第270話 喧嘩するほど何とやら
それから抗うような事はしなかったのかって? できる筈がないじゃないか。相手は世界で最も怖い女、その最上位を争う2人だぞ。俺に死ねと申すのか。
「デ、デデ、デリスさん、どどど、どうしましょう……!?」
但し無駄にバイタリティに溢れ、やる気に満ちているハルや刀子とは違い、俺と同じ常識を持ち合わせる千奈津は今にも死にそうな様子になっていた。マリアのところに行ったら行ったで、ほぼ確実な死が待ち受けているからな。今回ばかりは、投げっ放しという訳にもいかない。
「マリアの国に行く前に、最低限の事は身に付かせておくか」
「最低限、ですか?」
「具体的な話はまた後でするよ。一応今、披露宴中だし」
「そ、そうでしたね。いつまでも私達がここにいると、他の来客の皆さんが来れないでしょうし、そろそろ戻りたいと思います。微力ながら、私の方でも何か対策を考えておきますので……」
「ああ、助かるよ。ハルは高みに上る事が第一で、刀子は俺が絡むとまだ暴走気味だからな」
「心中お察しします……」
うん。結婚式中に言われる台詞ではないよね、確実に。
「話は聞かせてもらったで、デリスはん」
「何だよ、はんって」
「あ、つい癖でな。にひひ」
ハル達と入れ替わるように、今度はアレゼルがこちらへとやって来た。普通にデリスと呼ばない時、こいつは良からぬ事を考えている事が多い。主に、金の匂いを嗅ぎ付けた時だ。
「可愛い弟子達の身の安全が必要なんやろ? ふふっ。ネルはきっと将来、スパルタママになるんやろな~。反動でデリスは、子供に対してだけは優しいパパになりそうやね。それでそれで、嫁がれる時はそれはもうボロ泣きして―――」
「おい、話が脱線し過ぎだぞ」
何で式の最中に、我が子が嫁ぐ事を心配せにゃならんのか。いや、しかし、千奈津の教育方針から考えると、確かにネルはスパルタになる可能性が…… まだ見ぬ我が子よ、強く生きろ。
「あ、つい癖でな。ついついいらん事まで口走ってしまうんや」
「商人として失格だろ、その癖。さっきも同じような台詞言ってたし…… で、何を提案しに来たんだ?」
「そうそう、弟子についてやったな。どうせデリスの事だから、あの2人に逆らう度胸はなくて、事前の仕込みで何とか乗り切ろうとしてんやろ?」
「うっ……!」
図星である。
「ならマリアはんの国へ行く前に、クワイテットの本社があるあたしん所にきぃや。どんな地獄からも生き残る術を伝授したるで?」
「……でも、お高いんでしょう?」
「ったり前やん! と、言いたいところやけど、今回の結婚式で結構な額を納めて貰っとるからな。特別価格に割り引いて、あたし自ら提供したる。あの子ら将来良いカモ…… お客さんになってくれそうやし」
「今カモって言い掛けなかったか?」
見るからに胡散臭い口上だ。だが生き残る事にかけては、アレゼルの下で学ぶのが手っ取り早いのもまた事実。アレゼルはマリアのような再生力がある訳でも、ネルのような回復力がある訳でもない。あのランキングを見ても分かるように、数値的な体の脆さはフンドにも劣るくらいだ。だというのに、こいつが死にそうになっているところを俺は見た事がない。どんな死地に向かおうとも、気が付けばケロッとした様子で現れ、そこにいる。状況の見極めが上手いというか、狡賢く生きているというか…… 兎に角、殺しても死なないような奴なのだ。
「嘘言うなや。あたし、デリスほど腹黒くはないつもりやで?」
「心を読むな、心を。そしてお前こそ嘘をつくな。現役の時、俺はお前よりも絶対苦労してた」
「何言うとんのや。スクロールの買い過ぎで金に困った時、デリスに融通したのは誰だと思ってんの?」
「その後になって、旅の資金にお前が手を出してた事も判明してんじゃねぇか。資金繰り担当だった俺の計算と合わなかったから、おかしいと思ったんだよ」
