第267話 大人だって子供の心は大体持っている
ネルがプルートを前に突き出す構えを取り、対峙するマリアは当然のように空中に浮遊しながら、上から目線でネルを見下ろしていた。ちなみに翼は不可視化している為、事情を知らない奴らはマリアが宙に浮いている事にまず驚く。
「あは、あははは…… あの子、団長と渡り合ってますよ、ダガノフ隊長。どうやら僕は夢を見ているようです。そうか、これは夢だったのか~。うふふ……」
「流石はネル団長とデリス殿の御友人、恐ろしい実力者だ……!」
ああ、それ以前にそこからか。騎士団の連中はネルと互角に戦える存在を見るのが、そもそもこれが初めての事。ヨーゼフでさえ予想していなかっただろう。まあ、これでネルさえいれば大丈夫、なんて安易な国防思考から抜け出せれば御の字かな。
「ね~ね~、ネルってば~」
「……何よ」
容姿相応の笑顔を携えるマリアに対し、ネルの表情と口調はとても冷たい。もし俺に向けられたら、無条件で謝罪するほどに冷たい。
「妾達が普通に全力で戦っても、観客達は目で追えないと思うんだよね。ほら、私達スピードは殆ど拮抗してるようなものだし」
「だから?」
「もう少し、サービスした方が良いんじゃないかなぁって。今更だけど、妾の目的はこの会場にいる皆に、衣装チェンジした妾の可憐な姿を見せる事なんだよ? ネルだって折角の披露宴なんだし、その辺に気を回した方が良いと思うな。デリスだって、ネルのその姿をよく見たいと思っているんじゃない?」
「………(チラッ)」
不意にネルがこちらに視線を送ってきた。え、俺? ここで俺に投げ掛けるの?
「デリスさん、早く何か言わないと……」
「わ、分かってる」
マリアの問いは、俺がネルの衣装を見たいかどうか、だったか? そりゃあ、俺個人としては見たいさ。こんな形式になってはしまったが、何と言ったって愛する嫁の晴れ姿だもの。ゼクスがこっそり撮ってる記録媒体を、後で貰う約束をしているくらいに見たい。それに、ハルの件だってあるんだ。披露宴らしく皆に分かるように戦ってくれれば、当然ハルだって十全に観察する事ができる。
しかし、しかーしだ。これだけの無茶を式でさせたんだ。ネルとしては存分にマリアと殴り合いたいって気持ちもあるだろう。その気持ちと花嫁衣装を俺に見てもらいたいって想い、それらがネルの心の中で、果たしてどちらが多く占めているのか。その辺を吟味して答えないと、俺にまで攻撃が飛び火してしまうかもしれない。
ぐっ、どっちが正解だ!? 2人を思いっ切り戦わせるか、披露宴を重視して見栄えを取るか、赤い悪魔か純白の花嫁か……!
「―――お、俺はネルの姿を、じっくり見たいかな、なんて……」
「………」
「ひゃー、そんな正面から言っちゃうんだ! 妾まで恥ずかしくなっちゃうかも。ぽっ」
黙れ年齢詐称。だが、肝心のネルの表情はまだ動かない。どっちだ、正解だったのか……!?
「……そ、そう。デリスがそう言うのなら、仕方ないわね」
正解を引いたぁーーー!
