第223話 果たし状

「まあ、それではウィーレル様方はアーデルハイトの勇者様なのですね!」

「ウィーちゃんでいいです……」

「まあ、それではウィーちゃん達はアーデルハイトの勇者様なのですね!」

「別に言い直さなくてもいいです……」


 あれから悠那達は王座の間の奥へと案内され、クラリウス女王と謁見する事となった。ちなみに織田は手酷く負傷してしまった為、現在ドワーフの僧侶達によって治療中である。


「オダ様から皆様の事はお伺いしていましたよ。何でも、とても腕の立つ実力派揃いなんだとか。連合の結成の際には、頼りにさせて頂きますね」

「ご期待に添えるよう努力致します」

「頑張りますわ!」

「うふふっ」


 大の大人が3人は座れそうな王座に腰掛けるクラリウスは、とても楽しそうに話をする。そんな彼女の純真さが、クロッカスの国柄を表しているようだ。


「女王様も強そうですね!」

「こ、こら、悠那……」


 悠那の直球ドストレートなこんな発言にも、女王が表情を変える事はない。むしろ嘘偽りない言葉が面白かったのか、クスクスと笑い続けている。


「うふふ、良いのです。まだまだ未熟な身といえど、私はこの国の皆を導く責務がありますもの。クロッカスを美しい国にする努力、害をなす敵を物理的に打ち倒す鍛錬は女王として怠りません」

「ぶ、物理的に、ですか?」

「はい、物理的にです」


 ……そんな彼女の腕っぷしの強さは、クロッカスの国柄を表しているようだ。


「ですが、ここ最近は我がクロッカスも苦戦を強いられていまして。私も戦線にて海魔四天王と名乗る敵将と度々対峙しているのですが、なかなか決着がつかず…… 気が付けば定時だとか仰って、戦場から退いていくのです。私達は大地と共に生きるドワーフ、海の中にまで追い掛ける訳にもいかず、膠着状態が続いています」

「なるほど。魔王軍の性質は、ここでも変わらないようですね……」

「あら、既にご存じでしたか。アーデルハイトでも魔王軍が現れたのですか?」

「あ、いえ。実はこちらを訪れる前に、タザルニアにいまして―――」


 千奈津がこれまでのあらましをクラリウスに説明する。千奈津の話の中には、海魔四天王グストゥスを捕縛したという情報も含まれており、クラリウスはその可愛らしい瞳を輝かせて聞き入っていた。話が終わると、クラリウスは興奮した様子で王座から立ち上がり、悠那の方へと駆け寄ってその大きな両手で握手をせがむ。


「まあ、まあ! そちらのハルナ様が打倒されたので? 素晴らしい力をお持ちですのね!」

「えへへー、ありがとうございます」

「サインを頂いても?」

「あ、紙か何かあります?」

「「できるんだ!?」」


 渕と真丹が同時に地味に驚く。その間にも悠那は、サラサラと女王が差し出した色紙にサインを施していた。


「まあ、悠那ってその筋では有名人だったし、雑誌やらにサインとか結構してたのよ。私も親戚の子に頼まれた事があったっけ」

「し、知らなかった…… 桂城さん、凄いなぁ……!」

「うふふ、ありがとうございます。一生の宝にしますね♪」

「いえいえ、これからよろしくお願いしますね!」


 クラリウスは満足して王座へと戻っていった。


「ふふ~♪ と、コホン…… 大変失礼致しました。話を戻しましょうか。この度魔王軍の長を倒す目的で、勇者による連合が結成されます。もう少し時間を掛け、戦に向けての準備を整えて頂きたかったのが本当のところです。しかし、あまり悠長に構える事もできなくなってしまいまして、私から各国の王に連合の早期結成を提案致しました」

「女王様が、ですか?」

「ええ、そうです。先ほど、魔王軍との戦いは拮抗しているというところまでご説明しましたね? 戦況は今も変わりません。ただ、先日の魔王軍との戦いの際に、海魔四天王から一通の封書を頂戴したのです」


 クラリウスが目配せすると、配下のドワーフが懐から何かを取り出し、それを悠那達へ手渡した。手紙のようで、丁寧に折り畳まれている。


「これ、その封書の中にあったものですか?」

「はい。中をご覧になってください」


 悠那達は手紙を広げ、中を確認した。


――――――――――――――――――――――――――――――


 ―――ジバ大陸諸国殿


 厳寒の侯、如何お過ごしか。手短に本題へ入らせて頂こう。貴殿らの思わぬ抵抗強さに、我の誇る海魔四天王も手を焼いていると聞く。我の最大の目的はジバ大陸全体の支配であり、これ以上戦線を広げ、徒に戦火を広げるのは本意ではない。延いては、ここに短期決戦の場を設ける事を宣言したい。そちらが勇者を集い、連合たるものを築こうとしている事は既に知っている。ならば下記の日時、場所にて我自身とその者ら、両軍の実力者のみで勝敗を決しようではないか。勇敢なる諸君であれば、この勝負を受けてくれると信じている。さて、詳細であるが―――


――――――――――――――――――――――――――――――


 やけに達筆であった。文章の最後には、大八魔第八席『支配欲』のフンド・リンドと記されている。


(果たし状、なのかしら? いえ、それよりも気にしなければならないのは、最後の文章……!)


 大八魔。魔王と思われる者の名前の横に、確かにそうある。


「これは所謂、勇者に対する挑戦状ですわね。大八魔と言いますと、あの大八魔ですの?」

「だとすれば…… それは不味いです……」


 それまで自らのペースを保っていた皆が、一様に緊張し始める。しかしながら、真丹だけはよく分からない様子で首を捻らせていた。


「あの、僕はその大八魔というのを知らないのですが、一体……?」

「……僕も風の噂でしか聞いた事がないかな。誰か説明してもらっても?」


 真丹が申し訳なさそうに手を上げ、渕もそれに呼応した。


「それならば、僭越ながら皆様を招集した私が。分かりやすく言いますと、大八魔とは現存する最上級の魔王8体の事です。私が拳を交えた海魔四天王の1人も、魔王と名乗るに十分な実力を有していましたが、大八魔の強さはその比ではないでしょう。大八魔1体によって滅ぼされた国々は数知れず、大陸中の英雄を掻き集めて、漸く戦いの舞台に上がれるかどうか…… そのような果てしない強さだとされています」

「うわ、大陸中の英雄ですか……!? うーん、そうなればこの果たし状も、あまり的外れな事は言ってないって事か」

「そうなります。不幸中の幸いと言いますか、敵が大八魔の末席である事が救いですね。化物揃いの彼らの中にも、実力順による階級があると聞きますから」


 そうしたクラリウスの言葉もあったが、身内である大八魔の強さを知っている千奈津にとって、これは十分に絶望できる案件だった。振り返ってみれば、敵である魔王が大八魔なんじゃないかと察する場面は多々あった。しかし、想定する最悪のケースが現実となってしまったショックは大きい。


(師匠達が下す指示が普通で終わる筈がないんだけど、こうきちゃったかぁ……)


 ネルとデリスなら、買い物がてらに倒して来いとか容易に言ってきそうである。


「千奈津ちゃん、大八魔だって! 大八魔! これは倒し甲斐があるね!」

「うん、私も悩み甲斐があるわ……」


 悠那と千奈津の大八魔に対する反応は正に対照的。しかしながら、そんな悠那を見ていると自分まで勇気づけられるから不思議なものだ。


(でもまあ、今まで何だかんだで師匠達が言ってきた事に不可能はなかったんだし、今回も大丈夫…… なのかしら?)

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