第258話 誓い

 デリスがネルの左薬指に、ネルがデリスの左薬指に結婚指輪をはめる。さっきの騒動を完全になかった事にして再開された儀式は、実に神聖なものだった。連れ去られたムーノがどこに行ったのかは定かではないが、今ばかりは忘れておこう。それが幸せな時間を皆で享受する唯一の方法だ。


「よろしい。無事、2人の指輪が交換された事を認める。それではこれより、最後の儀式に移るとしよう。デリスはネルに未来永劫愛する事を誓い、ネルはデリスを永久に支える事を誓え。その証として、皆の前で誓いの口付けを交わしなさい」


 デリスとネルは改めて向かい合う。片手を握り、腕に軽く手を添えて。


「コソコソ(千奈津ちゃん、千奈津ちゃん! うわー、うわー……!)」

「コソコソ(こ、こら悠那、静かに……!)」

「コソコソ(そういうチナツさんも凝視していますわね!)」

「コソコソ(後学の為、これは後学の為です……)」


 弟子とその友人一同の熱い視線が師へと注がれる。しかし、当のデリスとネルもそれどころではなかった。ここにきて、ちょっと気恥ずかしくなっていたのだ。


「コソコソ(良いか? これが終わったら、もう引き返せないからな? 貰っちゃうからな?)」

「コソコソ(良いからもう貰っちゃいなさいよ。絶対に大事にしなさい。いい、絶対よ?)」

「コソコソ(……その顔は卑怯だなぁ)」

「コソコソ(し、知らないわよ……)」


 内心、結構な盛り上がりを見せる中で、デリスはネルにキスをした。誰が最初に鳴らしたのか、その瞬間に教会中に拍手の嵐が巻き起こる。祝福に次ぐ祝福、表向きだけの笑顔を携えてたヨーゼフも、仕方ないかといった様子でその中へと加わり出した。


「よろしい、2人は夫婦として神に承認された。皆様方、今一度大きな拍手を!」

「師匠ー! おめでとうございまーす!」

「綺麗ですよー!」

「うっ、うう……! 涙が止まりませんわっ!」

「テレーゼさん、ハンカチをどうぞ……」

「ありがどうごじゃいまず、でずのぉ……!」


 デリスとネルは皆の祝福の中で結ばれ、笑顔のまま抱き締め合った。感動のあまり力加減がちょっといけない感じになりはしたが、それは些細な事に違いない。


 ―――が、この後に待つは魔の披露宴。大八魔達の意見を大いに取り入れた正体不明のこのイベント、式のように平和的に終わるかどうかは、まだ誰にも分からない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 教会での式が終わり、小休憩を挟んで野外での披露宴が行われる。騎士団本部の敷地内に沢山のテーブルが置かれ、そこには悠那が統括した鉄人らによる豪華な料理が並べられていた。今は中休みの小休憩中で、デリスとネルは再び控室へ。招待された客人達は野外会場へと向かい、立食形式で歓談を楽しんでいるところだ。


 悠那ら勇者パーティ4人組も、教会での出来事から未だ興奮冷め止まらぬ様子で会話を膨らませ、ネルが綺麗だった、ムーノはある意味男らしかった、でもその後どこに行った? などと盛り上がっている。


「ネル団長、とても幸せそうでしたわね!」

「基本的にネル師匠、いっつもぷりぷりしてるからね。普段からあんな感じなら、デリスさんも接しやすいと思うんだけれど」

「逆に…… それが良いとか……?」

「えっ、師匠ってそっちの気がっ!?」


 場合によっては要らぬ方向へと話が迷子になりもしたが、大体は2人の結婚を祝う言葉である。


「ねえねえ、お姉さん達~」


 そんな時、彼女らに舌足らずな口調で話し掛ける声がした。それは可愛らしい少女のもので、何だろうと4人はそちらへと振り返る。


「貴女達が噂のデリスとネルの弟子?」

「「―――っ!?」」


 そこにいたのは可憐なドレスで着飾った小さな小さな銀髪の少女、クロッカスでのフンドとの戦いの終わりに突如として現れた大八魔第三席『吸血姫』マリア・イリーガルだった。彼女を知る悠那と千奈津は驚きながら臨戦態勢へと移行、ウィーレルもその場にいた筈なのだが、デリスばかり見ていたせいか首を傾げている。テレーゼに至っては爆睡していた為、全く面識がない。


(さっきまで同じ教会の中にいた筈なのに、今の今まで気が付かなかった……!?)

