第269話 大喝采
俺とアガリアの共同制作による障壁は、見るも無残に粉砕された。障壁の中より出でるは、全てを焼き焦がし、全てを溶かす灼熱か。或いは全てを切り刻み、全てを四散させる暴風か。やれる事はやったんだ。我が人生、思い起こせばなかなか悪くなかったんじゃないかな……?
「ちょっと、何勝手に黄昏ているのよ?」
「……いや、まあこうなると思っていたもので」
俺は生きていた。俺だけじゃない。ハルも千奈津も、他の皆も無事に生きていた。そして気が付けば、目の前にはネルがいた。
「な、何が起こったんだ?」
「団長達を囲っていた結界が弾けたと思ったら、炎の壁がせり上がって…… 団長が助けてくださったのか?」
そう、ネルとマリアの周りにあった結界は破られてしまったが、その代わりそこには紅蓮の壁が出来上がっていたのだ。炎の壁の中に閉ざされたエネルギーは、その莫大な威力を外側に出す事なく消滅させる。そしてその壁も、さっきのネルの声と同時に消え去っていった。
「ちょっと、ネル。貴女こそ戦いから抜け出して、勝手に何やってるのよ? 身を引いたって事は、妾の勝ちになっちゃうけれど…… 良いの?」
「別に構わないわよ。はい、私の負け。それで満足でしょ?」
「え、ええっ!?」
「何よ、その意外そうな顔は? 当然でしょ。私達の我が侭に付き合って、こんなにもお膳立てしてくれた夫を見殺しにする妻が、世界のどこにいるってのよ。足りないところは私が補う、倒れそうになれば支える。それが妻ってものなんでしょ、先輩?」
「~~~っ!」
俺の真の切り札、それはネル自身を信じる事だった。もう十数年の付き合いになるネルが、こんな事で俺や友人知人弟子達を巻き込んで詰まらない喧嘩に興じるものか? 答えは言うまでもなく、確実にノーだ。いくら突貫第一主義者だからって、物事の分別までは失っていない。まあ、最後の妻たる者の矜持を語ってくれたのはちょっと予想外だったけど。一応の既婚者であるマリアに対して先輩とは、見事な不意打ちが決まったな。
「さ、流石は団長だ! うおお、ネル団長ー!」
「何て素晴らしい演出なのかしら。素敵ね……!」
来客達から割れんばかりの拍手が送られる。良かった、何とか誤魔化せてる。
「デ、デリスさん。もしかして、これも想定していたんですか……?」
「当然だ。俺はネルを信じていたからな。でなけりゃ、こんな結界が破壊される前提の戦いなんてさせないよ」
「もう、どの口が言うのよ……」
「わあ、ネルさん嬉しそう!」
「う、うるさいわね!」
「あはは、なら僕にも一言伝えておいてほしかったかな。本気で死ぬかと思ったよ。いや、ホントに……」
終わってみれば、とんでもない出来レースだったかもしれない。作った障壁が壊れそうになれば、戦いから離脱したネルが俺をフォローし、皆を護る。これぞ、真の共同作業という奴だろう。
「何綺麗に纏めようとしているのよー! 妾、もしかしてダシに使われた? あんなに目立っていたのに、主役じゃなくて脇役だった!?」
「もしかしなくとも、そうじゃろうよ。デリスめ、何か企んでいるとは思っておったが、まさかマリーを使ってこのような演出を手掛けるとはな。ワシらが祝う予定だったのが、逆に驚かされてしまったわい」
「うがー! 納得いかな~い!」
「それは何より。しかしだ、ヴァカラ。お前すっかり司会の仕事忘れてない?」
「む……?」
数秒の沈黙。そっと客人達の方へと向き直る骸老。
「皆の者! これにて披露宴最大の催し、新郎新婦による共同作業の演目を終了とする! 今一度、今日の主役達に拍手の嵐をっ!」
―――パチパチパチ!
