第259話 サプライズ
悠那とマリアが準備とやらに向かってから数分、会場に動きがあった。カノンやダガノフを中心に、騎士団の者達が懸命にズズズ、ズズズと何かを動かしているのだ。会場に騒めきが起こり出すと、千奈津達もそちらへと目を向けるようになる。皆が歓談する中央にて、どこかで見た覚えのある舞台が運び込まれてきていた。それは千奈津だけではなく、テレーゼも、ウィーレルも、それどころかヨーゼフでさえ見覚えがあったものだ。
「ね、ねえ、あれって卒業祭の試合で使った
「テレーゼさん…… 心当たりは……?」
「ないですわ! 卒業祭で使用した舞台は見事に破壊されてしまいましたし、あれ以降運営チームから作らせる指示は出していない筈です。それに、あの舞台は卒業祭で使用したものよりも、かなり頑丈な出来ですわ! 土魔法を愛する私には分かりますのっ!」
「な、なるほど?」
テレーゼの説得力ある言葉により、あの舞台がとても頑丈である事が分かった。が、なぜあれが披露宴の会場であるここに運ばれているのかは、未だ不明だ。
「ハァ、ハァ……! ダ、ダガノフ隊長、なぜに我々はこんなものを運んでいるんですか……!?」
「知らん! 知らんが、ネル団長からの命令だ!」
「こ、これって、学院の卒業祭で使う舞台そのまんまですよっ……! 披露宴に使うものじゃないですって……!」
「カノン、口より体を動かせ! いくら文句を垂れようが、団長の命令に変更はないっ!」
「くぅ~~~! ムーノの奴、こんな時はいないとかぁーーー!」
どうも運搬している騎士の皆々も、その舞台を何に使用するのか知らされていないらしい。しかしネルの命令とあれば、まず逆らえないのが彼らの悲しい
(……何となく予想はついてしまったけれでも、流石に師匠でもそれはないわよね、うん!)
千奈津も着々とフラグを立てていた。普段の疲労がたたってなのか、それとも意図して現実から目を逸らしたいのか。まあ、どちらにしても結果は同じだ。
―――ズゥン。
重量感のある音を立てながら、傷の1つもない新品同様の舞台が会場の中央に置かれた。更に式で様々なアシストをしていたハンサム達が、その四方に細長い四角錐の形をした塔のようなミニチュアを設置し始める。ミニチュアといっても、それらは千奈津の身長以上はあるそれなりの高さだ。
塔の用途が分からず千奈津が首を傾げていると、徐に長身の老紳士が舞台へと上がり出した。白髪のオールバックでこれまた煌びやかな黒と金の衣装を身に付けた、見るからに威厳の塊といった印象を受ける男だ。
(………?)
千奈津はこの老紳士を目にした時、ちょっとした違和感を覚えた。かなりの歳を召しているように見えるが、足腰はしっかりしているし、表情も元気溌剌といった様子で生き生きとしている。なのに、白いというか、最早青ざめているレベルで顔色が悪い。体調が良いのか悪いのかどっちつかずで、かなり矛盾しているように見えたのだ。
そんな千奈津の疑問を余所に、舞台という名の壇上に上がった老紳士は両手を広げ、会場の皆に聞こえるよう声を張り上げた、
「さあさあ皆の者、ご注目! ワシはデリスとネルの古い友人で、名をジガという。何、ワシの事などこの場においてはどうでもいい。重要なのは、花嫁であるネルがお色直しをしている間、この場を大いに盛り上げる大役を担ったという事じゃ!」
「盛り上げ役…… 何かのイベントでしょうか……?」
「あら、楽し気な雰囲気ですわね! これは期待も高まるというものですわ!」
「嫌な予感しかしない……」
先ほどは少しばかり現実逃避してしまったが、もう千奈津の中では答えが出ていた。準備の為にと舞台裏に消えた悠那、卒業祭で使用した強化試合舞台、只ならぬオーラを発する謎の司会者―――
「気の知れた知人と話すのも一興じゃが、ワシにはそれ以上に皆が楽しめる余興を提供する義務がある! この催しの司会進行として、皆にサプライズバトルをプレゼント! 思う存分観戦して頂こう、最高峰の闘争というものを!」
―――ドォン! ドォーン!
どこからか、炎魔法の一種と思われる花火が打ち上げられた。こちらは魔法騎士団の面々による仕込みらしい。
「まあ! なぜに舞台なのかと疑問に思っていましたが、その答えがサプライズバトル、ネル団長の結婚を祝う試合なのですね! なるほど、これが騎士流という事ですか……!」
「ネル団長を祝うほどともなれば…… 生半可な実力者では割に合わない筈…… 一体、どんな猛者が……」
「2人とも、たぶん騎士云々は関係ないです。諸事情でそうなっちゃっただけだと思いますから」
疑念は確信へと変わり、千奈津は片手で頭を押さえながら首を振った。趣向は理解できた。これからあの舞台上で、悠那がサプライズバトルに参加するんだろう。しかし、その相手は? 一瞬、もしや自分が? などとも千奈津は考えはした。形式的には、花嫁と花婿の弟子同士での戦いになる。確かにうってつけではあるのだが、それであれば悠那にだけ連絡がいって、千奈津に何の連絡もないのはおかしい。
「じゃあ、その相手は……?」
「悩んでいるようね、千奈津」
「わあっ!?」
千奈津の隣には、いつの間にかリリィヴィアの姿があった。テレーゼ達も今初めて気が付いたといった様子で驚いている。
「リ、リリィさん、唐突に現れないでくださいよ。心臓に悪いですから……!」
「あら、ごめんなさいね。胃だけじゃなくて心臓にまで負担を掛けては、流石の私も申し訳が立たないわ。これからは足音を立てて登場するから」
「あ、ありがとうございます」
先の教会での演奏時と同様に、今も演技の真っ最中らしい。式中は大八魔モードになっていると宣言していたので、当然ではあるのだが。
「それはさて置き、この戦いの対戦相手について考えていたんじゃなくて? ハルナが出るところまでは、何となく予想しているんでしょ?」
「やっぱりそうなんですね…… 悠那、段々と試合前の雰囲気になっていましたから」
「そうでしたの!? 皆目見当もつきませんでしたわっ!」
「チナツさん…… もしや、探偵の才能があるのでは……?」
「………」
テレーゼとウィーレルは、今日はボケ役に回っているらしい。
「で、そのハルナの相手だけれど、チナツもよく知る人物よ。ちょっとだけ雰囲気は変わったけどね」
「私も……?」
「さあさあ、それではバトルの参加者に入場して頂こう! まずは新郎の弟子にして、本日の豪華絢爛たる料理を調理した立役者! ハルナ・カツラギ!」
「美味しく食べてくれると嬉しいですっ!」
千奈津とリリィが話をしている間に、舞台では悠那が登場していた。この為の動きやすいドレスだったのか、そのままの服装にドッガン杖を持ってくるという思い切った格好だ。会場の熱気は既に披露宴らしからぬ様相を呈してきているが、盛り上がっているかといえば大いに盛り上がっていた。
「続いて登場するは、うら若き乙女とは思えぬ色気を感じさせる謎の少女! トウコ・ミズホリ!」
「「「おおー!」」」
丈の短いスカートに、胸のラインが際どいドレス。そんな色気に満ちたドレスを身に纏って登場したのは、何とリリィに誘拐された刀子だった。思わず声を出してしまった男衆が賑わう一方で、千奈津は開いた口が塞がらない。
「そう、ハルナの対戦相手は私の弟子よ」
「え、ええっ!?」
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