第225話 ガルデバランの勇者
悠那達は駆けていた。城の通路を通り、行き交う人々を避けて、だけれどもテレーゼと真丹の速度に合わせてほどほどに。そんな感じで駆けていた。
「それで真丹君。大変だって事は分かったけれど、ガルデバランの人達が来たからって何を騒いでいるの? 真逆の位置にあるにしては、来るのが早いって事? 勇者がクロッカスを訪れるのは予め決まっている事だし、早く来るのに越した事はないんじゃない?」
「ハァ、ハァ……! そ、それはそうなんだけど……!」
既に呼吸が荒くなっている真丹が、走りながら事のあらましを説明してくれた。
今から数分前に、武の国ガルデバランの勇者を名乗る3人パーティがクロッカス城に到着したそうだ。彼らは悠那達と同様に竜車に乗って来たらしく、地竜を預けるに相応しい場所を要求した。彼らの身なりはとても良いものであり、これが貴族王族だった場合その扱いは大変面倒なものとなる。が、先に悠那達が地竜で到着していた事もあり、案内人はスムーズに対応できていたようだ。ガルデバランの勇者達もここならばと、地竜を預ける場所に納得したという。
「うん? 別に問題になるような事はないと思うけど……」
「こ、ここからが、問題、でさぁ…… ふぅ、ふぅ……」
真丹は顔を真っ赤にしながら説明を続けてくれる。
地竜と竜車を無事に預け、さて女王に謁見しに行くかと勇者達が話す最中に問題は発生したのだ。勇者達が
「それがぁ…… 桂城さんの、ゴブ男君だった、みたいでぇ……!」
「ゴブ男が?」
「突然モンスターが出て来たら吃驚するかもだけど、勇者が悲鳴を上げるほどの事でもないよね? ゴブ男君、しっかり正装になってるし」
ゴブ男は現在マカム、レドンの世話係を任されており、地竜達のいる厩舎で過ごしている。使役されているモンスターであると誰にでも分かるよう、アーデルハイトの国章入り衣装まで着ているのだ。着替えは数着持っているし、汚れたら自分で洗濯もできる。ゴブ男の性格上、清潔感を保つ事は欠かさない。下手に臭う人間よりも綺麗好きなのである。
「ゴブオは良い子……」
「そうですわね。ゴブオから何かトラブルを起こすとは思えませんし、考えられるとすればゴブリン嫌いな方でしょうか」
「ゴブリン嫌い?」
「ええ。どういう訳か、ゴブリンをすこぶる嫌う方々が極稀におりまして。過去に起こった何かしらのトラウマがそうさせているのかは分かりませんが、だとすれば少々骨の折れる話になりますわ」
「ゴブオは良い子……!」
「兎も角、状況を把握する為にも急ごう!」
「ぜぇ…… ぼ、僕の事は気にしないで、先に……!」
バタリと、真丹が膝から崩れ落ちた。どうやら限界を超えて頑張っていたらしい。真丹、スタミナ切れの為リタイア。
「分かった! 千奈津ちゃん、急ぐよっ!」
「了解!」
ギュンと風が巻き起こり、悠那と千奈津はその場から消えた。2人が向かうは、ゴブ男のいる厩舎である。
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「ち、近寄らないでぇーーー!」
その声は高らかに厩舎に響き渡った。恐らくは女性が全力で上げたであろう悲鳴は、外にまで届いていた。外には野次馬らしき者達、通してもらう時間も惜しい。飛翔して飛び越え、猛烈な勢いのまま中へ入った悠那と千奈津。
「ゴブ男君っ!」
「何事ですかっ!?」
声を掛けると、そこには当事者であろうガルデバランの勇者とゴブ男の姿があった。勇者はリーダー格らしき男と、その傍に見上げるほど巨大な大男が。そして、そこから大分離れた場所に酷く怯える女性。ゴブ男は困ったような視線を悠那に向けている。
「リンドウもアセビも、何冷静ぶってんのよ! ゴブリンよ、ゴブリン! 早く駆除してぇー!」
