第235話 千変万化

 土魔法レベル100『スカルプチュア』。真丹が織田に付与したように、テレーゼは杖塞コウアレスを携えた自身にその魔法を施した。彼女の足元の地面が盛り上がり、大地の力を使って鎧として形作らせていく。テレーゼの作った鎧は織田ンムのように大きくなるものではなく、彼女の身長に合わせたサイズのものだった。長い金の髪だけを外に出した、女性用の全身鎧とでも言うべきか。エメラルドグリーンを基本とした色合いは大変美しく、その様は騎士そのもの。見方によっては、変身もののヒーローである。同時にコウアレスの力がこの魔法に連動、つえにまで強靭な植物達が根差し、より強固な盾を構築した。遠方で変身した織田ンムの姿に負けじと、普段から高い彼女の士気が更に高まる。


「流石はクロッカスの土地です。想像以上の出来に仕上がりましたわっ!」


 蒼龍魔法レベル1『ヴァダーリゼーツ』。水に住まうフンドに水系統の攻撃魔法は効果が薄いと判断したウィーレルは、第一のこれを悠那と千奈津の武器に使う事を選択した。このヴァダーリゼーツも付与系の魔法であり、アクアエンチャントのように水属性を与える効力がある。しかし本命はその次の効果、斬撃の超強化だ。刃に薄く展開して超高速で回転する水は鋼鉄をも容易に切り裂き、分断してしまう。先ほどはフンドの屈強な肉体によって刃が阻まれたが、今度はそうはさせまいとウィーレルが補助に回ったのだ。


 しかし、悠那のドッガン杖は性質上、悠那以外の魔力を受け付けようとしない。これは悠那がオンオフを切り替えられるものでもなく、ウィーレルの支援は莫大な魔力消費と極短時間にしか効果が及ばない事を条件に、これを無理矢理に付与する事となる。


「特にチナツさんの剣には…… これで炎と水の力が備わる事となります…… よって、最強……!」


 こちらも表情からは察し辛いが、気合いを入れて支援したせいなのか、割とテンションが上がっている。


(それにしても、大分飛んだわね)


 悠那の合気で力がそのまま返され、自身のパワーによって真上へと飛ばされたフンド。その飛翔距離は結構なものとなっていて、未だ千奈津が見上げるほどのところにいる。


「直接攻撃はお任せします…… クヴァレエレ……」

「了解、いくわよ悠那! ガルドバリスタ!」

「一球、入魂っ……!」


 ウィーレルが周囲の広範囲に大量のクラゲをばらまき、千奈津が巨大な光の杭を、悠那があらゆる魔法を詰め込んだ鉄球をフンドに向かって放ち出す。漸く地上へ降下する段階となったフンドは、空を背にしてそれらを観察していた。


(あの少女は先ほどから怪奇な技ばかりを使う。力で圧倒的に劣るというのに余の動きを封じ、あまつさえこんなところまで吹き飛ばしてみせた。可能であれば生かして、その技の教えを乞いたいものだ。あの派手な娘は何らかの力を使って余の意識を削ぐ、言わば生粋の囮役。残りの2人も相当な術者なのだろう。水と光、その上位に位置する魔法をああもたやすく使いこなすとはな…… ううむ、やはり惜しいな。うら若き娘を殺したとあっては、今後の我が軍の風評にも関わる。余を前にして、あの堂々とした立ち振る舞いも素晴らしい。この地を落とした暁には、勇者である彼女らを通して友好の懸け橋になってもらいたいものだ。ならば、まずは圧倒的な力を前に心から屈服させるのが先決。うむ、それが良い)


 この間、数秒。フンドは自身の知らない技を使う悠那に、その一端を見ただけで類稀なる才能を持つ面々に興味を持ち、是非とも部下として欲しいと考えているようだ。そうしているうちにも、悠那達が撃った攻撃は目前にまで迫りつつある。そこまで来て、フンドは思い出したかのように両手を構えて動き出す。


「先ほどは言いそびれてしまったな。貴殿らが様々な技を見せてくれているというのに、余が何もしないのは余りに失礼だ」


 先に飛来した千奈津のガルドバリスタの杭を、フンドは正面から受け止めた。巨腕が更に膨らみ、杭の勢いをパワーで無理矢理押し殺す。光の杭はかなりの熱を伴っているようで、杭と接しているフンドの両手からは、ジリジリと焼けるような音と臭いが出始めていた。それでも、フンドの顔色が変わる様子はない。むしろ素晴らしい人材を見つけた事に、心を躍らせているようだ。


