第262話 気功術

 刀子の持つスキルの名は『気功術』。人体が持つ目に見えない力、オーラやチャクラ、気の力などと呼ばれるものを扱う能力だ。現代では魔法的な意味合いではなく、関節の駆動や呼吸法の駆使、そういった技術の集大成を示すものである。しかし、この世界においての気功術は肉体に宿る精神的な力が本当に具現化する。それは刀子が悠那の攻撃を防御する際の盾となったり、気を飛ばして遠距離からの攻撃を可能にしたりと、使い方は様々だ。


 使用者の練度に応じて気は柔らかくなり、また硬くもなる。気を全身に展開したり、体の一部に集中させる事もできる。刀子はドッガン杖の一撃を防御する際、鉄壁の防御では反動で腕にダメージを受けてしまうと判断して、ゴムまりの如く衝撃を吸収する性質の気を両腕に集中させた。攻撃を飛ばす時はそれとは逆に、極限まで気を押し固め正拳突きをそのまま放ち出す事をイメージした。それら力の運用の仕方は、悠那をもってしても脅威となるものへと昇華。刀子にとって満足のいく結果へと繋がったのだ。


「想像通りにできるようになると、頭を使うのも悪くねぇって思えるようになるよな。ま、勉強は相変わらず嫌いだけどよ」

「う、うん、そうだね……」

「……ああ、お前はお前だったな」


 この世界の人間にとってはなかなかイメージし辛いものではあるが、格闘をモチーフにした格ゲーやバトル漫画の王道を好んでいた刀子にとって、この力の応用法は直ぐに理解できるものだった。何せ日本の娯楽にはそういった類の力が五万と表現されており、参考にすべきものが選び切れぬほどに潤沢。刀子はそれら知識を総動員して、やれそうな事を兎に角試し、試行錯誤を繰り返した。


 それに加えて刀子の気功術のレベルアップを底上げしたのが、リリィヴィアの下で学んだ接待だった。自分の好き勝手に振舞うのではなく、相手が求めるものを察し自らその期待に応える。対象のちょっとした変化に気付き、場の空気を読む。気を遣う、気を使う―――


 リリィヴィアは最初からこれを狙っていたのだろうか。一見気功術とは関係のないこの行為も、立派に刀子の鍛錬となっていたのだ。彼女のスキルは今や気功術には収まらず、その上の気功王、更には気功神の高みへと刀子を押しやり、その力をより確かなものとした。


「な、何という言葉遊び……」

「あながちそうとは言い切れないわよ。空気を読めるのは何事にも敏感だって事だし、相手が何を考えているのか察する事に長ければ、極端な話読心術みたいにもなる。スキルの成長と関係なくたって、どれも昔の刀子には足りてなかった要素ばかりじゃない。刀子は精神的に成長したし、得意とする格闘術を主とした戦術の幅も広まった。ふふっ、結果としてなかなか手強くなったわね」


 刀子の出来によほど自信があるのか、リリィは少し誇らし気だ。


(やっぱり、リリィさんは師としての才能があるんじゃ……?)


 千奈津は心の底からそう思った。


「お互い、様子見はこのくらいで良いよね? 勝負しよっか」

「ははっ、そんな目で見られるのはいつ振りだろうな。旦那以外にときめいちまったぜ」


 悠那が舞台を蹴る。まだ体験した事もない刀子の力を、今確かめずにいつ確かめるのか。そう心を躍らせながら、刀子を注視する。


「おっらぁーーー!」


 対する刀子は先の遠距離攻撃を連続で放ち始める。1発で仕留められないのなら、2発、3発と弾数を増やせば良い。単純だが至極真っ当な解決策だ。


 だが、それでも悠那は正面から攻めて行った。短期決戦、老紳士がそう宣言したからだろうか。無駄を省き、手間をなくし、悠那は刀子の攻撃の中へと突き進む。


「ふっ!」

「なぁっ!?」


 あろう事か、悠那はドッガン杖越しに刀子の攻撃を弾いた。否、正確には流したというべきか。


 フンドとの戦いにて、悠那がドッガン杖通しでも合気が使えるようになっていたのは承知の事実。そして、このドッガン杖はベルセルクを付与した刀子の攻撃が直撃しても耐えられる事が可能。視認できない攻撃だろうと、前にディーゼの魔法で薄く黒煙を散布すれば、どこに攻撃が飛んでくるのか、どんな規模なのかを把握する事ができる。


