第224話 ジバ大陸諸国
「ハル達は無事に到着っと。渕達がいたのは意外だったが、まあそこまで驚くほどの事でもないか」
クロッカス城へ入城したのを見送った俺は、とある木の上からその様子を窺っていた。手には遅い朝食代わりの干し肉に、村から汲んだ井戸水。うーむ、この味は今となっては懐かしい自炊生活を思い出すな。自炊なんて殆どしてなかったけどさ。
「要は不味い」
さて、今のところクロッカスに来ているのはアーデルハイト代表のハル達に、クロッカス代表の渕達だけか。タザルニアの勇者は3日以内に、距離的に東のハンの国もそれくらいに到着する事だろう。クロッカスとは大陸の真逆にある北の二国、武の国ガルデバランと白の国スノウテイルはもう少し掛かりそうかな。特にスノウテイルは国境が険しい山々になっているから、隣国に渡るだけでも一苦労していそうだ。
「勇者として期待できそうなのは、うーん……」
やっぱガルデバランかねぇ? 武の国というだけあって、単純な武力だけならこのクロッカスと並んでいる。ジバ大陸の中では出没するモンスターも強力で、冒険者のレベルが総じて高い傾向にあるのだ。ガルデバランなら軍部の人間を勇者に立てる可能性もあるが、喩え勇者が冒険者上がりだったとしても、それなりの英雄を連れて来る事だろう。
ただ、ガルデバランは非常に野心的な面を持ち合わせる国でもある。彼の国の東はスノウテイル、南東はアーデルハイト、南にはタザルニアがある訳だが、こいつが結構な頻度で小競り合いを仕掛けてくるのだ。切り立った山が防壁となっているスノウテイル以外は、嫌がらせのように戦いを仕掛けられてきた。
現在でもタザルニアは広大な領土を有する大国だ。しかし、その昔はもっと領土が広かった。ガルデバランとの戦いによって敗北し、領土を割譲したんだ。当然の如くアーデルハイトにもちょっかいを出していて、対抗する為に同盟の絆がより深まったとされるほどに好戦的。真っ先に矛先を向けられる辺りが、中小国の辛いところだよな。まあ、ヨーゼフのあの手この手の努力によって、アーデルハイトの領土が奪われる事はなかったらしい。その後にネルが魔法騎士団の団長に就任してからというもの、ガルデバランはネルの粛清を受けて劇的に大人しくなったんだっけ。うん、めでたしめでたし。
ま、それでガルデバランが弱体化した訳ではないから、俺はこうして期待しているのだ。協調性がなく、鬱憤の溜まっている奴らの事だ。何か面白い事をしでかしてくれるに違いない。
「スノウテイルにも期待はしたいが、あそこの奴らはやる気ないからなぁ……」
白の国、スノウテイル。さっきも少しだけ話に出ていたが、ガルデバランの東、アーデルハイトでいえば北東に位置する雪国である。馬鹿高い山脈に囲まれている為、周囲の国々との付き合いは希薄。その上、1年を通して豪雪に見舞われる過酷な土地柄なので、好んで行こうとする者も少ない。外界から切り離された国だとか、自然要塞と称する奴もいたりする。他国との交易が少ない分、あの荒れた土地で国の全てを賄っているって事だから、ある意味で大国だ。
しかし、基本的にあそこの人間は他国他人に対して無関心な者が多いので、わざわざ山を乗り越えて連合の召集に応じるのかも怪しいところ。流石に国王と国王のやり取りなら反応せざるを得ない筈なのだが、さて――― ちなみにこの国には、大陸中唯一俺も足を運んでいない。寒い、むしろ痛い、絶対疲れるの三拍子が揃っているからな。絶対行かねぇ。
「耽ってる場合でもないな。買い出し買い出し、せめて街では良いもん食わねぇと…… って、何か高そうな馬車がこっちに来てんなぁ」
死のランニングを終えて、せっかく人がささやかな楽しみを謳歌しようって時に、タイミングの悪い奴らもいたもんだ。しかもこの轟音のような足音、馬車じゃなくて竜車か?
「げっ、ガルデバランの国章じゃん……」
確かに面白い事を起こせとは言ったが、今起こせとは言っていない。俺の心技体、その準備と余裕が全て整ってから来るもんが、礼儀ってもんじゃないですかねぇ? え、関係ない? さいですか。
「監視、続行」
ハァ、続行かぁ……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
連合が結成されるその日まで、クロッカス城に宿泊する事となった悠那達。城内での行動も女王から直々に許され、悠那は力の限り万歳をした。漸く勉強漬けの日々から抜け出せて、外で干し肉をしゃぶっている師匠と同じように浮き立っていたのだ。中庭の一部をクラリウスから貸してもらい、早速鈍った体を動かそうと千奈津と共に鍛錬を開始。 ―――したのだが、その轟音は唐突にやって来た。
「あれっ? マカム達も外で走っているのかな?」
「城ならちゃんとした小屋があるからって、そこに置かせてもらってる筈だけど…… 悠那、ゴブ男に運動させるようにって命令した?」
「ううん、してないよ。ここ最近走りっ放しだったから、今日はしっかり休ませようと思ってたから。あ、でもこの足音、微妙にレドン達とリズムが違うから、別の誰かのかも」
「足音のリズムが違う、か…… それなら、別の地竜の可能性が高いわね。他の勇者が到着したのかも。アーデルハイトよりも大きな国なら、地竜がいてもおかしくないでしょ?」
「あー、なるほど~」
「た、大変ですわー!」
「大変……!」
悠那が頷きながら納得していると、中庭にテレーゼやウィーレルが小走りでやって来た。2人とも腕に本を抱えている。どうやら勉強の最中だったようだ。
「た、大変、ケホケホッ……! うう、走りながら叫ぶものではないですわね」
「ぜぇ、ぜぇ……!」
余程大変な事が起こったのか、2人は頻りにそう叫んでいた。あの地響きにも似た足音についてだろうと、千奈津は手に汗を握らせる。
「2人とも、そんなに息を切らしてどうしたの!?」
「それがですわね、大変なんですのよ!」
「うん…… とっても、ぜぇ……」
「ウィー、無理に喋らなくて大丈夫よ。テレーゼさん、この轟音についてですね?」
「「えっ?」」
千奈津の確信めいた言葉を聞いて、テレーゼとウィーレルはキョトンとしている。次いで顔を合わせて首を傾げる2人。何の話かまるで理解していないらしく、千奈津も思わずあれっと拍子抜けしてしまった。
「……違いました? この地を鳴らすような音、聞こえません?」
「あら、本当ですわね? 耳を澄ませば何とやら」
「暫く竜車での旅が続いていたから…… 慣れちゃってました……」
「え、ええと、では大変な事とは?」
「これですのっ!」
「これです……!」
2人は同時に抱えていた本を悠那達に突き出した。
「テレーゼさんの方は、うんと…… 『農業の神様ダイサク、これがワシの人生録』?」
「今や農業界のスーパースターとなったダイサク様の自叙伝ですわ! 大昔に絶版した筈の伝説のこの本が、お城の図書館にあったのです! 流石は緑の国ですわね!」
「な、なるほど…… ウィーの方は?」
「各地の魚を記録した世界最大の子供向け大図鑑…… 『お魚の暮らし~全国版~』があったのです……! あまりに分厚く、この1冊で普通の図鑑3冊分のスペースをとってしまう為に、殆どの店から排除されてしまった悲しき本…… まさか、こんなところで相見えるなんて……!」
「「………」」
違ったっぽい。
「た、大変だよぉー!」
結局、足音については真丹が知らせてくれた。
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