第268話 脳筋でも分かる大八魔講座

 地獄の業火を宿したネルが、剣が、ドレスが舞う。観客達に考慮して速度を極力抑えられた、比較的ゆったりとした動きだったが、皆にはネルの姿がぶれているように感じられただろう。恐怖の権化として恐れられるネルの、だとしても超一流どころか世界一の剣士による剣の舞いだ。これが美しくない筈がなく、まるで魅了されたかのように魅入ってしまう。


「美しい……」

「団長ってあんな綺麗な戦い方をしていたんだな……」

「俺、知らなかった……」


 これまで残像さえも追えなかった騎士の面々が、目に映りさえすれば見惚れるものだったのかと惚けている。過程が如何に大事かって事が分かるワンシーンだな。ああやって過程を目にするのと、何の突拍子もなく派手に目標が破壊されるのとでは、印象に雲泥の差が生まれてしまう訳だ。その辺りをネルは全然気にしないから、兎も角怖いという先入観ができてしまう。まあ、その先入観はあながち間違ってもいないから、今までは訂正する必要もなかったんだが、今だけは嫁さんの綺麗なところを自慢したい。


「お、おい、あの子も凄いぞ!」


 対戦相手であるマリアにも注目が集まる。間合いから放たれるネルの剣筋を、マリアは周りに生成した紅い獣の風で受け流していた。彼女が操る獣達はどれも小型なもので、一見可愛らしくも見えるかもしれないが、それは大きな誤りである。唯でさえ強力なマリアの魔法を、さっき言った賢者の石並みの出力で補強しているんだ。ネルの一振りを弾いている時点で、その威力が計り知れないと容易に推測できる。獣達にはそれぞれに意思があるのか、全てが自立して行動している。好き勝手に攻撃する本体のマリアを護るようにと、そうプログラムされているのかな。


 しかもこの風、攻撃を受けた瞬間に爆発する盾と爆弾の役割を両方担っているようで、ネルと同じく攻防一体の魔法なのだ。いや、攻防一体と言っては語弊があるか。その爆発が起こる毎に、マリア自身も巻き込まれているし…… それだとネルの攻撃を防御する意味なくね? という疑問を置き去りのまま。破壊されるペースに合わせて、次々と新しい風の獣が大量生産されていくのにも舌を巻く。


「ほらほらっあっづ! ネル、こんなものなのいったぁい!」

「ああ、もう面倒ねっ!」


 彼女的にはネルの攻撃を受けるよりも、自らの魔法に巻き込まれるのを良しとしたんだろう。周りの風でネルの剣を弾き、自らは自滅するのもお構いなしに、近距離からの格闘戦に挑んでいた。熱いだの痛いだのと一々叫んで、幼気な女の子アピールを重ねている。 ……アピールなのかな、あれ?


「師匠、大丈夫ですか? 凄い汗ですよ……?」

「……ああ、大丈夫大丈夫。千奈津のリフレッシュも効いているから、精神上は大分楽になってるよ」

「それなら僕にも使ってほしいんだけどな~。地味に、キツイよ、この作業っ!」


 何を仰いますか、第一席のアガリアさん。大八魔のトップなんだから、これくらいは耐えてくださいよ。俺? 俺は人間だから、千奈津の手厚い介護が必要なんだ。む、これってリリィと同じ思考に陥っているのでは……


 と、色々な事を考えながら現実逃避を試みるが、やはり辛い。いくら目を背けようとも、無理ゲーという名の現実が肉体へと如実に表れてきている。今回ばかりはお調子者なアガリアも、嘘偽りなくキツイと言っているもんなぁ。


 2人が戦う様は、これでも大分落ち着いている。何といっても、観客達にも視認できるよう速度を調整してくれているのはでかい。それでも、ネルとマリアが繰り出す一撃一撃は相手を殺すという、確かな殺気が篭められていた。達人による演武の如く洗練されている一方で、中身の威力は怪獣同士が暴れているのと変わりない。


 結界の外からでは理解し辛いかもしれないが、ネルがあの速度でプルートを一振りする度に、結構な規模の村を一撃で焼き払うだけの熱量が放たれているのだ。それに対抗するマリアも同じようなもので、2人が衝突する事で威力は更に引き上がっている。剣と炎が、拳と嵐が交差する事でネルのレッドドレスが揺るぎ、マリアの体の一部が消滅。そして回復と再生を繰り返す事で、また最初の手順に戻る訳だ。


