第271話 いちゃこら

 突如千奈津が倒れてしまうというトラブルがあったものの、それ以降は至って普通の披露宴となった。アレゼルとゼクスによる社長漫才、ヴァカラの種も仕掛けも魔法で済ませる手品ショー、フンドの肉体七変化など、どう見ても普通の人間にはできない事も混じっていたが、まあ俺とネルの関係者だしという事で、そこまで深くは突っ込まれなかった。ヨーゼフだけは何かを言いたげな白い目で俺を凝視していた気がするが、今そこまで頭を回す余裕がないので無視を決め込む。そして、半ば試練と化した結婚式の全日程が終了した。


「頑張った、頑張ったよ俺……!」

「はいはい。見送りが終わるまで、その涙はとっておきなさい」


 ネルよ、男らしい台詞をありがとう。俺の立場がないけどさ、それでも生きてるって素晴らしいよ!


「それじゃ2人とも、来る時は連絡をよこしてよね。ばいば~い」

「さて、そろそろ魔王らしく、帰って戦線に立つとするかのう。新鮮なデュラハンも手に入った事じゃし、今から楽しみじゃわい! ではな!」

「フゥーハッハッハ! デリス殿、例の映像は後日お送りしますので! 某の編集技術、とくとご覧あれっ!」

「出航パスを後で送っとくさかい。人数が決まったら、オーナーにでも言ってくれればオーケーやから。デリス、尻に敷かれるのもほどほどになぁ~」

「改めて言っておくわ、おめでとう。でも、これで安心できるとは思わない事ね。女って生き物は、縛られるほど燃え上がるものなのだから! ……じゃ、先に屋敷に帰ってるから」

「いやー、何だか今日は、思ったよりも踏んだり蹴ったりだったなぁ。でも、楽しかったから問題ないよっ! さっ、次のイベントが僕を待っているから、これで失礼するよ。またねっ!」

「本日はお招き頂き、真に感謝の至り。素晴らしい披露宴であった。お2人が末永く―――」


 大八魔の面々も、思い思いの言葉の残してこの地を去って行った。本当に1人1人の個性が強過ぎて、一時はどうなるものかと右往左往したけれども、何とかなるもんだな。皆の協力に感謝したい。


「師匠、諸々の片付けは私達でやっておきますので、先にお屋敷にお戻りください」

「そうですわ! 全てはこのテレーゼ・バッテンにお任せあれ!」

「微力ながら…… 手伝います……」

「そうだぜ、千奈津の分は俺が働いておくからよ。その、帰ってやる事もあるんだろうし、な……」


 君らの言葉はとてもありがたかった。但し刀子、そこで頬を染められると、何て返答すれば良いのが困ってしまうだろうが……! いやまあ、やるけどさ。


「じゃ、お言葉に甘えて帰りましょうか」



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 騎士団本部を出ると、すっかりと日が暮れていた。さっきまでは夕日が見えたんだけどな。意外と支度に時間を掛けてしまった。ネルと並んで歩けばそれだけで目立つ為、帰り道は裏道中心だ。夜の街のこういった道は、スラムでなくても危険というのが相場である。ま、ディアーナのスラム外でそんな事をする輩は、隣を歩くネルのお蔭もあって、よっぽどの世間知らずくらいしかいないんだが。


「……ねえ、これで私達は夫婦なのよね?」

「ん? ああ、そうなるな。お前と初めて出会った頃は、まさか結婚するなんて思ってもいなかったよ」

「あら、随分と失礼ね?」

「お前な、その時お互いに何歳だと思ってんだ。ネルが10歳やそこらで、俺が十台後半だった頃だぞ……」


 流石にその頃は恋愛感情なんてなくて、どちらかというと子守な感覚だった。何をするにしても後ろから付いて来るし、その度にアレゼルからは茶化されるし――― その茶化しが現実になろうとは、若き日の俺が聞いたらどんな顔をするだろうか? たぶん、暫く思考停止するだろうな。だが安心しろ、過去の俺。そこから段々と自分好みに育っていくから。酒の勢いで一線越えちゃうから。