「そもそも、自分の
「手を出した金を、賭博場で磨った奴の台詞じゃないな」
「ちゃう! そこであたしはマネジメントを学んだんや! それに、その後でちゃーんと勝ったから、デリスに金を融通できたんやろ」
「だから、そもそもお前が資金を無駄に使わなければ、それで済んだ話だっ!」
「うっさいボケェ! 年頃の乙女に節制させたデリスが悪い!」
と、こんな感じで口の悪さも俺に負けない。互いの手の内を知った仲というのもあって、大八魔の中では最も敵対したくない相手だ。何だかんだで、こいつが経営する店はよく利用するしな。
「ちょっとー、こんなところで喧嘩してるの? やん、妾怖いっ!」
「2人とも、少しは場を弁えなさいよ。式の最中なのよ? くだらない喧嘩はこれが終わってから、私達の見えないところでやって頂戴」
「そうだそうだ~」
「「………」」
お前達が言うんかいっ! 不思議と、俺とアレゼルの心が通じ合った気がした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「千奈津ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いよ?」
「うん、大丈夫よ。気持ちを落ち着かせたら、大分楽になったから」
悠那、千奈津、刀子の3人はデリス達の座る最も賑わいのある場所から離れ、適当なテーブル席に移動する。この頃には真っ青になっていた千奈津も比較的血色が良くなり、気を紛らわすようにしてモグモグと悠那の料理に手を出せるようになっていた。
「お前、ホント無理すんなよ? 病は気からって言ってな、千奈津は特にその気がある。婆ちゃんが言ってたから間違いない」
「うわ、刀子に慰められてしまった……」
「お前も悠那と同じで、何気に失礼だよな?」
柄にもなく千奈津が軽口を叩くのは、刀子が前よりも穏やかな性格になったという点が大きい。この場合の相手は悠那であるが、以前であれば、こんな些細な事で勝負に発展していた。それが今は、涼しげな様子で受け流せる女子になっている。これは千奈津にとって、結構な驚きだった。
「ネル師匠がいない今だから聞くけど、悠那も刀子も本当にやる気なの? マリーさんの所での修行……」
「「当然っ!」」
「………」
一寸のずれもなく、2人は声を合わせて答えた。2重の意味で気が使えるようになった刀子も、やはり本質は悠那寄りのところにあるようだ。その返答を聞いて、千奈津の眉間にしわが寄せられる。
「ネル師匠とマリーさんの戦い、どう思った?」
「「凄かった!」」
「恐怖とか、戦いたくないとか、そういう感情は出てこなかった?」
「「ワクワクした!」」
「………(ズン)」
「あっ、千奈津ちゃん!?」
「おい、どうしたっ!?」
千奈津、料理に向かって顔を突っ込み、あえなく撃沈。あらゆる危機を事前に察知する『加護』のスキルを持つ彼女にとって、あの戦いで感じた身の危険は度が過ぎるものだった。体感でいえば、通常の何倍も恐怖を感じていたんだろう。
あんな人類の範疇を超えた存在の下で、何をされるかも分からない修行をする。自らの師匠だけでも手一杯なのに、それはないだろうと匙を投げたい気持ちで一杯だった。デリスの反応を見るだけでも、何となく事の重大さが察せられる。察せられるが、流石にあのレベルの魔物が相手では、どうする事もできない。同志である筈の2人はこの調子だし、頼れる先は最早デリスしか残されていなかった。
「悠那、刀子。私に何かあったら、相談所の引継ぎを…… あ、それは駄目だ…… 迂闊過ぎる……」
「ち、千奈津ちゃーん!」
こうして千奈津は医務室へと運ばれて行った。
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