの記憶には、そんな血抜きの方法は存在していなかった。
―――ゴッキュゴッキュ!
「えっと、この音は何だろう? さっきからずっと鳴っているみたいだけど……?」
地竜の口を持ち上げるミミの横から、内部を覗き込む三人。どうやらその音は、カンロの指先から鳴っているようで。
―――ゴキュ、ゴキュキュ、ズズ、ズ……!
そんな事をしている間にも、謎の吸引音は変化を遂げる。吸い込みが先ほどよりも弱くなっているような、そう感じさせる音に切り替わっていた。
「ん、そろそろ取り出す適量ですね。血抜き完了、と」
地竜の舌から、ズッと指先を抜き取るカンロ。彼女の指先にはドロッとした赤い血液が大量に付着していた。カンロが色白な肌をしているのもあって、仄暗い口の中でも、その色合いは大変に目立つ。そしてこの時になって初めて、エッジ達は鋭利な形となったカンロの指先を目にするのであった。
「え、えええ、ええと、カンロさん? 僕の目が更に悪くなったのでなければ、貴女の指先その、あの…… ジャック、セシルさん、僕の目腐ってます!?」
「おちおち、落ち着けエッジ! いつも冷静なお前が取り乱してどうする!? こんな時こそ深呼吸、そう、深呼吸だ! 人間の指先はもっと丸っこいもんな、きっと見間違いだ!」
「だよだよ、だよねぇ! あーもー、さっきの緊張がまだ残っていたみたい! 私も目が疲れてるなぁこれはー!」
同時の現実逃避をし始める冒険者達。それほどまでに、今の光景はショッキングだったのだろう。一般的な反応としては、まあ正しくはある。
「あ、私吸血鬼なので、自前で血抜きができるんですよ。普通にするよりも早くて便利です。ふふん」
「「「ええーッ!?」」」
しかし、カンロはそんな冒険者達の気持ちなど酌むつもりはないのか、少しだけ自慢気に、さっさと正体を明かしてしまうのであった。
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