第264話 超サプライズ

「ふむ、頃合いかの」


 ヴァカラが腕時計(メイドイン・ゼクス)を確認し、意味深にそう呟いた。そうか、もうそんな時間なのか。おっし! いいさ、やってやるさ。弟子が見ている前で無様な格好を晒す訳にはいかない。このデリス、一世一代の大仕事を見せてやろうじゃないか! ただ損害補償とかその辺は気になっちゃうから、後で大八魔の連中に別途分厚いご祝儀を頂くとしよう。うん。


「では、これより新郎新婦――― の、片一方はもう来ていたか。失礼、新婦の入場じゃ!」


 ドォーンドォーンと、ヴァカラが示した方向に火柱の花道が形成される。まるでプロレスやボクシングの入場シーンのようで、これは絶対に花嫁が通るべき道ではないと皆が思った事だろう。ああ、俺もそう思う。


「西、赤竜の方向! ネル・レミュール!」

「「「おお……!」」」


 お色直しを終えたネルは、先の教会でのドレス姿とはまた異なる衣装となって登場した。ザ、ウェディングドレスといった格好だった前とは違い、今回は純白のドレスに軽鎧を合わせた大胆かつ非常識な仕上がり。どう見ても戦闘用としか考えられない、ぶっ飛んだウェディングだ。スカートには際どいスリットが入っていて、こちらも機能性重視で刀子の衣装にも負けないエロさがある。先ほどから呟かれている感嘆の声が、その証だろう。


「ネル、敵ながらやるわね……!」


 色街のエロスリーダーであるリリィも、思わずうなってしまうほどだった。スタイルも反則的だからな。あと敵じゃないから、仲間だから。


 ちなみに、紹介文にあった赤竜の方向とはこの世界でいうところの青龍、白虎のようなものだ。その時々や地域によってこの喩えは変えられるもので、今回はネルのイメージカラーとして真っ赤な炎が採用されたんだろう。そして、そんな赤竜に対するは―――


「―――対するは東、黒蝶の方向! マリー・ガルイリー!」

「妾、登場っ!」


 偽名と共に登場したのは、漆黒のゴシックドレスを纏った大八魔第三席、マリア・イリーガル。『吸血姫』の二つ名に肖ってか、何処かの姫君のようにも感じられる佇まいだ。ネルの衣装とは真逆に肌を殆ど見せず、肘まであるグローブやタイツで覆い隠している。頭に乗せている可愛らしい金の王冠はもしや自前か、それも物本の王冠じゃねぇかと邪推してしまう。皆の反応はこれまた一様で、こんな小さな子供が相手なのかと驚いているようだった。


「あら、随分と地味な格好で来たじゃない。貴女の事だから、もっと派手な装いで現れると思ったのだけれど?」

「ふふん! 下品に着飾るだけじゃ、真に見惚れさせる事はできないのよ? まあ、まだまだお子様なネルには、ちょっと早い話だったかしら?」

「ふふっ、相変わらず口だけは大人びようと必死、あら失礼。達者なのね。微笑ましく思えちゃう」

「わあ、奇遇ね! ちょうど妾も同じ事を考えていたんだ~」

「「………(ニゴッ!)」」


 もう駄目かもしれない。


「師匠、あの子って大八魔の―――」

「あー、今は身分を隠しているからな。設定上はとある国のお姫様で統一世界王者とかいう、ふざけた感じなんだが…… あながち間違ってはいないとだけ言っておこう」

「え、えっと…… ネルさんの相手をするって事は、それだけ凄く強いって事ですよね?」

「まず間違いなく片手で数えられる中には入るな。ハル、お前が目指すべき最終目標、そのうちの1つだと思って良い。この戦い、見逃すなよ?」

「はい!」


 そう、大八魔の戦いを間近で見られる機会は早々ない。だからこそ、これをハルに見せたかったんだ。この2人の戦いを通じて、ハルならば何かを掴み取ってくれると俺は確信している。が、その代償を甘く見過ぎていた感が、いや、もう遅いんだけどね……


「あれっ? 師匠が腰に差してる剣って……」

「気が付いたか」


 千奈津がネルの得物に注目したようだ。あいつが腰に差している剣は、千奈津に渡した炎魔剣プルートの代用品などではない。本物の炎魔剣プルート、正真正銘ネルの愛剣だった。


「このレベルともなれば、そこらの名剣や最高級品の代用品じゃ持たないからな。ちょっとの間だけ返してもらう事にしたんだ」

「一体いつの間に……」


 そこはまあ、アレゼルの力でスッと。


「この戦いが終わったら杖に戻して返すからさ、悪いけど辛抱してくれ」

「いえ、元々ネル師匠のものですし、私は構いませんけれど…… あの、副団長として騎士の皆さんの声を再び代弁しますが、本当に大丈夫なんですか? この会場、吹き飛んだりしませんか?」

「……おいおい、こんなめでたい席で新郎の失敗を心配するなんて、千奈津らしくないナンセンスな質問じゃないか」

「その微妙な間が既に怪しいです。ナンセンスでも人命が第一なんです。今のうちに避難を進めて―――」

「―――千奈津神、それはストップ! 不味いって! 準備の不備を理由に俺がネルに殺されるって!」

「では、どうするんです? ……え、千奈津し、何て言いました?」


 おっと、口が滑った。しかし、記念すべき披露宴で客の避難なんて敢行させれば、ネルや大八魔の連中から不満が出る事は必至。それは避けなければならない。


「そんな事をしなくたって、俺が当事者として責任を持つ! 万が一に備えての策も考えているんだ。だから、早まるな……!」

「千奈津ちゃん、師匠を信じようよ。あの・・師匠が全くの無策で、こんな催しを提案する筈ないもん!」

「……そうね、あの・・デリスさんが何の考えもなしに、こんな無謀な事をする筈がなかったわね。すみませんでした、デリスさん」

「いや、まあ、うん」


 信頼されている筈なんだが、少しばかり嫌味を感じるのは何でだろうか?


 ―――メラッ……!


 っと、俺らがこうしている間にも、ネルとマリアの間で熾烈な舌戦が行われていたようだ。ネルのプルートに炎が灯って、僅かにその熱がここに届いている。そろそろマジで障壁を張らないと。


「「バーカバーカ!」」

「おっと、これは開始前から激戦の予感! 両者とも一歩も引かず、相手に罵倒を投げ掛けておるぞ!」

「おい、ヴァカラ」

「む、デリスか。どうした?」

「そろそろ始めさせよう。でないと、お前の開始宣言前に勝手にやり始めるぞ、あれ」

「それはいかんな、実にいかん。では皆の者、いよいよ超サプライズバトル開始の時間がやって来た! ルールは先の戦いとは違い、手を付いた障壁に触ったなどというジャッジは抜きに、互いが満足するまで行われる! 何、心配する必要はない。ここにおる新郎デリスが、初めての共同作業をやり切ってくれるであろう!」

「「「おおー!」」」


 変に煽るなハードルを上げるな……!


「2人とも、用意と心の準備は良いかの?」

「当然、さっさと始めて」

「あはは、全力を出すのは何年振りだっけ? 光栄に思いなさいよね、ネル!」


 今、全力って言った? 言っちゃった?


「よし、それでは始めるとするかの。では――― 試合、開始ぃーーー!」


 その瞬間、大地が震えた。

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