第236話 阿修羅
「テレーゼさん……!」
後列で支援に徹していたウィーレルから、小さく悲鳴が漏れる。彼女の視点から、テレーゼがフンドの刃に貫かれたのがよく見えていたのだ。白き骨に赤の血が滴り、テレーゼの生命の色に染まっていく。骨が盾と鎧を貫通して、そのままテレーゼの両足が地面に届かない高さまで持ち上げられる。
「……安心、なさいなっ! まだまだ私は健在です事よっ!」
一度大きく息を吐いて、更に吸い込んで。テレーゼは力一杯に叫んだ。貫かれたのは右肩、重傷には違いないが、致命傷ではなかったのだ。コウアレスも手放しておらず、痛む右手でしっかりと掴んでいる。左手はフンドの骨を掴み、スカルプチュアの鎧から蔓や木の枝らしきものが伸びて、テレーゼの手の上から更に絡み付いていった。コウアレスの盾だってそうだ。それらは同様にフンドの骨を、フンドの拳、腕に渡っていき、決して放すまいとしている。
「右腕、封じさせて頂きましたわっ!」
「テレーゼさん…… 心配させないでください……!」
「ぬうっ!」
僅かな隙も見逃さない。ウィーレルは待機させていたクヴァレエレ、クラゲ達を一斉に硬直したフンドへと向かわせた。電気毒クラゲはフンドを覆い隠すように纏わり付き、麻痺と毒の状態異常を付与していく。クラゲ達は直後に体から突き出た骨に貫かれてしまったが、仕事はしっかりと果たした。
(顔や急所を避けたとはいえ、なかなかに根性も据わっている……! しかし、窮地かっ!)
失敗を悔いている暇はない。フンドの脚部には今も悠那の攻撃が続いているのだ。
「はぁっ!」
「っ!」
遂に脚部を防いでいた骨を分断した悠那は、その勢いのまま足の肉をも切り裂いていく。両足の脛より下を失ったフンドはバランスを失う。そして、テレーゼの封じる右腕の方に重心が傾き、前のめりに倒れ―――
「ぬん!」
―――ない! 能力によって新たな両足の骨と肉を再構成して、寸前のところではあったが、片足を地に膝を付ける形で踏み止まった。
「悠那、合わせて!」
「うんっ!」
上空から空を蹴る千奈津と、ドッガン杖を斬り返した悠那がそれぞれの得物をフンドに向けた。さっき悠那がドッガン杖で足を斬った際に、オールブレイクの能力減少やグラヴィによる重量増加も、ちゃっかりとフンドに付与している。倒れなくとも、バランスを崩している今がチャンスである事に変わりはない。
しかし、フンドの肉体の変化は足を再生させるだけではなかった。両腕の付け根がボゴンと隆起して、一気に突き出る。千奈津のいる上空に向かって、そして悠那のいる地上に向かって、新たな腕を作り出してしまったのだ。その様はまるで阿修羅のよう。計6本となったフンドの腕、1本はテレーゼが封じているにしても5本。これではテレーゼが身を挺している意味が薄まってしまう。それどころか、フンドはテレーゼごと拳を2人に向けようとしていた。
「テレーゼさん、退避をっ!」
「ラビリスオルカ……!」
「くっ、助かります!」
幸い、麻痺状態にあるフンドの動作は最初よりも大分遅い。ウィーレルが水の鯱をテレーゼのもとまで走らせ、彼女を乗せて退避を開始した。同時に、悠那と千奈津による連撃が始まる。前後上下からによる、攻撃攻撃攻撃っ! 目にも止まらぬ2人の斬撃に、フンドは6本の腕と、それに備えられた骨の剣にて応戦する。テレーゼに回復薬を施すウィーレルの目から見て、その戦いは互角のように感じられた。
肉に当たれば、今のドッガン杖とプルートなら断つ事ができる。しかし、悉くが骨に遮られて当たらない。怯む事なく押し続ければ骨を断つ事も可能だろうが、増えた腕がそれを許してくれない。ならばと、悠那は連撃の1つに合気によるカウンターを織り交ぜる。
―――ギッ……!
「っ!?」
衝撃は確かに伝わった。が、今度は吹き飛ばない。フンドは足の裏から骨を突き出し、これを杭とする事で自身を固定していたのだ。
「同じ技が、余に2度も通じるとは思わぬ事だっ!」
「っと!」
悠那は地面を蹴って、紙一重で巨大な拳を避ける。フンドの3本の拳は悠那が立っていた地面を粉砕して、これまた巨大なクレーターが形成された。こんなものが当たっては、一撃で戦闘不能になってしまう。地面がなくなった事で、3人は重力に従って下降。戦いは空中戦へ移行した。悠那はスキルの『空蹴』を使い、千奈津はその時々に障壁で足場を作る事で、少しでも優位性を高めようと奮闘する。
「ふう、もう大丈夫ですわ。とても良い回復薬ですわね」
「世界樹の秘薬…… 出発する前に、お爺ちゃんから渡されたんです…… これ、1つだけですけど……」
一方の退避側では、テレーゼの治療が完了していた。右肩に開いていた穴が完璧に塞がり、傷痕も残っていない。盾の穴はその辺の土で塞ぎ、鎧の穴は生成した植物で塞ぐ。テレーゼ、完全復活。
「まあ、そんな高価なものを! この恩は必ず返しますわよ、ウィー!」
「それよりも、これ以上怪我をしないよう気を付けてください…… チナツさん、あまり余裕がなさそうですので……」
「ああ、そうでしたわっ! 早く戦線に戻りませんと!」
「ラビリスオルカでまたお送りしま――― いえ、ちょっと待ってください…… 何か変です……」
「変? って、あららっ?」
意気揚々と立ち上がったテレーゼがよろける。まだ怪我が完治していなかった? 違う。地面が揺れているのだ。地震かと思い違うほどに揺れている。ウィーレルとテレーゼが警戒する最中、ぽっかりと開いたクレーターから悠那と千奈津が飛び出してきた。何やらかなり焦った様子だ。
「千奈津ちゃん、今のうちにっ!」
「ごめん、悠那……!」
悠那はクレーターから退避しつつも、後ろ走りでクレーターの中にグラヴァスを放ち続けている。今の悠那が使える最重量設定版重力の網を詠唱しているようだ。その間に千奈津がテレーゼ達のもとに戻って来る。
「ど、どうしましたの、2人とも!?」
「ハァ、ハァ……! そ、それがね、結構良い線までいったんだけど、仕留めきれなくて…… フゥ、ハァ……!」
「まずはこれをお飲みください…… 美味しいお水です……」
「あ、ありがとう。こくっ、こくっ」
ウィーレルから手渡された水を飲み干し、息を整える千奈津。そうこうしている内に悠那も戻る。こちらはまだまだスタミナが有り余っているようで、全く疲れている様子がない。
「駄目かな。苦し紛れにやってみたけど、あのくらいの重力じゃ意味がないみたい」
「そう、不味いわね……」
「ええと、それで一体どうしましたの? フンドさんは?」
「それが―――」
千奈津の言葉を遮って、再び地が揺れる。さっきよりも揺れが更にでかい。
「―――まさか、余がこの姿を晒す事になるとはな。『堕鬼』を倒す為のものであったが、そうも言っていられないようだ。喜ぶが良い、誇るが良い、余も褒めよう。この余に、全力を出させる事をな……!」
クレーターの底から、巨大な何かが這い上がって来た。
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