第261話 気遣いは大切

 ―――ドォン、ドォーン!


 試合開始を知らせる花火が華々しく空へと上がる。赤や青、黄、緑と色とりどりに空が染められ、街の人々は祭りでもあったのかと胸を高鳴らせながら、城から上げられる花火を眺めていた。しかし、式の会場にいた者達は違った。花火には全く目がいかず、ただ前を注視していた。


 皆が見守る先は舞台一択。催しとはいえ、この試合でぶつかるのは有象無象の魔王と一線を画す者達。早期決着を主としたこの舞台から発せられる2人の圧に、強き者は興味津々な様子で、それ以外の者はゴクリと喉を鳴らしながら視線を向けていた。


「悠那、今までの俺と一緒にされちゃ困るぜ? というか、主にお前が困る事になる」

「そんな事は思ってないよ。刀子ちゃんの努力の軌跡、見れば何となく分かるもん。それに、前にも増して優しくなった気がする。こんな試合が終わる前に、わざわざ忠告してくれるなんてさ」

「……ったく、お前は相変わらずみたいだな。良いぜ、あの目になれよ。今日こそは、俺がお前を越える!」


 刀子の叫びと共に、彼女の両手に目に見えぬプレッシャーが集まり出す。それと同時に悠那もモードを切り替えて、刀子のみを見据え集中した。


「リリィさん、あれは何ですか? 視認はできませんけど、危険な何かだって事は感じられます」

「ここでネタ晴らしするのは詰まらないでしょうが。チナツ、貴女にとっても実戦だと思って、トーコの力を予想してみなさい」

「な、なるほど……」

「でも、ヒントくらいはあげようかしら?」


 千奈津は思った。わあ、何だか師匠よりも師匠っぽい。と。


「トーコはね、私が支配する色街で接客という名の鍛錬をし続けた。本能のままに生きてきたのは何も悪い事ではないけれど、自在に操ってこその力だからね。獣の如く本能のまま生きているからこそリミッターを外せる。理性を残すからこそ生存率を高め、より高次元の戦略を取る事ができる。今のトーコはね、そのどちらも可能なの。気をつかう事を覚えたからね!」

「気を……? あの、それよりも色街って―――」

「―――さ、2人が動くみたいよ! よく見ていなさい!」

「はいっ、ですわっ!」

「はい……」


 いつの間にかテレーゼとウィーレルまでもが会話に入り込んで、千奈津の横で観戦していた。学級委員長である千奈津的には、色街という単語は許容できないもの。後で絶対に問い質そうと心に決める。


「いくよ、刀子ちゃん!」

「おう!」


 舞台をズゥンと強烈に踏み込み、距離を一気に詰める悠那。刀子の力は未だ不明だが、そんな事に恐れを抱く彼女ではない。分からなければ手を突っ込む、危険が及ぶ前に躱す、無理そうでも諦めないを信条として、刀子に向かってドッガン杖を振り上げた。


「まあ! ハルナさんが本気で踏み込んでも壊れませんわ、あの舞台! 全くの無傷、素晴らしいですわ!」

「職人の技……! これは特許を申請すべき……!」

「え、そこっ?」


 同時に、一部の外野も沸いていた。その反応を狙ったかのように、他の場所ではゼクスの高笑いとアレゼルの商品解説が行われ、別の形で観客達の注目を浴びる。


「ふっ!」


 まずは真っ正面、上段から振り落としたドッガン杖が刀子の頭上から襲い掛かる。如何に試合といえども、飾り刃を馬鹿正直に素手で受けては断ち切られるのは必然。喩えベルセルクを伴った状態でドッガン杖を攻撃しようとも、刀子へのダメージは避けられない。


「―――っ!?」

「へへっ、ずっと見たかったぜ。その驚く表情がよっ!」


 だが、あろう事か刀子は悠那のドッガン杖を音もなく弾いてみせた。もちろん、彼女の腕には何も装備らしきものも、隠し武器もない。正真正銘、素手で防いだのだ。悠那は即座に脳を酷使し、高速で思考する。


