第233話 開戦
勇者連合と魔王軍、その両軍の代表者が集う。悠那達の総員14名、フンドと海魔四天王3名が今正に対峙していた。ちなみに海魔四天王の1体、巨大鮫のタンガは体が大き過ぎる為、付近の海から顔を出している状態である。
「余が大八魔のフンド・リンドである。まずは余の唐突な申し入れを受けた事に、礼を言っておこうか」
その声は威厳に満ち、心に響くものだった。言葉が耳に入るだけで、途轍もないプレッシャーに押し潰されてしまいそうになる。しかし、悠那は別だ。
「お礼を言いたいのはこちらの方です! こうしてフンドさんと戦える事を光栄に思います!」
ずいっ。おもむろに、悠那が右手を前に出した。
「この手は何だ?」
「戦う前の握手です! 正々堂々戦いましょう!」
「……うむ」
がしっ。フンドは水掻きの付いた手を差し出し、悠那と互いの健闘を祈る握手を交わす。他の勇者や海魔四天王が驚く中での出来事である。もちろん、千奈津は悠那の背後で胃を痛めていた。
戦う前に事前確認の為、今一度ルールを読み上げて互いに了承。それを終えたら時間となる前に両軍少し距離を開けて、パーティ毎に陣を構築。戦いが開始される時刻となった時、フィールド外の両軍からラッパによる合図が出る手筈となっているので、そのまま開始を待つ形だ。
「ウルブルよ。もしやと思うが、あの娘がグストゥスを倒した猛者か?」
「ハッ、帰還した兵からはそのように聞いております。しかし、なぜその事を?」
「何、先ほど奴と手を握った時、凄まじい力で握り返されたものでな。思わず余も握り返してやったのだが、顔色1つ変化させなかった」
「フ、フンド様に向かって、ですか?」
「ああ、見掛けによらずなかなかのパワーだった。グストゥスと同等か、それ以上かもしれん。ふっ、清々しい顔をしていながら、なかなか食えん奴よ。ウルブル、初手は手筈通りにやれ。タンガ、降伏した者まで食らうでないぞ」
「仰せのままに」
「………!」
ちなみにタンガは喋れない。それから少しして、岬付近の陣営内に座るクラリウスは時刻を確認。開始の時間となったのだ。
「時間です。合図をお願いします!」
クラリウスの号令により、クロッカス側から高らかにラッパの音が鳴り響く。それと同時に、海にびっしりと敷き詰められたモンスター軍団側からも、法螺貝が吹かれた。いよいよ両軍が動き出す。
「先手必勝っ!」
「ですわっ!」
「むっ」
最も速く前へと飛び出したのは悠那、次いでテレーゼであった。素手の状態から突撃の間にドッガン杖をポーチから取り出し、敵方の先頭にいたフンド目掛けて刃を振りかざす。悠那に比べて速度に劣るテレーゼは大分出遅れてはいるが、それでも絶えず声を張る事でフンドの意志を自分に向けようとしていた。だが―――
「―――っ!」
「重く鋭い、良い攻撃だ。僅かながら、余の意識が逸れたのも不可思議な現象よ」
その場から差して動く様子もなく、ドッガン杖の刃先が片手で受け止められてしまった。そして、フンドは咆哮する。
「ウルブル、やれっ!」
「既に準備は整っております。グランウェーブ!」
ウルブルが呪文を唱え、触手が持つ杖が光り出した瞬間に異変は起こった。岬を挟む両端の海から、巨大な津波が形成されたのだ。タンガがその大波に乗って、その巨体を宙に浮かばせる。
「我が軍一の魔法の使い手、ウルブルの魔法にて真の挨拶としよう。しかし、この大斧は頑丈であるな」
ギチギチと掴み取ったドッガン杖に力を篭めるフンド。ドッガン杖が破壊される事はなかったが、悠那がいくら力を入れようとビクともしない。力に圧倒的な差があったのは明白だった。
「おおい、あのでけぇのが落ちてくるぞっ!」
アドバーグが天を見上げて叫ぶ。波に乗ったタンガがこのまま進めば、岬の殆どは巨体と大津波の下敷きになってしまう。そこにはフンドやウルブルも含まれているのだが、どうも相手はそれを気にしていないらしい。しかしながら、アドバーグらは確実に死を招くであろうそれを、黙って見ている訳にはいかなかった。無駄な足掻きかもしれないが、毒矢を放ちまくる。
