第266話 殲血

 危ない危ない。まさか開幕した瞬間に、メイドイン・ゼクスの舞台が跡形もなく溶かされるとは。舞台裏にまで障壁を施していなかったから、少し焦ってしまった。威力は随分と殺せた筈だけど、衝撃の余波やネル達の殺気は少し外に漏れ出てしまったかも。ま、許容範囲だと自分に言い聞かせよう。気にしない。


「デリスさん、結構揺れてますけど! 大丈夫なんですかっ!?」

「大丈夫だ、ほんの少し油断しただけだ」

「師匠! この場合、ほんの少しの油断が命取りになるかとっ!」

「ゆれ、揺れていますわっ!?」

「く、空中に避難……!」

「旦那、かっけー…… って、違う違う! 皆、落ち着け! 落ち着いてテーブルの下に隠れるんだ!」


 おいおい、皆少し大袈裟じゃないか? こんなの、日本にいれば「お、すげぇ揺れてる!」って軽く警戒するくらいじゃないか。大丈夫、こんなのは日常茶飯事のレベル、詰まりは普段と何ら変わりないのだ。


 ……そう気楽に構えていないと、これからどれだけ続くか全く分からんこいつらの戦いになんて付き合えない。ああ、早く終われば良いな……


「結界の中、ずっと光が広がってて全然見えないよ! 太陽みたい!」

「気配も探るどころの話じゃないわ。結界内全体に2人の反応があるような気がするし…… これ、どうなっているんですか?」

「そりゃ単に、ネル達の移動スピードに追い付けてないだけだろ。この結界は、あの2人が全力で戦うにしては狭すぎるからな。あっちに行ったりこっちに行ったり目まぐるしく動いているから、内部全域に2人がいるように錯覚しているんだ」

「い、一体どんなスピードなんですか、それ……」

「どんなスピードって、うーん。そうだなぁ」


 また説明に困る質問を。2人とも似たタイプの戦法を取るし、物差しになるもんが他にないぞ。


 ネルは言わずと知れた突貫攻撃第一主義者で、やられる前に超威力の炎で相手の攻撃ごと薙ぎ払うのを好んでいる。ステータスに振るっているのはもちろん、耐久を犠牲にした上に成り立つ攻撃力と速さだ。尤も犠牲にしている防御面も自身の工夫で完全解決してしまっている為、殆ど無敵みたいなもんである。攻撃ごと薙ぎ払うとか言ったけど、そもそも先に攻撃なんてさせてくれない鬼だ。鬼畜だ。加えてこの結界の中を見て分かるように、射程範囲も頗る広大。超攻撃力×超スピード=最強と、単純にして明快な強さ。要は逆らってはならない。


 一方のマリアはというと…… 彼女は大八魔内の階級としては上から3番目であるが、純粋な破壊力と素早さは随一を誇る。魔力的な意味でもそうだが、仮にマリアがフンドと腕相撲をすれば、小指と両腕で対決しても圧勝できるくらいのパワーを持ち合わせている。完全なる容姿詐欺だな。唯一の救いはネルと同じく、防御面はそこまで優れていないという事だろう。しかし、吸血鬼の特性なのかは知らないが、マリアにはアホみたいな超再生能力が備わっている。頭や心臓を吹き飛ばそうが、髪の毛一本でも残っていればそこから再生してしまうのだ。なぜか着ている衣服まで再生する。昔ネルが試した事があるから間違いない。


 まあ結論から言うとだな、ネルとマリアはこの世界で最も速い位を争う2強にして、この世界で最も敵に回してはならない女の座を争う2強なのだ。そんなあいつらを相手に、どれだけ速いかなんて分かりやすく説明できる筈がないだろう。ただ、敢えて言うのなら―――