「余がこの身に宿す能力は『千変万化』」


 杭がギチギチと悲鳴を上げる。両腕の筋肉の膨らみは異様なまでになっていて、まるで風船のようだった。両腕がフンドの胴体の太さほどまで肥大化すると、杭は遂に耐え切れなくなって粉砕される。ちなみにこのガルドバリスタ、光輝魔法レベル60のものである。不壊の弾丸と称されるまでに耐久性に特化した魔法で、ドッガン杖を持った悠那でさえ破壊できない代物だ。


「この力は自己改造をもたらす。余の筋肉はもちろん、骨格に至るまで自在に変化させる事ができるのだ」


 杭を破壊した直後、次いで飛来するのは悠那の黒弾。その数、実に4発。フンドを取り囲むようにして四方八方から迫る鉛の球は、今も尚軌道を変えながら縦横無尽に空中を駆け巡っている。この変化攻撃に対して、フンドはぐるりと宙で体を回転させる。


 ―――ギギィン!


 悠那の黒弾がフンドに衝突した瞬間に鳴り響いたのは、鉛同士がぶつかり合ったような重音。悠那の攻撃全ては、次の瞬間に四方へと弾かれてしまった。


(肉とぶつかった時の音じゃない……!)


 悠那は僅かに目を見開いたが、直ぐに目を細めてフンドの体を凝視した。すると、青き体の至る場所から何か白く尖ったものが突き出ている事が分かった。剣先の如く鋭く、けれども人工的なものではない。生き物であれば誰もが持っているであろう、重要なものだ。


「このように、骨を内から外へと打ち出す事も容易だ」


 そう、悠那の攻撃を弾いてみせたのは、フンドの体から露出された骨だったのだ。肩や肘、膝、腹、背、踵――― その部位にそんな形状の骨はない筈なのだが、元々の骨のあるなしに関わらず、彼の頭に生えるイッカク角に似た見事な骨が肉体から突き出ていた。黒魔石製の鉛玉の衝撃にも耐えているあたり、随分な耐久性を誇るようである。


 ―――ズゥン!


 轟音を鳴らす着地、と同時に悠那の足を刈り取るドッガン杖の攻撃が放たれる。だが、周囲に響いたのは肉を切り裂く音ではなく、金属同士がぶつかる重音の再演だった。悠那の狙ったフンドの脚部には、新たな骨の剣が形成されていた。


「容赦のない攻撃、流石である―――」

「まだぁーーーっ!」


 悠那が猛り、ドッガン杖の刃先から火花が散る。まだ攻撃は終わっていないのだ。今のドッガン杖にはウィーレルのヴァダーリゼーツが施されており、チェーンソーの如く立て続けに起こる斬撃が付与されている。初打の衝撃を与えた後もフンドの骨を断ち切る為に、悠那は力強くドッガン杖を押し付けていた。


(ウルブルでも使えぬ魔法を……! ますます惜しいなっ!)


 ヴァダーリゼーツの付与は無駄ではなかった。フンドの肉体よりも頑丈な骨を相手取り、ドッガン杖の刃が骨の半分にまで達しようとしている。


「だが、肝心の自分ががら空きであるぞっ!」

「ごめんあそばせっ!」


 フンドが悠那に拳を振るおうとした瞬間、その横をとても目立つエメラルドグリーン・テレーゼが登場した。その瞬間、一気にフンドの視線と心がそちらに持っていかれる。拳もそちらに向かっていく。


(ぬうっ!? 予め意識していても駄目か!)


 フンドの振り抜かれた拳は掌底。テレーゼの盾に吸い込まれ、地を揺らすような轟音が響く。メキメキと打ち壊される感触が杖塞コウアレスに伝わるも、踏ん張りを利かせる地面を粉砕しながら、テレーゼは強烈な打撃に耐えた。だが―――


「がっ……!?」

「そちらが2段仕込みなら、こちらも相応に応えるまでだ」


 フンドが繰り出した掌底、そこより飛び出した一点集中に特化した骨の槍。白き矛はコウアレスを貫き、スカルプチュアの鎧をも貫いて鮮血を散らした。

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