「何か、最低な事を考えてない?」

「ハッハッハ、何でそうなるんだよ。全く意味がわからんぞ?」


 そして、ハル以上に勘も鋭くなっていくから気を付けろ。


「まあ、この世界の常識を一切知らない自称異世界出身の若造と、野生で逞しく育った少女の出会いだったからな。前例がなさ過ぎて、予想もできんわ」

「そんな常識に囚われ過ぎるのが、デリスの悪いところね」

「そうか? 俺、普通よりは破天荒な人生を歩んでるつもりだけど?」

「私から言わせれば、まだまだ序の口よ。それにしても懐かしいわね、その名前。昔のパーティ名じゃない」


 む、パーティ名なんて意図しないで、会話の延長で『破天荒』と口走ってしまった。それにしても、マジで懐かしいな。


「……あの頃、デリスは私を子供としか見ていなかったかもしれないけれど、私は始めから貴方の事が好きだったのよ?」

「な、何だよ、急に?」

「どれだけこの日を待っていたのか、デリスにも教えておこうと思ってね。一目惚れだったのよ。この十数年、本当に長かったわ」


 ネルは裏路地の家屋の間から夜空を見上げた。今日は星々がよく見える。


「一目惚れだったんなら、出会い頭に俺の手を噛み付かないで欲しかったんだが……」

「て、照れ隠しよ、照れ隠し!」

「照れ隠しで突然指を千切られそうになる、涙目だった俺の身にもなってくれ」

「むう……」


 と、ちょっとした意地悪をする俺も、実は照れ隠しだったりする。そんなしおらしくなって頬を染められると、いつもとのギャップで心臓を撃ち抜かれてしまうではないか。


「デリス」

「ん?」

「私って、そんなに厳しいかしら?」」

「……俺に対してか?」

「チナツに対して!」


 結婚を機にもう少しデレてくれるのかと思ったんだが、夫じゃなくてお弟子さんの方でしたか…… 今日の後半でぶっ倒れてたもんな、千奈津。俺は俺でどうフォローするかを考えていたけど、ネルにも思うところがあったようだ。


「今日の事を気にしてんのか? スパルタ教育に定評のあるネルらしくないな」

「私だって心配はするわよ、失礼ね! だって、私達の始まりってあの子達よりも環境が過酷だったじゃない。だから私、ああいう教え方しかできなくて…… デリスみたいに限度は決めているつもりなのよ? それでも、チナツは倒れちゃった。それで悩んでいるのよ、果たしてこのままで良いのかなって」

「お、おお……」

「ちょっと何よ、ポカンとして」


 い、いや、そこまでネルが悩んでいた事に意表を突かれてしまって。たぶん、千奈津が聞いたら感動するレベルの衝撃。


「そこまで思っていたんならさ、もう少し加減してやったらどうだ? あー、でも千奈津に負担を掛けていたのは、俺も同じか。あいつ、負担を掛ければ掛けるほど成長するからな。磨けばハルにも匹敵するくらい、悩んで解決してくれるもん」

「でしょう!? デリスもそう思うでしょ!? だから、分かっていながらも止められないのよ!」


 こればっかりは同意せざるを得ない。千奈津はスキル構成的に、頭を悩ませ苦労する事で成長する典型なんだ。苦労する模範型なんだ。頑張れ千奈津、お前はそういう星の下に生まれたんだ。フォローはするよ、できるだけのフォローは。


「……マリアのところで鍛錬させるのはさ、ちょっと間を置こう。アレゼルのところで、ワンクッション挟むとか」

「えっ、アレゼルの……!?」

「何だよ、その微妙な顔」

「いえ、貴方もなかなか鬼畜だったと、今になって思い出したのよ。アレゼルはないわよ、アレゼルは」

「なっ!? それを言うなら、マリアのところはもっとないだろ! 絶対ない!」

「ありますー。あるんだもーん」

「この野郎…… 今日は徹底的に泣かせてやるからなっ!」

「できるものならねっ!」

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