「―――あのスピードに追い付けたら、世界をとれる。俺が保証しよう」

「ええっ…… でも、そこまで真剣な顔で言われると、変に納得してしまいますね。と言いますか、デリスさん意外と余裕そうです?」

「それは違うよ、千奈津ちゃん。こういう時の師匠、他の事で気を紛らわそうとしているだけだから」

「ハッハッハ……」


 ハルはよく俺を見ているなぁ。そして、その判断は正しい。神聖魔法の最上位クラスで分厚く囲っているのに、もう手先から腕に至るまでどこもプルプル震えてるよ。


「千奈津、可能であればリフレッシュの魔法を施し続けてくれればありがたい。この前、スクロール買ってただろ?」

「本当にピンチみたいですね。了解です」


 しかし、こうも結界内が光ってばかりだと、ハルに見せたかった2人の戦いがよく分からない。戦いのレベル的にはどうしようもなく最上位クラス同士のもので凄まじいのだが、来客の受けもいまいちになってしまう。


「おーい、お前ら! これ、一応催しとしてやってんだからな! その辺も考えて戦ってくれ! 見えなかったらお色直しの意味がないぞ!」

「む? おお、そうじゃったそうじゃった。見栄えは大切じゃぞー」


 ヴァカラめ、司会の仕事を忘れて普通に観戦していやがったな。


 ―――グォン!


 俺の言葉を理解してくれたのか、それから直ぐに結界の内面を覆い隠していた炎の壁が消え去った。壁の向こうには頬から血を流すネルと、全身に軽い火傷を負ったマリアの姿がある。


「ふう、ふう…… あ、そっかー。妾ついつい楽しくって、お披露目の事を忘れちゃってた。えっへへー」


 マリアのぶりっ子振りがいつもよりあざとくなっているのを見るに、そこまで試合前の余裕はない感じか。なんて考えているうちに、マリアの体はすっかり元通りに、ついでにゴシックドレスも新品同様に新調されていた。相変わらずの化け物っぷりだ。


「………」


 ネルは自身の炎を指に灯し、それを頬の傷口にジジッと焼き付ける事で治療を施す。指先を離せば傷口は綺麗になくなり、こちらも完治。ただネルも肩で息をしてるようだし、今のところは互角かな。


「ネルさんのあの治療法、前に刀子ちゃんの攻撃を受けた時も使っていましたけど、あれも回復魔法なんですか?」

「あー、顔面目掛けてラッシュした時な。その直後にデコピンもらっちまって気絶したけど」

「おうぇっ!? と、刀子、命知らずだな……」

「ベルセルクを受けてみたいって言われたから、つい調子にのっちゃって…… って、そこまで心配される事なのか? 旦那、変な声が出てたぞ?」


 いや、少なくとも俺は変な声が出るくらい尊敬するし驚いたよ。しかし、一体それはどんな状況だったんだ? ベルセルクの乗った攻撃を食らいたいって、ネルには俺の知らないマゾな一面があったとか?


「……ないな、絶対ない」

「何がですか?」

「いや、こっちの話だ。ネルの傷が炎で治る話だったか。ネルのあの炎は、回復魔法なんかじゃないよ。仮に俺があの指先の炎を押し付けられたら、普通に火傷してダメージ食らう」

「んんっ? どういう事です?」

「ネルは『炎耐性』スキルの上位スキル、『炎無効』を通り越して『炎吸収』を持っているんだよ。自分の炎だろうが敵の炎だろうが、それに触れてしまえばダメージを受けるどころか回復してしまう代物だ。ネルの炎は最大の攻撃であって最大の回復策でもある、攻防一体の武器なんだ。炎の威力が高いほど回復力も比例するから、喩え致命傷を食らっても大抵は自力で復活できる」

「それって、全然隙がないじゃないですか……」


 ないよ、殆どない。さっきみたいに結界内を炎で満たした状況なら、随時回復しながら戦っているとほぼ同義だ。敵は焼け焦げるのに自分は回復というこの理不尽。炎消滅時に唯一あった頬の傷は、その腹いせにマリアが解除と同時に付けた嫌がらせみたいなもんだろう。くわばらくわばら。


「大量の水で押し潰すとかはどうです? 海の中で戦うとか!」

「ハルは泳ぐのも得意だったもんな。だけど、あいつなら海ごと蒸発させようとしそうで怖い」

「た、確かにネル師匠ならやりかねない、かも……」


 おっと、そろそろ2人が第二ラウンドに移行しそうだ。

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