第2話 地竜
尋ね人とは直ぐに再会する事ができた。カンロの姉であるミミが、爆音な叫び声と共に森の奥深くから現れたのだ。笑顔で両手を振りながら、さながら主人に褒めてほしそうな忠犬のように。
ミミは黒く艶やかな髪を腰まで伸ばす、これまた飛び切りの美貌の持ち主であった。髪色はカンロの金髪とは相半し、瞳の色も黒色で異なってはいるが、カンロの時と同じく、油断すれば直ぐに見惚れそうになってしまう。まだまだ幼いカンロとは違って、体格もより女性らしいものとなっている。率直に言ってしまえば、胸も大きい。但し、彼女の背には女性が使うとはとても思えないほどの、大剣らしき得物があった。得物から発せられる威圧感は凄まじく、何やらただならぬ雰囲気が漂っている。だが、冒険者達は今はそれ以上に―――
「甘露ちゃーん、お姉ちゃんの声聞こえてるー!? お姉ちゃん、頑張って大声出してるよー! あっ、皆さんも一緒でしたかー!」
「「「ミミさん、声が大きいぃー!」」」
―――ミミから発せられる大声をどうにかしたかった。
「えー!? 何ですかー!? 何か言いましたかー!? あっ、分かりました! その興奮した様子から察するに、何か美味しいものでも見つけたんですねー!? 良いな良いなー! 私にも教えてくださいよー!」
「「「ああーッ!」」」
冒険者達が制止する声は、最早悲鳴染みたものと化していた。それもその筈、この森に発生した謎のモンスターの足音が、ミミの声を聞きつけ、自分達の方へと方向転換したのを感じ取ったのだ。バキバキと木々を薙ぎ倒し、土煙を上げながら、巨大な何かが迫って来る。こちらへと駆けるミミの背後から、猛烈なスピードで迫って来る。そんな悲劇的な光景を目の当たりにすれば、悲鳴の一つも上げたくなるものだろう。
―――バキバキバキバキッ!
そして遂に、謎のモンスターが木々の奥から姿を現した。黄土色の堅牢な鱗を全身に備え、四足歩行で地を這い、頭部の二本角で地面を抉りながら突き進む、巨大な恐竜のようなモンスターだった。言うなればそれは――― ドラゴンである。
「ブゥオオォォーーーン!」
「あ、あれって、地竜か!?」
『地竜』、進化の過程で翼がなくなり飛ぶ手段を失ったが、その代わりに地を駆ける事に特化したドラゴンの一種である。大国の中には野生の地竜を使役、或いは繁殖に成功したところもあり、敵陣の突破に適した騎竜部隊として軍事利用される事で有名だ。そういった経緯もあり、ドラゴンの中では比較的目にされやすい種族ではあるのだが、どうも眼前の地竜は様子が違うようだった。
「いやいやいや! サイズが全然違う、違うから! 地竜は都会で何度か見掛けた事があるけど、あんな化け物サイズじゃないからッ!」
そう、ぶかぶか帽子の少女が言う通り、大国で使役される地竜とはサイズが全く異なっていたのだ。一般的に目にする地竜は、それこそ馬よりも一回り大きい程度でしかない。しかし、今現在こちらへと突貫を仕掛けようとしているこの地竜は、這った状態でも森に自生している木々と同等の高さを誇っており、それこそ人が騎乗できるような代物ではなかった。どんな大木もひとかじりで完全粉砕し、通り道のあらゆるものを破壊し尽くす――― 既知の地竜とは全く異なる、桁外れの怪物なのである。
「お、俺ら、こんなところで終わっちまうのか……?」
「ジャック、勝手に諦めないでください! 急いで逃げますよ! ほら、セシルさんも!」
「で、でも、でも、腰が抜けちゃって、動けない……」
「なら僕が担ぎます!」
先ほどまで選択を悩んでいた冒険者達も、こうなってしまえば逃げるしかない。眼鏡の少年、エッジが腰を抜かしてしまったセシルを大急ぎで担ぐ。
「すみません、混乱させてしまいましたね。