 それら全てを利用して、悠那は刀子の攻撃を尽く合気で受けながした。気功ファンタジーに対するは合気ファンタジー。なるほど、至極真っ当だ。受け流された刀子の弾丸はそのまま結界に衝突、悠那はほぼ無傷のまま、刀子の眼前にまで辿り着く。


「ははっ! そんなんありかよっ!」

「飛ぶのが拳だと分かれば、距離なんて関係ないっ!」


 ドッガン杖による一撃。巨大な凶器も悠那にかかれば、ジャブの如き素早いスピードで振り回せる。しかも、今回は叩き付ける打撃の攻撃ではなく、飾り刃で斬る事を主眼に置いた性質の異なる攻撃だ。前と同じ防御法では、盾となるオーラごと刀子も斬り裂かれてしまう。今度は攻撃の時のような、超硬度のオーラで受け止める。


「っちぃ!」


 かと思えば、今度は杖の底側を使っての打撃が返す刃で迫る。まるで打撃と斬撃の嵐。刀子が鍛錬を積んできたように、悠那とて昔のままではなかったのだ。必然的に刀子はその両方に対応せざるを得なくなり、右腕を左腕で別々の気を練って、その都度に防御を選択する。


 ―――ガン! ザン! ダァン!


 悠那のドッガン杖の攻撃を無傷で受け切るには、両腕に全ての気を集中させる必要が生じる。よって、間違っても他の場所で受けてはならない。ミスは即致命傷へと繋がる。しかしそれは悠那も同様で、ドッガン杖以外の生身では刀子のベルセルクに触れられない。生身では合気で流すにしても、触れた際にどうしてもダメージを食らってしまう。悠那が押しているように見える激しい打ち合いは、その実かなりギリギリのところで攻防が成り立っていた。


「っ!」


 猛襲の中の1つに、合気による弾きが混じっていた。叩くでも斬るでもないその悠那の攻撃は、刀子の右腕を猛烈な勢いのまま舞台の表面へと向かわせる。が、刀子は右腕が舞台に接触するとは考えていない。彼女の腕は気で包まれている為、そもそもこれを解かない限りは接触の心配がないからだ。


「効かねっ―――!」


 ガクリと、唐突に刀子のバランスが崩れた。状況把握、足元の舞台が泥沼に変化している。ミリ秒でその事に気付いた刀子は、これが悠那の魔法である事に思考を繋げる。焦らない、冷静に。それでも、本能の長所は活かして対応する。


(眼前からドス黒い水の塊、遅ぇ! 死角気味にまた黒槍、これも素手で取れる!)


 超人的な洞察力と柔軟な対応力で、悠那が仕込んだ周囲状況を見切る刀子。足場が崩れ、右腕が弾かれようとも彼女であれば十分に反撃にまで手が出せる形勢だ。まずは槍をキャッチして、それから―――


 ―――ブンッ!


「おうっ!?」


 目の前から迫る毒水の塊を突き破るようにして、その中から何かが飛び出した。バランスを崩しながらも、刀子は上半身を大きく反らす事でこれを回避。その最中に、眼前を通り抜けるその正体を確認する。


(これは、悠那の杖……!?)


 そう、悠那はドッガン杖を投擲の弾として使用し、魔法で生成した毒水のど真ん中に向かってぶん投げていたのだ。 ……いつもの、である。


「魔法は投げるものだよ、刀子ちゃん!」

「ぐっ…… こんのぉーーー!」


 次いで迫るは悠那自身の弾丸タックル。不意に不意を重ねられた刀子の胴体は、ガッチリと悠那にホールドされてしまった。両足を気を強化するも刀子の足場は泥で踏ん張り効かず、代わりに悠那の進む足場からは泥が消えて舞台が顔を出す。押されに押され、刀子の背にぶつかったのは―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る