(大八魔!)


 同じ臨戦態勢でも2人の表情は別物で、深く深く深読みする苦悶の顔、そして嬉々として見るような顔になっていた。悠那が誘拐されたばかりの千奈津にとっては、最高に気が気でない相手。悠那にとっても最高の相手となっているのが皮肉である。


「あらあら、可愛らしい子ですわねっ! 気品を感じますわ! ……ハルナさん、チナツさん? 唐突に構え出して、如何しましたの?」

「えっと、ですね……」

「うふふ、ごめんなさ~い。急に話し掛けられたら、誰だって驚くもんね」


 悪戯を成功させた子供のように、クスクスと笑うマリア。そして彼女はスカートの裾をつまみ、優雅に挨拶をかますのである。


「はじめまして、妾の名前はマリー。良い? 間違えないで、マリー・・・よ。ここからはちょっと遠い国に住んでいるの。仲良くしてくれると嬉しいな♪」


 絶対に間違えるなよと念を押す、とても親切な挨拶だった。


「妾、デリスとネルとは昔からの付き合いでさぁ。今日はそんな2人の弟子と会えるって、結構楽しみにしてたんだぁ~」

「うふふ、そんな昔らからのお付き合いですの? マリーさんはおませさんなのですね」

「それほどでも…… あるかな!」


 マリアとテレーゼは気が会ったのか、クスクスオーホッホッホと嫣然と笑う。その光景が心臓に悪過ぎて、千奈津は既にギブアップ寸前だ。


「ですが、お2人の弟子はそちらのハルナさんとチナツさんだけですわ」

「うん…… ハルナさんがデリスさんの…… チナツさんがネル団長の弟子……」

「へえ、ふーん。なかなか良い顔をしているわね、貴女達。これからの成長が楽しみだわ」

「そ、それはどうも。マリ…… マリーちゃん」

「はいはいっ、私も楽しみにしてますっ!」


 悠那と千奈津の顔を覗いた瞬間、マリアの瞳が少し鋭くなった。値踏みされてるぅ! と、千奈津は瞬時にそう感じ取り、最早生きている心地を失っていた有り様。千奈津を普段護っていた加護の力も、こう周りが化物だらけでは、どこから危機が迫って来るのか予測がつかない。


「マリーさんは誰と一緒に来たのですか? お父様とお母様でしょうか?」

「ううん、リリィお姉ちゃん!」


 千奈津、吹き出しそうになるも何とか堪える。


「リリィさんの……? あ、ああ~! 言われてみれば、どことなく似ておりますわね! 至極納得ですわ!」

「えへへ、そうでしょ。ああ、そうそう。ハルナお姉ちゃん、アレゼルお姉ちゃんが呼んでたよ? そろそろ準備の時間なんだってさ。一体何をするんだろうね?」

「えっ、もう? うん、了解したよ! 早速行ってくるね!」

「あ、悠那――― ああ、もう! またいなくなっちゃった……」

「いってらっしゃーい」


 疾風迅雷、アレゼルに何を吹き込まれたのかは不明だが、悠那はまたも裏方へと駆けて行った。


「……悠那、これから何をするんですか?」

「妾は何も知らないよ? ただ、これから最高に面白い催しが開かれるかもなぁって。これは見逃せないねっ♪」

「絶対知ってますよね?」

「さて、どうだろね~」

「……? 何の話ですか……?」

「ううん、こっちの話。それじゃ、妾も色々と準備があるから、この辺で失礼するね。リリィお姉ちゃんをこれからもよっろしく~!」


 タタタッと歳相応の小走りで、マリアは悠那の後を追うように去って行く。無邪気を意図せず振舞う天使のように、彼女は周囲の大人達に生温かい目で見守られていた。


「お姉様想いの良い子でしたわね~」

「そ、そうですね…… そうだと願いたいです」

「チナツさん……? さっきから挙動不審ですが、大丈夫ですか……?」


 何かが起こってからでは遅い。ただ、今回何かが起こったとしても、それは自分が止められる範疇を越えているのでは? 千奈津の憶測は深く潜行し、眉間のしわもより深くなっていた。

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