第237話 最終形態

 地響きが続く。いや、その震源がやってくる。クレーターから地表に手を掛けて、這い上がって来るは白の腕。続いて異形の巨体が姿を現し、皆が見上げる。大きくはあれど、人型を保っていた以前の造形とは打って変わって、フンドは獣の如く6本の手(足?)で地を這い、蛇のような尾となった長い長い下半身をどこまでも伸ばす生物となっていた。青で統一された肌は白の骨で全身が覆われ、それがテレーゼの鎧と同じ役目を果たしているのだと察する事ができる。背には針の山と見誤ってしまいそうな巨大な骨が立ち並び、何物も近付かせまいと危険性を視覚化しているようだ。鉄仮面と言うべきか、兜を被っていると例えるべきか、兎も角彼の表情は骨に隠れて見る事ができない。


「こ、これがフンドさんですのっ!? 全く別物ではありませんかっ!」

「か、格好良い……!」


 変わり果てたフンドを前に、テレーゼとウィーレルが驚きの声を上げる。


「恐らく、固有スキルによる能力を全身に行使したんでしょう。あのクレーターの中で変化中の彼と戦いましたが、見た目以上に強さが別物となってします。全身があの堅い骨で護られていて、生半可な攻撃は全く通じません。注意してください」

「ラスボスの最終形態、って感じだね! ステータスは大分減らしてる筈なんだけど、それでもあの見た目通りパワーが凄い事になってるよ。真っ正面から受けると危ないかも。テレーゼさん、代わりにスピードは落ちてるから、受けるんじゃなくて受け流す事を意識して」

「う、承りましたわ!」

「私も、続けて支援します……」


 今一度変身したフンドに立ち向かい、得物を構えるアーデルハイトの勇者達。その時、対峙するフンドの白き鉄仮面の口元にパキリと亀裂が走り、上下に分かれた。


「この姿を見ても恐れぬか。やはり、貴殿らは余がこれまで戦った人間達とは異なるようだ」


 仮面の裂け目から、フンドの声が発せられた。前の姿の時よりも声が大きく響いて、頭に直接語り掛けているように錯覚させられる。


「そんな貴殿らに提案したい。この戦いで余が勝利した暁には、我が軍に降ってはくれまいか? そなたらの実力は感嘆に値する。是非とも力を貸してほしい」

「あ、それ知ってます! 世界の半分をあげるから、我の味方になれって奴ですよね! そんな事を言われたって、答えはノーですよ!」


 フンドの言葉に何かのデジャブを感じたのか、悠那がそう口を開く。思うところがあったのか、若干興奮気味だ。


「何を言っている? 一部下に、ましてや一個人に世界の広大な領土を渡せる筈がないであろう。そんな提案はする方も受ける方もどうかしている」


 が、フンドはあくまで真面目に返答。至極真っ当な回答をするのであった


「あ、いえ…… そうですよね、今のはなかった事にしてください……」

「ハルナさん、どうしたんです?」

「えっと、少し言葉の意図を勘違いしちゃって……」


 悠那、若干気まずい。戦闘中なので視線を逸らす訳にもいかず、何とも居心地が悪い。


「何を勘違いしたのかは知らぬが、今の貴殿にその意志がない事は理解した。他の者達も同様か?」

「そこまで薄情ではないつもりよ。悠那に同じ」

「もちろんですわ!」

「そもそも…… 負けるつもりはありません……」


 4人はフンドの誘いをはっきりと拒否し、そんな意志はないと断じる。そんな彼女らに対して、誘いの話を振ったフンドは、なぜか笑っているようだった。


「ふっ、安心したぞ。このような誘いに飛びつくとは思っていなかったが、その忠義が本物であると改めて確認する事ができた。今はその気がない、良いだろう。何の問題もない。そんなものは、上に立つ者の度量で見返してやれば良いのだからな。手始めに、余はこの場で力を示す……!」


 6本の腕が大地を力強く踏み締め、長い尾の先端がサソリの毒針のように空へ持ち上がる。やはりというべきか、尾の先端には生物を殺す為にあるとしか思えない、凶悪な骨の巨槍が備わっている。遥か高みから先端を垂らすその姿は、地上の獲物を貪欲に狙っているように思えた。


「……長引くと勝機はなさそうね。やるなら短期決戦、一瞬で蹴りをつける」

「裏をかいて、隙を突いて、瞬間最大火力を叩き込むだね!」

「囮は私の仕事ですわ。でも、私だけでは無理である事は分かっています。ウィー、助けてくれますか?」

「当然です…… 2人で、あの矛を打ち砕いてやりましょう……!」


 話は纏まった。戦闘音を聞くに岬で行われている他2ヵ所での戦いも、そろそろ終息に向かおうとしている。次の攻防で勝負を決める、それが4人の総意だった。


「良い目だ。良き覚悟だ。さあ、それらが本物であると、余にぶつけてみよ!」

「来なさいなっ!」


 杖塞コウアレスを地面に立て、テレーゼが叫ぶ。直後にフンドの巨槍の尾はテレーゼへと飛び掛かり、一直線に向かって行った。テレーゼは全身に鳥肌を立たせ、死が具現化して迫って来たのを文字通り肌で感じ取った。


 防御のミスは絶対に許されない。今回の攻撃は、右肩に受けた骨の貫通どころの代物ではないのだ。仮にテレーゼの肌に直接掠りでもすれば、次の瞬間には肉塊となってしまうイメージが容易にできてしまう、そんな凶弾。恐怖が今もテレーゼの心臓を鷲掴みにして、滲み出る汗と唾液が逃げろと本能に絶えず訴えている。だが、テレーゼはその選択肢をすぐさまに除外した。僅かなチャンスのバトンを悠那と千奈津に渡す為に、ここで退いてはならないと分かっているからだ。


(怖いですわ怖いですわ怖いですわ……! でも、私はウィーを信じておりますのっ!)


 テレーゼはコウアレスの盾を最大展開して、自らが使える魔法を全て使った。コウアレスにはメントで養分を、ソリッドダートで更に硬質化。足場はシャクルグラスとビーンウィップでがちがちに固定。ロックランスで作った石の槍は、フンドの攻撃が通るであろう軌道上の遮蔽物として可能な限り地面から打ち立てる。スカルプチュアで構成したエメラルドグリーン・テレーゼも新品同様に新調した。その他にも色々、色々。テレーゼはこれまでの生涯で、最も行使した。今の瞬間にその魔力を、その頭脳を。


 ―――だが、それでも足りない。死の決定は免れない。


「足りない分は…… 私が補います……!」


 テレーゼの背後に控えるウィーレルが、シルトクラブを詠唱して多数の甲殻盾を生成していく。彼女とて、テレーゼが敗れれば死の危険に晒される。しかしそれでも運命を共にする理由は、最早言うまでもない。2人ならば防ぎ切れると、心の底から信じているからだ。


「残り全ての魔法を、これに注ぎます…… タシタン、トルトゥーガ……!」


 テレーゼとウィーレルが作り出した無数の防御壁、その最後尾に甲羅の盾が生み出される。テレーゼのコウアレスに直撃する前の、その最後の砦。水彩魔法レベル100『タシタントルトゥーガ』を詠唱し終え、全力を出し切ったウィーレルはその場にへたり込む。


「後は、任せます……」

「オーホッホッホ! 任されましたわ! ―――さ、来ぉい!」

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