第263話 真打
―――トン。
それは猛烈な勢いとは裏腹に、驚くほどに静かな音だった。まるで肩に軽く手を置くように、衝撃は障壁に吸収されてしまった。
「……クソが」
「それまで! トーコの障壁への接触を確認した! よってこのサプライズバトル、ハルナの勝利とする!」
老紳士の宣言の後、会場からは大声援と大喝采に包まれた。短い時間だったとはいえ、その試合内容は実に見応えのあるものだったからだ。観客の大多数は大まかにも理解していなかったが、2人の応酬の凄まじさに心から拍手を送っていた。
「はぁー…… ったく、ここまで努力しても駄目だったか。ああ、いや、お前もいつも通り、全力で努力してるもんな。わりぃ、失言だったわ」
「刀子ちゃん、本当に変わったね?」
「ん、そうか?」
通算何十回目かの敗北を認識した刀子が、頭を掻きながら首を傾げる。
「うん。だって最後に私がタックルした時、やろうと思えば攻撃できた筈だよね? 私もある程度は覚悟していたんだけど、全然攻撃が来なかった。どうして?」
「馬っ鹿だな、悠那。これはデリスの旦那を祝う祝砲みたいなもんなんだぜ? あの時点で俺が数発拳を叩き込んだとしても、お前は絶対に止まらなかっただろ。こんなめでたい日だ、旦那の弟子であるお前に無駄な怪我をさせられるかよ」
「………(じー)」
「な、何だよ?」
口を開け黙ったまま自分を見詰める悠那に、刀子は少し動揺しながら問い質す。
「ううん、やっぱり変わったなぁ~って」
「お前さ、たまにすげぇ失礼だよな」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「えー、素晴らしき試合を魅せてくれた2人に、もう1度大きな拍手を!」
―――パチパチパチ!
ハルと刀子のエキシビジョンマッチが終わった。ああ、いよいよこの時が来てしまったか。ハルの投擲や刀子の新技を問題なく緩和していた事だし、アレゼルとゼクスが用意してきた装置は正しく稼働している。この世の障壁発生装置に、あれ規格であの規模の出力を出してしまう代物は、恐らく存在しないだろう。それだけ規格外な発明品だと感心してしまう。
だがしかし、これから行う
「―――師匠、こんなところに座りこんで、何をしているんですか?」
「え、デリスさんですの?」
「今日の主役のかたっぽ…… 先に登場……?」
「デリスさん、出てくるのが早いですよ。師匠に見つからないうちに戻ってください!」
「えっ、だ、旦那っ! デリスの旦那なのかっ!? やばいよ、リリィ師匠! 今の俺、破廉恥じゃないか!? 試合の後で化粧が変になってないか!?」
「大丈夫、十分に可愛いわ。逆に汗が情欲をそそって良い感じよ」
……何か次から次へと現れてきたな。俺、一応観客達の中に隠れていたつもりだったんだけど。少しばかりハルの勘の鋭さを見くびっていたようだ。反省反省。
「ああ、ハル達か。何、ちょっとした野暮用だよ。これから俺達の見せ場だから、入念に準備しようと思ってな。それと、2人の戦い振りを確認しに。決して間違って出て来た訳じゃないから、そこは安心してくれ」
本当は注目されながら出てくるのが嫌ってのもあるんだけどさ。
「2人とも、良い戦いだったぞ。会場もかなり盛り上がっていたし、これならあいつらから不満も出ないだろ。掛かった時間も適切だった」
「ありがとうございます! 私も楽しかったです!」
「お、おう。俺もまあ、何だ。迷惑掛けた借りを返せて良かったぜ。えっと、それで…… ど、どうだった…… んだぜ?」
「ん? 良かったと思うぞ?」
「いや、そうじゃなくて…… もっとこう、具体的に」
刀子が視線を逸らし、もじもじしながらそんな事を言い出した。ほんのりと頬を染めながら、そんな事を言い出した。