「フォローはするが、俺達じゃあのでかぶつは無理だっ! いけるかっ!?」
「波は私が何とか…… 鮫は任せて良いですか……?」
「オーケー! うちの織田が何とかするよ!」
「ぐっ、大言を吐いた手前言い返せない……!」
「織田君、あれを付与するよっ! 頑張って!」
「もうやぶれかぶれだ! 来いや!」
やけくそ気味な織田が津波の前に立ち、真丹が織田に杖を向けた。
「スカルプチュア!」
真丹が唱えた魔法は土魔法レベル100『スカルプチュア』。対象に土や岩、植物で生成した鎧を纏わす魔法である。この鎧は術者のセンスによってその形態を大いに変化させるのだが、この魔法の纏った織田の姿は正に―――
「よし、行くんだ織田ンム! 動けぇー!」
「それを言うなぁーーー!」
―――とてもロボット兵器っぽい見た目だった。真丹の趣味だから仕方がなく、不可抗力である。この状態の織田は首から上を残してかなり巨大な姿となっており、元々所持していた剣や盾までもが超強化されて、サイズまで上乗せされている。
「な、何と神々しいお姿なのでしょう……!」
「う、美しいっぺ!」
植物と土が織り成す見た事もない芸術品に、クラリウスをはじめドワーフの兵士達は感嘆するしかない。完全に彼女らの心を打ち抜いている。
「水彩魔法レベル70『グランウェーブ』…… それなら、私も使えますよ…… グランウェーブ……!」
ウィーレルがお返しとばかりに、波打ち際から大波を発生させる。内と外から津波が衝突するというあり得ない光景。信じられない現象だったが、押し迫っていた大波は確かに打ち消された。
「なっ! 私の魔法と対抗するだとっ!?」
「おっと、余所見している暇はないんじゃないかな!」
「ぬうっ!?」
自身が生み出した大津波が打ち消され、ウルブルが僅かに動揺した隙を突いたリンドウの剣撃。ウルブルはこれを杖を2本重ねて受け止め、防ぐ事にギリギリ成功した。フンドを避け、岬の外周から回り込んでの奇襲は不発に終わる。
「なかなかやるようだが、私が魔法だけだと思っていないか!」
「思っていないさ。だから次も用意している」
「そういうっ!」
「事だっ!」
拳に雷を伴わせたアセビと、炎の塊を上空から撃ち落としたポプラが追撃する。リンドウは杖と交えた剣を絶妙に巻き返して、杖を持つ触手ごと弾いてみせた。防御を破られたウルブルに2人の魔法が直撃して、その周囲が土煙で満たされる。
「うお、あっちも派手におっぱじめたな。よーし、これで波は止まった! あのでかぶつも……」
「勇者アドバーグよ、鮫がこちらに突っ込んで来るぞ」
「何ぃ!?」
ウィーレルの反撃によって、ウルブルの津波は消滅した。上空から巨大鮫に押し潰される心配もなくなった。だが、その波によって加速したタンガの勢いは止まっていない。陸地に向かって、猛烈な速さで突貫しようとしている。
「心配すんな、その為の俺だ! どっせぇーい!」
「………!?」
飛翔した織田ンムはタンガの大口目掛けて剣と盾を上下に広げ、自らも突貫する。海と陸の境目で衝突した両者、織田ンムはがっしりとタンガの牙に得物を差し込み、砂浜に足を沈めて踏ん張りを利かす。その間に真丹はシャクルグラスを唱え、織田の足元を固定する草原を生成。10メートルほどの距離を織田が押され、足下の草を千切られはしたが、タンガの勢いは目に見えて衰えていた。
「ほいっ!」
どさくさに紛れて、渕が唐辛子の粉を詰めた特製投げ袋をタンガの片目に投擲。声を発せないタンガであるが、口の先にいる織田には叫び声のような衝撃が直撃した。
「よ、よし、織田に援護するぞっ!」
「「「おうっ!」」」
一定の距離を保ちながら、アドバーグらが毒矢の雨を降らす。かくして当初予定していた相手同士が舞台に上がり、大八魔との戦いが開始されたのであった。
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