「刀子!」
「え、あ、えっ!?」
「いえーい!」
「い、いえーい?」
パァン! と、あまりの嬉しさに思わず視線の合った刀子とハイタッチしてしまった。それは死亡フラグじゃないかって? ははっ、まさか。
「だ、旦那の手に触れちゃった! もう、手を洗えない……」
「何言ってるのよ、トーコ。夢の中ではもっと凄いあんな事やこんな事とか、色々仕込んだでしょうが」
「でもリリィ師匠、今度は本物のデリスの旦那だぜ? 物本のデリスの旦那なんだぜ!?」
「刀子ちゃん、健康の為に手は洗った方が良いよ! うがいもした方が良いよ!」
「悠那、たぶんそういう事じゃないから」
何やら周りが騒がしくなってきた。お前達、お願いだから2人に集中してあげて! 折角気配りされた戦いをしてくれるって言うんだ。これを見なきゃ損だぞ。
「じゃ、具体的にはどうしよっか? ネル、何か良い案はある?」
「何よ、考えてなかったの?」
「えへ♪」
「………(チラッ)」
いや、えへじゃなくて。チラッじゃなくて。そこまで俺に振るのかよ。
「あー…… 移動禁止にした上で、真っ正面から殴り合いとかか? それなら派手だし、見栄えも良いと思うぞ。ただ時と場所を考えて、エグいのはなしで。できれば、結界を張る俺の負担を考慮して加減してもらえると―――」
「―――ってデリスが言ってるけど、それで良い? 妾は構わないよ」
「私の夫がそう提案したのよ。私だって問題ないわよ」
ねえ、一番大事なところで区切らないでくんない? どうして最後まで言わせてくれないのよ? そんな俺の心の叫びを無視するように、提案を受け取ったネルとマリアはさっさと2人の世界に戻ってしまう。
「ふふーん、良いのかな~。ネルの強さは馬火力と超スピードがあってこそでしょ? 確かに自前の炎で回復するのは頭おかしいくらいに厄介だけれど、妾の再生力とじゃ流石に分が悪いと思うよ? 妾の目的はこの衣装を皆に見せる事だし、無理に戦わなくても良いんだよ?」
「寝言は倒されてから言いなさいよ、条件はアンタも一緒でしょうが。それとも何? 自分の力に自信がないから、敢えて正面衝突を避けるような発言をしているの? あら、そうだったのならごめんなさいね。私、言葉の裏を読み解くのが苦手なのよ」
「そ、そこまで言っちゃうの? 妾に向かって?」
「貴女の方こそ訂正しなさいよ。突貫こそが私の本質、酷い侮辱よ」
「へえ……」
「ふーん……」
「「―――ぶっ殺す!」」
君らさ、ホントに人の話を聞かないどころか真逆に全力疾走してるよね。もういいよ、俺は止めないよ。全力で止めてやるよさあ来いや!
「遊びは終わりよ、レッドドレス!」
「妾の力、思い出させてあげる。セレスティアルゾア!」
ネルのプルートが、戦闘用ウェディングドレスが、みるみるうちに紅蓮の炎に包まれていく。宛ら炎で仕立てられたドレスのようだ。本物のドレスに炎が燃え移るような事はないが、あの炎は最早熱いとか熱傷するとか、そういう段階の代物ではない。これまで広範囲に散らせていたネルの炎が伴うエネルギーを、全てあの形に押し固めたものなのだ。煉獄を視覚化して、正しく表現したものと言えるだろう。普通はネルに近づくだけで、伝わる熱気で即死もの。仮に俺の障壁がなかった場合、ただネルがそこにいるだけで、この会場もただでは済まない惨状になってしまう。
そんな煉獄の最中にいるマリアはというと、彼女の周りに血混じりな紅い風の獣達を舞わせる事で被害を回避していた。風とは目に見えないものだが、マリアが生み出す風系統の魔法はあんな風に自分の血を依代に使っている為、紅い風が形成される。吸血鬼の血は魔力の塊、それを振り撒けば魔法も強化されるんじゃないの? という、頭の悪い発想から大昔に開発したらしい。しかしながら、その血が賢者の石並みの魔力を発生させるのは事実で、実際に超強化されているのだから手に負えない。マリアが生み出した獣の種類は様々で、狼や蝙蝠のようなシルエットを作っている。
……うん、無理っぽいな。ごめん、やっぱり最終手段を使います。
「(アガ)リア、ヘルプミー!」
「え、僕? 僕はデリスみたいに、強力な結界を張る力なんてないよ~」
「そろそろ冗談言ってる暇がマジでないんだ、真面目にやってくれ! 俺の神聖魔法貸してやるから、マジで頼む!」
俺の最終手段とは、アガリアの能力で俺の魔法をコピーして、2人同時に結界を施すというもの。向こうが紅蓮魔法と狂飆魔法で来るのなら、こっちだって2人で対応だ!
「えっと、光系統は久しぶりだから勝手がちょっと…… あ、あれ、こうだっけ?」
アガリア、お願いだから早くして!
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