いつの間にか三人に近づいていたカンロが、予めこの事態を予想していたかのように、そんな言葉を口にする。こんな絶望的な状況に陥っても、カンロの表情や態度に変化は見られない。強いて言えば、やっぱりこうなったかと少し呆れている程度のものだ。本来であれば絶句する場面であるが、エッジ達には最早そんな余裕も残されていなかった。
「問答をしている暇はないです! カンロさん、自力で何とか逃げてください!」
「いえ、その必要はありませんよ。と言いますか、こうなってしまった以上、好き勝手に動かれるのは逆に危ないので、その場で伏せていて頂きたいのですが」
「ッ!? カ、カンロさん、貴女は何を言って……!?」
「おい、やばいって! ミミさんが地竜に追い付かれるぞ!」
ジャックの声を受け、殆ど反射的にエッジが振り向く。ミミは地竜に追い駆けられ、もう衝突する間際のところにまで距離を詰められていた。腹を空かせた地竜の鋭利な牙が届くまで、あと数秒も掛かりそうにない。エッジに担がれたセシルなどは、悲惨な光景を見たくないと、自らの手で目を隠していた。絶体絶命、考えたくなどないが、自然と思考がネガティブに染まってしまう。
「大丈夫ですよ。美味ねえは多少ドジでピントが外れていますが、愚かではありませんから」
「で、ですが――― えっ?」
エッジ達の視線の先にいたミミは、走るのを止めていた。立ち止り、地竜の方へと振り返っていた。いや、得物を抜き、地竜を迎撃しようとしている、と言った方が正しいだろうか。彼女が背中から取り出したのは、包丁を大剣サイズにまで巨大化させたような武器であった。片刃の得物が怪しく光り、先ほど感じさせた異様な雰囲気を、より強く解き放とうとしている。
「うーんと、誘き寄せるのはここまでで良いかな? キャンプ場所、そして皆とも近いベストポイント! うーん、今からヨダレが凄い事に!」
笑顔を輝かせ、同時に口元から輝く食欲の証を垂れ流すミミ。得物を構えてはいるが、こんな気の抜けた状態で巨大地竜と激突しようものならば、即死は免れない。冒険者三人(一部セルフ目隠し中)の誰もがそう思った次の瞬間、目にも留まらぬ剣速でミミが武器を振るっていた。
「
巨大な刃から放たれる、更に強大な
「「なあっ!?」」
「うわーん、もう終わりなんだー! こんな事ならダイエットしないで、もっと食べておくべきだったー!」
見た事もない剣術(?)に驚くエッジとジャック、目を隠していたが故に、未だ絶望の底にいるセシル。まあどちらにせよ、双方とも状況を呑み込めていないという点では一緒である。
「オオォ……!?」
ミミが放った予想外の攻撃を食らい、両断されたかと思われた地竜。しかし、なぜか外傷らしい外傷は確認できない。確かに斬撃が地竜の肉体を突破した筈なのに、地竜からは血の一滴も出ていないのだ。但し、先ほどの一撃で気絶してしまったのか、力強く駆けていたその手足には全く力が入っていない。
「まあ、それでも急に止まる筈がないのですが」
カンロの冷静なツッコミ。彼女が指摘する通り、地竜が走るのを止めたとしても、スピードは急には殺す事ができない。つまるところ今の地竜は、車でいうところの居眠り運転状態にあるのだ。操縦する意思を失った巨体が、超スピードのままミミへと迫る。
「ふんぬっ!」
「「ッ!?」」
「都会の美味しいケーキとか、友達が自慢していたお洒落なランチとか、散財しておけばぁー! 私の馬鹿馬鹿ー!」
あろう事か、ミミは迫る地竜の巨体を正面から受け止めようとしていた。ズン! と、大型車両が正面衝突したかのような、途轍もない衝撃音が辺りに鳴り響く。その瞬間に巻き起こった大きな土煙で視界が塞がれてしまい、ミミがどうなったのかは不明。セシルの叫びばかりが耳に入り、必要な情報が入って来ない。エッジとジャックは息を飲み込みながら、視界が回復するのを待った。
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