第260話 スタンバイ
「と、刀子ちゃん!?」
刀子の登場に驚いたのは、試合の主役の1人である悠那も同じだった。アレゼルからは催しとして試合が行われると聞いていただけで、その対戦相手が誰なのかまでは聞かされていなかったのだ。刀子の登場は客にとっても、千奈津や悠那にとってもサプライズな出来事だった。
「久し振りだな、悠那。俺と最後に会ってから暫く経つが、また強くなったみたいじゃねぇか。それでこそ俺のライバル、それでこそ旦那の弟子だ」
「あ、えっと、ありがとう! でも、どうして刀子ちゃんがここにいるの?」
「旦那が結婚するってリリィ師匠から聞いてな。まあ複雑な心境なんだけど、祝い事は祝ってこそだろ? 俺なりにできる事はないかって、師匠に嘆願したんだよ。それで回ってきた仕事ってのが、これって訳」
本能のままに生きていた今までとは違い、刀子はどこか穏やかな様子だった。言葉遣いこそは男勝りで粗暴な印象を受けるが、ただそこに立つだけでも細かい仕草に女らしさが感じられる。直感に鋭い悠那も、その変化にはもちろん気付いていた。
「刀子ちゃん、ちょっとスカート短すぎない? その、見えちゃうよ……?」
―――ほんの少しだけ、方向性は違っていたが。
「ははっ、そんなもんはお前が心配する必要はねぇよ。見たい奴は勝手に見ればいい。それが敵なら万々歳、アホ面ぶら下げているところに、俺の鉄拳を叩き込めるってもんだろ? これも立派な戦法――― そうだな、女の武器って奴だ。悠那には少し早いかもしれねぇけどさ」
「でも、今回の相手は私だよ? 男の人じゃないよ?」
「……し、師匠の命令で着せられてんだよ。察しろよ」
色々と理由を付けたものの、結局その服装は完全にリリィヴィアの趣味だった。
「リリィさん、結婚式に露出の高い服装は駄目なのでは……?」
「良いじゃない。花嫁がいない間だけだし、減るもんじゃあるまいし」
そして反省の色もない。
「おい、お主ら。司会のワシを差し置いて話を進めるでないぞ。後で飴ちゃんをやるから、今は静かにしていなさい」
「飴ちゃんって……」
「はーい!」
「うむ、良い返事じゃ。さあ、このサプライズバトルの趣向を説明していこう! この戦いに出場する2名は素晴らしき戦士であるが故、この舞台上のみを戦いのフィールドとする。しかし、勢い余って場外に出てしまう事もあるじゃろう。そうなれば観戦する皆に危険が及ぶ。そこで、今回は舞台の周囲に設置した障壁発生装置を使わせてもらう。この装置はその名の通り、強力な障壁を張り巡らせる事ができる機材なのじゃ。その効力はレベル7程度の攻撃までを、完全に無効化する事ができる!」
老紳士の説明に会場がどよめく。主に驚きを隠せないでいたのが、モンスター討伐や国の守護を生業とする騎士団の面々、そして腕に覚えのあるバッテン家などだ。レベル7とは如何なるものか? まずはそこからだった。
「レベル7の攻撃を、完全に、だとっ!?」
「そんな事が可能なのか? というか、レベル7ってどれくらいなんだ? レベル3の俺に分かるように教えてくれ」
「あー、冒険者ギルド公認のモンスター判断基準表によればだな――― あ、駄目だ。どんくらい強いのか、曖昧にしか書いてない。国が滅びるって誇張し過ぎだろ……」
次元が異なり過ぎれば、普通の物差しで実力を測る事は適わない。この場合も同意であり、結局凄さがよく分からなかった。
「ふっ、驚いてる驚いてる。何せ、あれはゼクスはんとあたしらクワイテット社の共同開発した代物や。そんじゃそこらのマジックアイテムとは訳が違うんやで」
「フゥーハハハハハ! 然り然り! 時代は科学、魔法もちょっぴり使ってはおりますが、過半数を占めればそれ即ち大体科学! あれは
高笑いをかましながら悦に入るゼクス。そんな彼を遠巻きで見守る警備の騎士達は、ヒソヒソと囁き合う。
「お、おい、あそこの騎士さん大丈夫か? 酒で酔ってるにしても、あれは笑い過ぎだろ。三段笑いしてるぞ……」
「しっ、目を合わせるなって! 結婚式に全身鎧で来るような奴だぞ? きっとデリスさんの知り合いだよ、絶対そうだ」
「ああ、なるほど」
デリス、流れ弾で世間体に被弾。但し、いつもの事なので想像以上に傷は浅かった。
「大層な結界って事は分かった。で、決着の方法は?」
「うむ。お色直しといっても、そこまで時間が掛かるものでもないからのう。あまり長引き過ぎるのも好ましくない。めでたい席での生死云々もご法度じゃ。相手を死に至らしめるような危険行為はもちろん禁止、裁量はワシ個人の独断と偏見の判断!」
老紳士が大袈裟に両腕で×の字を作る。
「禁止事項が偉く曖昧じゃねぇか?」
「まあまあ、所詮は催しの1つじゃて。あまり深く考えるでない。楽しむ事が第一じゃ!」
「あの、何か具体的なルールはありますか? 私、ノリでドッガン杖持ってきちゃいましたけど」
「得物は自由に使っていいぞい。ルールについてじゃが、あー、何じゃったかな?」
台詞をド忘れした老紳士は、どこからともなく台本を取り出し、ああ、そうそうと頷きながらそれを読んだ。
「敗北の条件はこのようにする。気絶などのノックアウト、足裏以外の部分が3度舞台に接触、結界への肉体的接触は即負け。魔法などは問題ないが、体の一部が少しでも結界に接触すれば合図が鳴る。まあ、簡易的な場外みたいなものかの。投げられたり突貫し過ぎたり、その辺りは注意するんじゃな」
「あの、舞台にも触っちゃ駄目なんですか?」
「その通り。これも試合を円滑に進める為のルールでな。あの舞台にも結界同様、こちらに接触を知らせる機能が備わっておる。接触した時点で1カウント、次に立ち上がるまではカウントされん。計3回で敗北確定じゃ。間違って転ばぬよう、十分に気を付けい」
「はい!」
「ああ、分かった」
以降に使用武器のチェックを終わらせ、両者は舞台へと上がる。今回悠那の腰にポーチはないが、その手にはドッガン杖が携えられていた。対する刀子は全くの素手で、武器は使用しないとの事。
「……悠那にとって妙に有利なルールですね。リリィさん、そんなに自信があるんですか? あのルール、リリィさんも一枚噛んでいるんですよね?」
「何の事かしら? とっても真っ当なルールだと思うけれど?」
「確かに刀子の『ベルセルク』は脅威です。ですが、悠那には合気があります。舞台と結界への接触を敗北の条件にするなんて、自ら利を捨てて負けにいくようなものじゃないですか。ドッガン杖のリーチ差だってあるんですよ」
「ま、確かにトーコにとっては不利なルールかもしれないわね」
「なら、どうして?」
「早とちりしないで。あくまで、昔のトーコだったならの話よ。この状態の私が仕込んであげたんだもの。変わってもらわないと困るわ」
「……? それって―――」
千奈津が再度質問しようするも、周囲の声援で掻き消されてしまった。試合開始を刻む時となったのだ。舞台を見れば、その両端にて悠那と刀子が構え始めている。
「それでは開始の宣言をさせてもらおう。試合―――」
「―――開始ぃーーー!」
「あ、ちょ、(アガ)リア!? それワシの台詞っ!」
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