(叩いた感触がグミみたいだった。見えないけど、何かが腕の周りに纏わりついてる? さっき刀子ちゃんの両手から感じたあの変な圧の正体? 武器兼防具と思うべきかな。防御されれば、ドッガン杖も受け止められる。やるなら、かなり腰を据えて攻撃しないと)


 この間、ドッガン杖が弾かれて刀子が話し出すまでの一瞬である。戦闘時に限っては、悠那も千奈津と同様に『演算』系のスキルを使いこなせるようになってきたようだ。が、今隙が生まれたのは悠那側だ。刀子は逸早く防御を解き、拳を突き出した。防御された時とはまた違うと捉えた悠那は、体勢を崩した状態から空を蹴って紙一重で拳を躱す。


「ッチ、お前も『空蹴』を覚えてんのかよ。当たれば技ありだったのによ」


 空中で一回転した後に距離を取った悠那に対して、刀子はどちらかといえば嬉しそうな口調で語り掛ける。残念に思っているよりも、そうこなくてはと喜んでいるようだ。


「刀子ちゃんのその技も、なかなかに得体が知れないね。それを破るにはもう一工夫いりそうだよ」

「だろ? だけど、あれが全てだと思ってもらっちゃ困るぜ。こんな距離、今の俺にとっちゃ―――」

「………」


 再び悠那は嫌な予感を感じた。刀子の腕に、またあの圧が集まっている。


「―――あってないようなもんだからよ!」


 グゥオンと風を切る音を鳴らしながら、刀子が豪快に腕を突き出す。正拳突きの要領で放たれたそれは、空手家の模範ともなるべき完璧な動作であった。しかし、悠那と刀子の間にはまだまだ間合いがあり、とてもではないがその拳が届く距離ではない。


(それでも、届く!)


 己の直感が、あの攻撃は届くと告げている。悠那はそう警告する直感を信じた上で、その攻撃を躱さずに受ける事とした。ドッガン杖を前に出して防御を固め、直にその技の正体を確かめる為に。


「ぐっ……!」


 衝撃。気を抜けば一瞬で吹き飛ばされてしまいそうになる、強烈な衝撃だった。舞台にドッガン杖を突き立て、ガリガリと少しずつ後退しながらも悠那は耐える。時間すれば数秒もしない瞬間的なもの。それでも、悠那にとっては凄まじく濃い時間だ。


「ハァー。正面からそれ受けて、数メートル後退するだけか…… その杖の耐久性もおかしいが、やっぱ化けもんだな、悠那」


 悠那は背後の障壁に接触する事なく、間際で刀子の謎の攻撃を耐え切った。


「ううん、かなり効いたよ。拳をそのまま飛ばして、更にベルセルクの効果を乗せられる感じなのかな? ドッガン杖越しに受けてなきゃ、一発でノックアウトされちゃうところだった」

「あの一発でそこまで分析されちまうのも癪だが、それ以上に抜け目ないのな、お前。死角からこんな黒槍を飛ばしてきやがって。危うく横っ腹にぶっ刺さるところだったわ」


 刀子は左手に握った黒槍を舞台に放り投げる。悠那がどさくさに紛れて生成して、刀子の死角から襲い掛かるよう指示したクライムランスだ。刀子の腹部は僅かに血が滲んでおり、ギリギリのところで槍を掴み取った事が窺えた。


「ちょっと焦ってるところを見るに、刀子ちゃんのその技は攻撃と防御の両立はできないのかな? もしくは全身じゃなくて、拳とかの一部分にしか適用できないとか?」

「おいおい、こんな大勢の面前で弱点を探るような事をしないでくれよ。つか、もう何となく当たりはつけてんじゃねぇのか?」

「……『気功術』、だったっけ? 前にやった女子会で、刀子ちゃんがチラッとそんな話をしてたの、今思い出したよ」

「え、マジで? 俺、そんな事言ってたっけ? いや、まあ正解なんだけどな!」


 まだ卒業祭が始まる前の頃、バッテン邸で行った女子会。そこで悠那達はスキルについて話題に挙げ、将来何を会得するか話し合っていた。ちょうどその時に刀子が口にしていたスキルが、悠那の言う気功術だったのだ。


「あ、あの、リリィさん?」

「言ったじゃない。気を使う事・・・・・を覚えたって」

「そっちの意味ですか!?」

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