第234話 生死は問わず
ポプラの魔法が炎の壁を作り、織田が中央から離れた場所へと巨大鮫を押し返す。岬での戦いは悠那達の目論見通り、綺麗に三分された。クラリウスのいる本陣から見て、開始場所だった大岩付近で悠那達とフンドが、西側の浜辺にて織田達とタンガが、東側の岬や海上を移動しながらリンドウ達とウルブルが戦っている。
「―――分断されたか。詰まり、余の相手は貴殿らか?」
「そうですね。改めて、よろしくお願いします……っ!」
悠那のドッガン杖は未だ動きそうにない。地に足を沈め、腰を据えて全力で抗っている悠那に対して、フンドは直立不動のままだ。しかし、力で負けるなら技で、技で負けるなら心で打倒するのが悠那の信条。このままで終わる筈がない。
「……警戒か。他の者はこれ以上前には出ないようだな。ならば、こちらから―――」
そう言い掛けた瞬間、フンドは自身の体に生じる問題を認識した。
(……腕が、動かない?)
ドッガン杖を掴む右腕を通じてなのか、右半身が微動だにしないのだ。その姿勢で腕に力を加える事はできる。だが、力を加えれば加えるほどに、体が固定されたかのように言う事を聞かない。フンドのパワーを以てしても結果は同じ。かといって、逆に放す事もできなかった。
これぞ悠那が新たに技として昇華させた合気。向かって来た力をそのまま跳ね返し、相手を吹き飛ばすのではなく、その場に封じてしまう固め技である。本来は直接相手に触れる事で実践する技であるが、スキルと技術を向上させた悠那は、ドッガン杖越しにもこれを可能としていた。そしてこの瞬間、体の自由を奪われたフンドの思考は、悠那以外の者達から遠ざかる。
―――カッ!
「ぬっ……!」
その隙を千奈津が逃す筈がない。予め詠唱していたグリントボールをフンドの眼前に作り出し、眩く発光させる。閃光弾の如く明滅する千奈津の魔法は、フンドの視界を奪う事に成功。そこから千奈津は前へと飛び出した。
(視力は暫く使い物にならないか……)
だが目で追わなくとも、気配で位置を探る事はできる。千奈津が自分に接近していると、フンドは感じ取っていた。迎撃すべし、自由の利く左腕を振り上げる。
「フンドさんっ! 海の幸と山の幸、どちらがお好きですのっ!?」
「敢えて言うのであれば、もちろん海である! しかしながら自然の恵みを好き嫌いに分別するのは以ての外! バランスの良い食事が健康的な肉体を作り出し、延いては―――」
が、突然なテレーゼによる質問が耳に入り、そちらに全ての思考が流されてしまった。
(む、余は何を? 口が勝手に……)
目標を見失った左腕は空を切り、千奈津は宙を蹴ってフンドの背後へと回り込む。その刹那、
(―――っ!? 肉が、分厚いっ!)
千奈津の剣は確かに振り下ろされ、フンドの首を引き裂いた。 ……ちょうど刀身が隠れるほど肉を斬った、その途中まで。
「未熟な腕で余に手傷を負わせるとは、何と恐ろしき切れ味か。そしてこの肉の焼ける感触、魔剣の類か。黒髪の娘よ、この剣をどこで手に入れた?」
「さあ、どこでしょうね?」
フンドの問いに平静を装って答えるが、千奈津の心臓はドクンドクンと凄まじい速さで動いていた。剣をフンドの首筋に斬り込み、巨躯の肩に乗る形となった千奈津。フンドの声に危険を察知して、逸早く離脱しようとするが、剣が抜けない。ギチギチとプルートを挟み込むようにして、首の筋肉が膨張して放さないのだ。
戦闘開始前、千奈津はこの戦いに勝機は十分にあると考えていた。何せレベル7の敵1人を相手に、レベル6相当の実力者が4人もいるのだ。苦戦はしようとも、それ以上に手こずる事はない筈だった。しかし、実際は違った。3重に罠を仕掛け、完全に不意を打った攻撃が通用しない。これは手痛い見当違いだった。序盤から前提が覆され、千奈津は頭の中で現状を打破すべく思考を巡らせる。
こうなってしまったのには、悠那達がとある条件を知らなかった事にある。それは何かといえば、レベルアップに必要な適正スキルの合計値だ。デリスとネルより教えられたのは、悠那と千奈津の次の目標であるレベル7までの情報のみで、更にその上、レベル8に至るには一体合計いくつの適正スキルが必要なのかまでは知らなかったのだ。いや、厳しく見積もり予想はしていたのだが、フンドの力がそれ以上だったのかもしれない。
ちなみにであるが、これまでに悠那達が教えられたレベルアップに必要な適正スキルの総数は、以下の通りだ。
レベル1 適正スキル合計:0
レベル2 適正スキル合計:10
レベル3 適正スキル合計:30
レベル4 適正スキル合計:100
レベル5 適正スキル合計:200
レベル6 適正スキル合計:400
レベル7 適正スキル合計:700
見ての通り、レベルが上がれば上がるほど、次のレベルとの格差は広がっている。レベル1の者がレベル2のモンスターに勝利する事はそれなりにあれど、レベル3の者がレベル4のモンスターに勝てる事は殆どないし、それよりも上ならば更にない事が分かるだろう。では、レベル8に至る為にはいくつの適正スキル合計値が必要なんだろうか?
―――その答えは、1200である。レベル6の3倍、レベル7の大よそ1,7倍ものスキルが必要となるのだ。レベル6の途上にいる悠那達と、長い年月をかけてレベル7となり、今も研鑽を重ねているフンドでは天と地ほどの実力差があった。
(これは不味い。だって、悠那が喜んじゃう……!)
そう、何よりも問題なのは、悠那が想定以上の強敵を前にして、ジッとしていられる筈がないという事だ。敵が強ければ強いほど燃え上がり、手に負えないまでの実力差があれば、それをどうにかして倒そうとするのが悠那という少女。特に今回の戦いは、降伏以外では生死を問わぬもの。試合ではなく死合として、千奈津も予測できない行動を取るかもしれないのだ。
「無理をするな、驚くのも仕方のない事だ。余の能力は―――」
「ふっ!」
「!?」
何やら説明の最中だったようだが、悠那はそれとは関係なく動いていた。不思議な衝撃が地面下から加わって、フンドが浮かび上がる。フンドによって掴まれていたドッガン杖が解放され、この衝撃で千奈津のプルートもフンドの体から抜く事に成功。相手が語り出してる間に合気の質を変えて、真上に衝撃を跳ね返し浮かばせる程度の事は、まあ悠那なら余裕でするだろう。
「ぬうっ……!」
「千奈津ちゃん! 生け捕りとか言ってる場合じゃないよ!」
ドッガン杖を上空へ向けて構え直した悠那が叫ぶ。フンドが宙に浮かんでいる隙に、殺す気で全力を叩き込もうと悠那は言っているのだ。悠那の瞳は完全に狩人のそれになっている。
「分かってる、プランBでいくわよ! ウィー! テレーゼさん!」
「了解…… 今、漸く詠唱が完了したところです……!」
「私も続きますわ!」
千奈津もこれを了承。その言葉を待ってましたと、2人は青色の澄んだ魔力と、土色の母なる魔力を解き放った。
「ヴァダーリゼーツ……!」
「スカルプチュア、ですわっ!」
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