「そ、その煩わしいペット、あと何匹爆散させれば良いのかしら?」

「ふ、ふふっ…… もしかして、もう音を上げてるとか? 妾、まだまだめっちゃいけるしぃ」


 おまけに2人は負けず嫌いと、自ら身を引いて終わる要素が皆無。単純な殴り合いが、我慢大会に移行しつつある。


「(アガ)リア、まだいけそうか?」

「ぶっちゃけきついよ~…… さっきも言ったけど、スキルは借りれても慣れてはないんだからね……!」

「愚痴ってる余裕があるなら、まだ余裕そうだな。もうひと頑張りと行こうじゃないか」

「うう、催しをしたいとは言ったけど、こんなのは望んでなかったよー……」


 頑張れ、お前ならいける、俺もいける!


 ……だが、このままじゃ厳しいのも確かだ。


「よし、現実逃避のお勉強タイムだ。ハルと千奈津、刀子はこっそり聞いていけ」

「え゛…… ここでお勉強、ですか!?」


 ハルはあからさまに嫌そうな顔をした。だが頼む、観念してくれ。何か喋ってないと間も精神も肉体も持たないんだ。


「今回ばかりは私もどうかと思いますけど…… 障壁の形成に集中した方が良いのでは?」

「いや、もうそういう技術的な話じゃないんだ。根性とかそういうメンタルの領域に来ているんだ」

「あの、それってもう持たないって事なんじゃ……」


 流石だな、千奈津。正解に限りなく近い回答を毎回出してくれる。


「そうだなぁ、何について話すかなぁ……」

「ねえ、デリス? 話に集中する余り、手を抜いちゃったとかそういう冗談は止めてよね? 僕1人じゃやばいからね? そういうフリでもないからね?」

「大丈夫、俺は数々の試練を乗り越えて来た男――― ああ、そうだ。大八魔達についてでも話すかぁー」

「デリスさん、目が虚ろになってきてますよ!? 本当に大丈夫だと思ってます!?」


 ハッハッハ。さあ、現実逃避の始まりだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


デリス独断、脳筋でも分かる大八魔の能力ランキング


※全て俺の独断と偏見による順位である。


◇物理的破壊力


マリア>リムド>ヴァカラ>リリィヴィア>ゼクス>アガリア>フンド>アレゼル


◇魔法的破壊力


ヴァカラ>マリア>アガリア>リムド>アレゼル>リリィヴィア>ゼクス>フンド


◇不死度


ヴァカラ>マリア>ゼクス>リムド>アガリア>リリィヴィア>フンド>アレゼル


◇スピード


マリア>アレゼル>リリィヴィア>アガリア>リムド>ヴァカラ>ゼクス>フンド


◇保有軍事力


ヴァカラ>マリア>リムド>ゼクス>アレゼル>フンド>リリィヴィア>アガリア


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「と、唐突に何の説明ですか、これ?」

「聞いての通り、俺の偏見と独断が入り混じった大八魔の情報だ。今よりも高みを目指すとなれば、そろそろあんな戦いの中に身を投じる覚悟が必要となる時期になる。だから、それについての情報も少しずつ覚えてもらおうと思ってるんだ」

「あ、あの…… 別に大八魔の皆さんと無理に戦う必要はないのでは?」

「何を言っているんだ、千奈津。大魔王は倒される為にいるんだぞ? 無理して頭から煙を出しているハルを見習わないと」

「ええっ……」


 こいつら年中娯楽に飢えているし、才能溢れる奴には興味津々だからな。


「まあ安心しろ。説明の通り、マリアは大八魔の中でもバリバリの武闘派だ。いきなりあれと戦う事なんて普通ないから。パーティ戦で下の下なフンドと引き分けているうちは絶対無理」

「あの凄く強かったフンドさんが、大八魔の中では本当にその位置なんですか?」

「フンドに関してはほぼ確定でこれだ。それだけ上とは差がある」

「むう……」


 ん? 今どこかで渋い声が聞こえたような気が…… 気のせいか。ああ、本気の限界、ダムが決壊する音が聞こえてきた。


「このように、(アガ)リアはトップを張ってはいるが、能力的には中間に位置するものが多い。だから、ネルやマリアのような火力特化型が相手になると、なあ?」

「えへへー。うん、とってもやばいんだよね~」

「デ、デリスさん…… 障壁が、何か凄い震えてますよっ!?」

「「―――ごめん、もう無理(ニコッ)」」


 バキンと、ガラスが盛大に割れるような音がした。

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