おい、リリィ。何か刀子の様子が変だぞ。具体的に言えば、見た目はヤンキーなのに中身は純情少女みたいになってるぞ。いや、前からそんな感じはあったけどさ、より女らしさが増しているというか、破壊力が増しているというか…… 兎も角、何かやばい。
「ハルはいつも通り、全力で試合に勝ちにいっているな。さっきの戦い方も前に前に踏み込みつつ、裏の裏をかきまくる良い意味での嫌らしさがあった」
「師匠の性格を参考にしてみました!」
「ハッハッハ、それはどういう意味なのかな?」
俺の弟子は些か素直過ぎるかもしれない。率直に的確に俺の心を抉ってくる。
「刀子は、そうだなぁ」
「う、うん……」
「前に悠那と戦った時よりも、確実に強くなっていた。これは何も、純粋な強さだけの話じゃない。肉体的にも、精神的にもだ。劇的な成長を続ける悠那もそうだが、刀子の変化にも同じくらい驚かされたよ。よく頑張ったな」
「そ、そうか? へへっ、そっか……!」
ニカッと不器用に笑う刀子。だからそんな裏表のない笑顔を投げてくるなと。リリィもどうだ、良い仕事をしたでしょとばかりにサムズアップするな。
「さあさあ皆の者! 前座の戦いは楽しんで頂けたかな? 言わずとも分かっておる、興奮冷め止まぬといったところか。だが、本番は正にここからじゃ! いよいよ本日の真打、花嫁ネル自身が行う大一番の試合を行う!」
「「「「「えっ?」」」」」
司会進行役のヴァカラの声に逸早く反応したのは、会場の警備に徹していた騎士団の面々だった。おいおい、あいつ何を言っているんだ。正気か? え、本気で? マジで? そんな思いの丈が顔色に表れている。カノンなんか手に持っていたグラスを落とす有様で、ダガノフ老に叱られ――― いや、ダガノフ老も固まっていらっしゃった。
「え、ええと、騎士団長が戦うんですか?
「うむ、そうじゃよ」
「あは、あははは…… た、確かにそれは見応えのあるものですが、何も披露宴で花嫁が戦わなくても…… それに騎士団長に見合う相手なんて、見繕える筈がないですよ。あははは……」
「ホッホッホ。そう心配するでない。この超サプライズバトルで戦うは、その花嫁自身が指名した相手じゃ。何の問題もありはせんよ」
何とかして試合を阻止したい騎士達の質問を、ヴァカラは面白おかしく退けていく。必死だ。とても必死だ。
「安心せい。その為にこの結界を作り出す装置と、初めての共同作業役の新郎がここにおるんじゃなからな」
「デリスさんが? あっ、もしかして相手というのは―――」
「―――俺じゃねぇよ。俺はこの装置に上乗せして結界を張る役回り。ネルの戦いを周囲から支える、そういう意味の共同作業だ」
何とも騎士な嫁らしい披露宴になったもんだ。カノンも感動して涙を浮かべている。
「デ、デリスさん、大丈夫ですよね? デリスさんなら、団長の攻撃の余波も止められますよね……?」
「……努力はする」
「デリスさぁーーーん!?」
いや、ネル単体ならまだしも、今回はあいつも一緒だし。責任感の強い俺は、無責任にできるなんて言えないよ。それにカノンよ、少しはお前の後輩達のお気楽さを見習ったらどうだ? あれだぞ、あれ。
「ネル団長の戦いを拝見できるなんて、何て光栄な事でしょうか! ウィー、
「テレーゼさん、その考えは早計…… 瞬きをする事で、よりクリアな状態で観戦できる……」
「相手は誰なのかな、楽しみだね! あれ、千奈津ちゃんどうしたの?」
「うう、頭が……」
「旦那のタキシード姿、かっけーなぁ……」
ほら、自由だろ?
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