第231話 10分前の心掛け

 決戦の日、指定時刻まで残り30分。悠那らジバ大陸の勇者達、及びクラリウスが率いるクロッカス軍は、戦いの場となる岬の近くに陣を築いていた。


 各国の英雄である勇者達であるが、今回の相手は大八魔とその側近達だ。時間が迫るにつれ、その身に宿す緊張感はより高まっていくもの。中には全く緊張していない者もいるが、大抵の者達は落ち着かない様子である。


「時間まであと少しですね」

「ちょ、ちょっと緊張してきた……」

「オダ様、大丈夫ですかっ!? 直ぐに医者を寄越しますのでっ!」

「ああっ、大丈夫! 大丈夫だから!」

「見せ付けてくれるねー、織田。この戦いが終わったら結婚したら?」

「渕君、それって清々しいほどフラグだよ……」

「今日はやけに調子良さそうね、アセビ。いつもならお腹が痛くなったり吐きそうになってるのに」

「いや、まあ、アーデルハイトの赤い悪魔が相手になる訳でもないからな。今は不思議と心が穏やかなのだ。そう、アーデルハイトが味方で本当に良かった」

「ああ、そう……」

「嫌だって、俺はそんなポーズしたくねぇよ! 何で勝ったらそれを決める必要があるんだよ!?」

「「「何を言うか、勇者アドバーグ! これは我々が徹夜して考えた勝利の決めポーズなのだぞ!」」」


 ―――各々、様々な手段で緊張を解いているようだ。そうやって皆が自由に過ごす中、対フンド戦を控える悠那達は岬を眺めていた。


「岬、こうして見ると結構広いね」

「開始地点は岬の中心、陸地からって果たし状には書いてあった。よほど自信があるのか、それとも私達を誘い出そうとしているのか…… 微妙なところね」

「そこから周囲1000メートル四方を戦いの舞台とし、これより内は代表者以外の侵入を禁ず、でしたか。清く正しい戦いを望んでいるように思えますが」

「テレーゼさんは少し甘いです…… 相手は魔王の頂点、大八魔の一角……」

「そうだね、油断は禁物! ルールのない戦いは、相手の虚をつく応酬だもん!」

「悠那、一応ルールは定められているんだから、それに逸脱しないようにしなさいよ?」

「わ、分かってるよ~」


 千奈津の言う通り、今回の戦いにはいくつかルールが定められている。


 まず第一に、先ほどの会話にもあった戦いの場の範囲である。岬の半ばほどの場所には大岩があって、そこを中心として決戦の場としようと記されていた。大岩の四方1000メートルがフィールドとなり、中心に岬、その両端に海といった地形だ。簡易的に面積にして直せば、陸と海とほぼ五分五分となる。また、戦う者ではない部外者の侵入、関与を禁止としていて、故意にこの規則を破った場合はその時点で約束は反故となり、純粋な戦争へと移行するとしている。


 第二に、勝敗の決定方法。フンド側の代表者が3人であるのに対し、この果たし状を出した時点では、勇者側の代表者が何人になるのかは決まっていない。同じ人数かもしれないし、10人、それこそ100人が勇者であるとするのも可能だ。だというのに、フンドの果たし状は敵軍の全滅を以って勝負を決するとしていた。戦闘では生死を問わない。しかし、降伏した者への攻撃は禁ずるなど、どこまでも頭数の少ないフンド側が不利に思える。この辺りが、やはり何かしてくるのではないか? と、勇者側を頭を悩ます要因となっていた。


 実際のところ、まだまだ規則は記されてあって、細かいところを含めればかなりの長さとなっていた。過度な環境破壊は禁止、戦いが長時間に及んだ場合は1時間毎に休憩を挟み、その間にトイレを済ませるなど、マジかと思ってしまうそんな文章まで。大八魔とはよほど几帳面で真面目なのか、それとも罠を隠す為にわざとやっているのか? 結局その答えは出ず、相手の出方を窺い臨機応変に対応する事でまとまった。


「さ、そろそろ準備運動の続きをしよっか」

「今更悩んでも仕方ないもんね。今やれる事をやりましょうか」

「ですわね!」

「アーデルハイトの力…… 見せ付けましょう……!」


 そして開始時刻10分前、悠那達の敵が現れる。大海より出でるはモンスターの大群。これから戦うのは彼らではないのだが、この光景を見たクロッカスの兵士達は武器を鳴らして気合いを入れ始める。


「やってやるべよ!」

「塩害なんぼのもんじゃい!」


 もう一度言うが、戦うのは彼らではない。


「……いた!」


 陣営内で兵士達がやんややんやと騒ぐ中、悠那は大群の中に一際強いプレッシャーを放つ者達を発見した。他の勇者達も同様に、その異質な存在に目を向ける。


 その内の1人はキノコ、もしくはクラゲのような白い体に何本も細い腕を生やした、顔が見当たらない不思議な生物。沢山の腕には計8本もの杖が握られていて、魔力の質からそれらが水魔法を強化するものである事が分かった。


「うわ、あのモンスター邪道過ぎるでしょ。っていうか、狡い!」

「はははっ、とか言いつつポプラは対抗心を燃やしているのかな?」

「誰が燃やすかっ!」

「大丈夫。あの時の紅蓮の炎に比べれば、今回は水だ。いざとなったら泳げば良い」

「どの時の話よっ! 私の炎は相性最悪なんですけどっ!」


 その者の逆サイドにて構えるは、どう見ても鮫なモンスター。但し、以前悠那達が戦った石巨人のようにサイズがどでかい。一瞬鯨と見間違えたかとも考えたが、その特徴的な背びれと凶悪で鋭利な歯が、やはり鮫であると主張している。


「で、でかいな……」

「何、その分的もでけぇんだ。当て放題じゃないか。ただ、普通の矢じゃ効果は薄そうだな…… ゴンザレス、ビッグ、ジョニー! 矢に毒を塗るのを忘れるなよっ!」

「「「おうっ!」」」

「……毒って良いのか?」

「ルール上ではね。それよりも織田、アレ、ちゃんと受け止められる?」

「俺が何の為にクラリウスの突進を受け止めていたと思ってんだよ? 余裕だ、余裕!」

「僕も精一杯フォローするよ。が、頑張ろう!」


 そして、いよいよ大群の中央。そこで腕を組んで構えていたのは、青色の巨躯だった。組んだ2本の腕は大木の如く太く、下半身は海水に浸かって見えない部分が大半だが、それでもマーマンのような尾ではなく、二本足である事が窺える。頭部にはヒレのような耳、鋭いイッカクの角を持ち、その顔付きは勇猛そのもので魔王に相応しい形相だ。何よりも肉体から溢れ出る莫大なエネルギーが、彼が大八魔であると直感的に知らせてくれる。


「わあ、あの人が大八魔のフンド・リンドさんだねっ!?」

「こ、この距離でも凄まじい覇気を感じますわ……!」

「い、今のうちのトイレに行って来ます……」

「………」


 千奈津はフンドを見詰めていた。フンドの放つ圧の強さを肌で感じ、ビシビシと危険を知らせる察知スキルを総動員。これまで出会った強敵達、師匠のネルやデリス、屋敷の地下で戦った『伏魔殿母』のアラルカルを頭の中で思い描きながら、その実力を推し測ろうとしていたのだ。その結果、千奈津は大まかにではあるが、その強さをあるグループに当て嵌める事に成功した。


「―――レベル、7」

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