ここぞとばかりに、傍観者からサッと司会者に変身しやがった。
「俺よりも上手く誤魔化したな、あの骸骨……」
「まあまあ~。それよりも師匠、ネルさん! 披露宴はまだ続くんですから、今のうちに料理を食べて英気を養ってください! 私と調理場の皆さんで、今日の為に頑張って作りましたので!」
「おお、それは楽しみだ。もう魔力がすっからかんでさ、ちょうど腹が減ってたんだ」
『調理』スキルを得てメキメキとその腕を上げ続けているハルの料理は、美味いだけでなく魔力を回復する効果が含まれている。これまで、ハル以上にこのスキルを上げている奴に会った事がないからな。今以上に成長した時、更なる効果があるのではないかと期待していたり。何よりも美味いし。
それからハルに指定席へと連れられ、俺とネルがもっくもっくと肉とワインを嗜んでいると、ぷりぷりと機嫌を損ねた様子のマリアがやって来た。
「ネル! 今日のところは貸しにしておいてあげるから、またいつか決着を付けるわよっ!」
「決着って、戦いは私が途中離脱した訳だし、貴女の勝ちで終わったじゃない。これ以上何をするのよ?」
「試合には勝ったけど、勝負には負けたのっ! 女同士なんだから、この微妙な乙女心を汲み取ってよ!」
年齢不詳な乙女心なんて、同性だって汲み取れる筈がないだろうに。言ったらしめられるから、絶対言葉にはしないけど。
「そうね。それじゃ、私の弟子を育てるのを手伝ってくれたら、考えてあげても良いわ」
「弟子?」
「……え゛? ネ、ネル師匠……?」
「ちょっ、ネル!?」
おいおいおいおいおい! なぜに、よりにもよってマリアなの!? 実力だけなら大八魔の中でも随一とは俺も考えているけど、教える側の素質は皆無に近いぞ!?
「あっ、私も是非ご教授願いたいですっ!」
「お、俺も……!」
ハルと刀子も手を挙げ始める。お前ら、自殺志願者か何かなん?
「なら、この子達も一緒に―――」
「待て、待つんだ。ネル、落ち着け。いくら何でも、マリアに指導させるには早過ぎる。2重の意味で!」
「ちょっと、それってどういう意味よ?」
ハル達にとって時期尚早だし、お前も人にものを教えられるセンスがないって意味でだよ……! 加減を知らないマリアでは、流石のハル達も壊れてしまう。
「同じ大八魔に指導を願うにしたって、実力の近いフンドに頼んだ方が良いだろ? ほら、今は各国との協定を結んでいる最中だし、俺が手を加えて何とでも調整できるし!」
「私達よりも弱い奴に頼んで、一体何になるって言うのよ。レベルが上がれば上がるほど、それよりも上のクラスに行くには苦労と時間が必要になるの。これからのチナツ達の成長を促す事を考えれば、多少の無茶も乗り越えないとならないわ。フンドは弱過ぎるし、教え方が丁寧そうだから絶対苦労しないわ!」
お前、その台詞をあの死にそうな感じになってる千奈津の前で言えるのか? ……うん、言えるからここで言っているんだもんな。ただ、それは多少の無茶ではなく完全なる無謀だ。
「フンドさん、そんなに弱いんですか?」
「大八魔としてはどうしようもないわね! 攻め手がもしリムドだったら、先の戦争でジバ大陸全域をブレスで吹き飛ばしていたわ!」
「あ、それは妾も同意するー。フンドちゃんには、これからもっと努力してもらわないと~」
「むう……」
また渋い声が聞こえた! 今度は気のせいじゃ絶対ないし、この近くにフンドいるだろ! お前ら、この話題はもう止めて差し上げろ!
「ま、妾的にはネルが約束してくれるなら、別にやっても良いよ~? でもこの大陸にずっと長居はできないから、気が向いたら妾の国に来てよ。基本的にはお城にいるし、配下には話を通しておくからさ」
「交渉成立ね。そのうちお邪魔するわ」
「わあ、楽しみだね! 千奈津ちゃん、刀子ちゃん!」
「そ、そう、ね……」
「よっし、これでもっと強くなれる!」
ハルと刀子、俺と千奈津でのテンションの差がやばい。
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