「いやいやポプラ、どう見たって使役されたゴブリンじゃないか」
「うむ、おいそれと手を出しては問題になろう。見ろ、此奴の服にはアーデルハイトの国章が、アーデルハイトの、国章…… あばばばばっ!」
「ハッハッハ、アセビは相変わらずトラウマを背負っているなぁ。真面目な奴だ!」
「馬鹿やってないで早く倒して、襲われるぅー!」
「「………」」
何だこれ、2人は同時にそう思った。
少し整理しよう。リンドウ、アセビ、ポプラというのが彼らの名前らしい。アーデルハイトの国章を見た瞬間に白目をむきながら倒れ、痙攣し始めた大男がアセビ、ゴブリンに過剰なまでの拒否反応を起こしている桃色髪の少女がポプラ。そして、そんな2人の中心にいる男がリンドウだ。初対面でここまではっちゃけた者らに会ったのは、流石に悠那達にとっても初めての事だった。
「あ、あの、一体どうしたんですか?」
「む、よく聞いてくれたね、可愛らしいお嬢さん達。いやね、俺達がクロッカスの女王に挨拶をしに行こうとしたら、この珍しいゴブリンと会っちゃってね。あそこの物陰に隠れているポプラが、それはもう凄い形相で騒ぎ出しちゃったんだよ!」
「馬鹿バカばかっ! ゴブリンはねぇ、若い女を捕まえて、あんな事やこんな事をしちゃう習性があるのよっ!? そんな害獣中の害獣を野放しに、あまつさえ城に敷地に入れるなんて、どうかしているわっ!」
どうやら彼女は、ゴブリンの生態について根本から勘違いしているようだ。
「な、何よその目はっ! 私のパパは偉い学者さんで、ちゃんと学説として発表しているんだからねっ!」
千奈津は納得した。そのパパさんによる影響を多大に受けて、このポプラという子はこうなってしまったのだと。
「ゴブ、ゴブゴブ」
「ひっ! な、何よっ!?」
「えっと…… 何言ってんだおめぇ、って言ってます」
「露骨に失礼ねっ!?」
悠那がゴブ男の言葉を翻訳していても、事態は収拾されそうにない。さて、どうしたものかと千奈津が考えていると、リンドウがゴブ男に歩み寄った。
「うちのポプラが大変失礼したね、ゴブリン君。あの子は昔っからパパっ子でね。馬鹿みたいに迷信を信じるもんだから、昔っからゴブリンを嫌っているんだよ。まあ、誰にだって好き嫌いはあるものだし、どうか許してあげてほしい」
「リンドウ、馬鹿なのっ!? そんな近付いたら、男の貴方は殺されちゃうわよっ!」
「……まあ、病気みたいなものなんだ」
「ゴッブ、ゴブ」
「おめぇも大変だなぁ、って言ってます」
翻訳する悠那。微妙に生前のゴブ男と口調が違うような気がしたが、恐らくは悠那なりのアレンジなんだろうと、千奈津は無理矢理納得した。
「ブクブクブクブクッ……」
気絶したアセビが口から泡を吹き出しているが、これも今のところは害がなさそうなので捨て置く。リンドウらも放置したままなので、これが日常茶飯事なんだろう。
「ふふっ、お気遣いありがとう。しかし、勇者同士は惹かれ合うっていうのかな? 勇者の放つ気配が、俺達が同種であると語り掛けてくるんだ。ゴブリン君、その見た目に俺は騙されないよ? その衣服の国章といい、君がアーデルハイトの勇者なんだね!?」
確信めいたリンドウの言葉が、ゴブ男目掛けて一直線に放たれる。ポプラは遂に頭が沸いたかと頭を抱え出し、アセビは倒れたままである。
「ゴブ、ゴブゴブ」
「何言ってんだおめぇ、って言ってます」
「え、あれっ? でも勇者の筈…… あ、あれっ?」
ガルデバランの勇者の到着は、事態をより一層混迷させそうだと、千奈津は今のうちに腹を括っておく事にした。
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